ふしぎ体験レストラン 『ごまんたる』
第一章:『動物以外お断り』
第一話「ひろがるうちう1,000兆個の風船で遊ぼう」
週末の平日の午後でした。私は会社から適当な量の仕事を持ち帰りました。先月の月間企画会議を乗り切った私は安心していました。ですが来週は、より大切な雑誌の季節特別企画会議が迫っていました。わたしは気合を入れて会議にのぞむつもりでした。その結果次第で、私の今後が拓(ひら)けるはずなのです。だから気合を入れて仕事に立ち向かう前に、食事に出かけることにしました。
外は、ぬくぬくでぽかぽかな陽気でした。あまりにも心地が良かったので、私の足取りは軽やかでした。行きつけの店の『ぱぷりカニ座』に行くための道順を考えてみました。あの道をあー行って、こー行って、そう行けば、行きつけの店なのです。だけど私は、少し遠回りをしたくなりました。あの道をこー行って、あー行って、こう行くことに決めました。そのとき、目の前を小さな動物が走り過ぎました。
「? ハクビシン? オコジョかな?」その動物を見た途端に、どう言うわけか、とても歩きにくくなりました。二足歩行がなぜかイズイ。ナゼダロウ。お腹が空いているせいだと思うことにしました。二つ目の角を曲がりました。いつも見慣れている風景なのに、今まで気にもとめなかった、とても気になる店を見つけました。
『(旧店名)(×)異空間体験型Restaurant うま・Year
(新店名)(〇)ふしぎ体験レストラン ごまんたる』
「はて? こんな存在感のある店に、なぜ今まで気付かなかったんだろうか? いや? 来たことがあるのかもしれない。けど、思い出せない。う~ん、どうしよう・・・。行きつけの店は今度でいいか・・・」
と、ひとりごちながら店の中に入ってみました。
「ヘイ! らっしゃい!」威勢のいいあいさつで迎えられました。そして、お店の大将(てんしゅ)は馬さんでした。
「ひとりです」
「ヘイ、一匹だね。カウンターどうぞ!」
「(一匹?)」大将の声は、なぜかなつかしいひびきでした。そして店の雰囲気もなつかしく感じました。店内のBGMは、ドビュッシーの小組曲(管弦楽版)でした。落ち着いた雰囲気のいいお店です。大将は、私を席まで案内してくれました。馬さんなのに二足歩行がとても上手でした。カウンターは仕切りでへだてられて、一人用になっていました。他にも座敷、テーブル、一人用特別個室など、席が沢山ありました。その時間帯の店内には、お客さんが数人いて、今日もそこそこ繁盛している様子でした。それぞれのお客さんが、それぞれの座席で突っ伏して寝ていたり、立ち上がって何かと背比べをしたりしていました。足元にかがんで、ルーペで何かを観察しているお客さんもいました。案内された一人用のカウンター席の隣には、座席に仰向けにもたれかかってイビキをかいている茶色い毛むくじゃらのお客さんがいました。
「ぐぴ~、すぴー、ガガガが・・・、も~くえん・・・」いびきと歯ぎしりと寝言が混ざっていました。オーケストラさながらの迫力です。
「ぶひっ」お尻から、大きなげっぷが出てきた様子です。
「お隣さんは、今日もにぎやかですね~」
私の声を聞くや否や、毛むくじゃらさんは席を立ち、
「ばふっばふっ」と、空気を拡散させ、終わるとまた突っ伏して寝始めました。
「失礼・・・」と腹話術で一言そえられていたことを、書き忘れてはいけません。毛むくじゃらさんの唇は閉じられたままでした。その行動の素早さに、私と大将はひどく驚かされました。
「(コイツ、ねこたをだいぶ気に入ってるな・・・)」と大将は推測していました。
「おくつろぎのところ、起こしてしまってすみませんでした・・・」と小さく声をかけ、毛むくじゃらさんの寝顔をチラッと見てみると、
「ぐぴっぴ、すぴっぴ、も~くえん・・・」と、眠り続けていました。
「・・・」私の声掛けに対する返答はありませんでした。
「(・・・よし、覚えてるな)」と確認した大将は、
「・・・そいつ、50日か60日いるんだでよ」
「さぞかし、いごこちが良いのでしょう」
「うっとうしいけど、にぎやかな奴でな~」大将は、まんざらでもなさそうでした。
席に座って、大将にたずねてみました。
「大将さん、ここはどういうお店ですか?」
「(あら? 覚えてねぇだか・・・)ここは、食事で非日常体験をしてもらう店だべ」
「それで、大将さんは馬さんなのですか?」
「・・・簡単に言うとそうだな。それにしてもねこた、今日はねこか?」
「? ねこた? 私は、猫ですか?」
「見るからに猫だべな」
どうりで、二足歩行がおぼつかなかったわけだ。納得できた。それにしても、いつの間に猫になったんだろう。気付かなかった。人間は、お腹が空くと猫になるのだ。という訳で、これから茶色の毛のマンチカンとして生きて行くことになりました。
「赤い丸から出ないように気をつけてな。メニウが決まったら呼んどくれ」
「え? メニューですか?」
「料理だけじゃないから、メニウだよ。それから、トイレの時以外は丸から出るなよ~」ヒヒ~ンといなないて、大将は行ってしまいました。
「(料理だけじゃない? どういうことだろう・・・。それに、ねこたって誰だ? いろいろ分からないけど、ご飯を食べてから考えよう。ネコとして生きて行くのも悪くないかもしれない・・・)」よく見ると、座席の足元には半径20㎝ほどの赤い丸があり、お客さんはそこから出てはいけない決まりのようでした。
私は、落ち着いて500ページほどもある、百科事典のようなメニウを見てみました。
『(×)異空間体験型Restaurant うまYear ごめんたる
(〇)ふしぎ体験レストラン ごまんたる』
(×) お品書き メニウ 新しい目
(〇) メニウ
行きたい場所は、たんとある
食べたいものも、(×)ごまんたる (〇)ごまんとある
ならば同時に楽しもう!
見覚えのあるメニウでしたが、書き直している途中なのでしょうか? (×)のところが全て削除線で消されていました。削除線ばかりで、ページもバラバラでした。私はメニウを見てあまりにも懐かしくて感動してしまいました。注文して食べる前から楽しいのです。1ページ、1ページに枯れたドライフラワーがしおりのようにはさまっていたり、小さなこんちうらしきものもはり付いていました。
「(何だろう、これは? こんちうにも見えるが、はちう類にもホニウ類にも見える)」ここにはさんであるのだから、きっと貴重なものに違いありません。きっと何かの意味があると思ったので、はがさずにそっとしておきました。味に関する落書き(コメント)も書かれていました。30ページには味噌のかたまりが、40ページには塩のかたまりが付いており、何かで拭き取られても少し残っていました。229ページにはきっとニンニクがあるハズですが、コース料理が気になったので、そこまでたどりつけませんでした。
≪銀河系・ステキ体験コース≫
≪歴史系・偉大な神様コース≫
≪偉人系・人類は麵類コース≫
≪そうだっ系・今まで気がつかなかったコース≫
≪・・・≫
≪・・・≫
「ふむふむふむ・・・、何を食べてもおいしそうで面白そうだ」値段も、驚くほどは高くありませんでした。何度も足を運びそうなので、一番上のコースをじっくり見てみました。
≪銀河系・ステキ体験コース 2光年≫・・・【光年】ちきうからの距離
◎ドリンク:
・あせるなアセロラ(時間はあります。次回もあります)
◎メイン・ディッシュ:
・シリウステーキ(【8.6光年】この辺じゃ太陽の次に明るいよ)
・あんどろ目玉焼き(【250万光年】遠いね。行けるかな?)
◎サラダ:
・ギャラクシーフード・サラダ(ギリシャ語でミルクの道。うまいこと言うね)
◎デザート:
・銀河鉄道ナツ(帰りもきっと、たのしいよ)
※オーロライスは、おかわり自由です!
メニウが決まったので、呼び出しブザーで大将を呼びました。
「あ~い」と返事が聞こえ、大将がやって来ました。
パカラッ、パカラッ、パカラッと、駆け足で水を持ってきたので、水はあらかたこぼれていました。空っぽのグラスを手渡され、
「あら、ごめんよ~。ひづめだから上手に持てんのよ~。これでは飲めないね~」と言って、隣の席に置いていた水差しで、水を注いでくれました。そして、おもむろに、
「おめぇの言いてえことは分かる。みなまで言うな。馬耳東風になんねぇように、次までにやっとくよ」
「・・・(何も、言ってないのに)」私は不思議に思いました。そして同時に、
「(前にもこんな事あったな~)」とも思いました。
その後すぐに、料理が次々に運ばれてきました。
「むっふっふ。たのしみだなぁ。よし、猫忍法(にゃんぽう)を使おう! にゃんぽう『ねこにごはん』」というと、お隣さんが少しピクリと反応しました。
【猫忍法(にゃんぽう)】英語で言うproverb。日本語では諺(ことわざ)のこと。聞きなれたことわざも、物事を見る角度を変えれば、新しい発見が出来るものです。みんなに愛されたことわざを、工夫して使ってみましょう。そして、人生をより深く楽しみましょう。
猫忍法【ねこにごはん】
ご飯を食べるときに使う。料理の一品一品をじっくり観察し、分析して想像力を膨らませて楽しむ忍法。目の前にある料理から、独自の映像を作り出し、心理的にも幸せを感じることが出来る忍法。達人になると二時間楽しめるが、料理が冷めてしまう。
「起こしてしまったかな?」と、心配になりましたが大丈夫でした。
最初に運ばれてきたサラダは、ひときわ銀河系でした。小エビが大宇宙を泳ぎ回り、イカとタコが月(うずらの卵の輪切り)を使ってバレーボールをして遊んでいました。ミルクだとばかり思っていた白いドレッシングには金色の粉が入っており野菜をキラキラ照らしていました。時おり窓から差し込んだ陽光が当たり、夜明けを連想させてくれました。
「(紛れもない! 人類の誕生だ! おめでとう!)」感動し過ぎないように小声で心の中で叫びました。
次に運ばれてきた目玉焼きは、立派な銀河でした。目玉焼き全体が回転して、白身が必死に回転に追い付いている様子でした。ふちがのこぎり状にギザギザになっており、気泡が沢山ありました。気泡と仁丹のキラキラが素敵でした。
「ときに大将さん、質問があります」
「何だべ?」
「この目玉焼きはどうやって料理したのですか? 差し支えなければ教えてください」
「んだべ。い~よ。軟弱液体で目玉焼きのふちの形を整えた後、元気胡椒で気泡を作んだよ。二つともなかなか手に入らない調味料でなぁ」大将はしみじみと言いました。
「さすがは、プロさんです。調味料の名前までステキです」
「何だか、あんたは楽しそうだなぁ~。じっくり楽しんでくれ。悪い気はせん」
「楽しませて頂きます」と言いながら、1周、2周と、ふちをはじからはじに追いかけて、気泡の数を数えていたら目が回ってしまいました。
「(目が回るほどの感動だ! 目玉焼きで人を感動させることが出来るのだ! 仁丹を料理に使うとは! ただの天才だ!)」目を大きく開けて感動している私を見ながら、大将はちゅう房へ戻りました。
「(ふふっ、面白い奴だ)」
ステーキは、イヌの形に切り分けられていましたが何故でしょう? 付け合わせのバターコーンと焼き人参が、イヌのおもちゃに見えました。
「(ステーキだけに素敵だ! すべてすばらしすぎる! イヌ君の姿が可愛いので、おもちちゃすらも可愛く見えるよ! 感動をありがとう!)」
食べたいほどに可愛らしい姿をしたイヌ君を、悪いと思いながら前足から美味しく頂きました。
「むしゃ、むしゃ、パクパク、も~くえん・・・」
ステーキの余韻を楽しんでいるところにデザートがやってきました。電車の形をした四角いドーナツでした。丸いはずのドーナツを四角に作り変えたのは、おやつ界の革命だと思いました。あせるなドリンクを飲んで、満足しているとゆっくりと眠気がやって来ました。眠いな。眠るのか? 眠るだろう。ZZZzzz・・・。Good night!
「さぁ、行こうか! ステキな場所へ! ここからが始まりだよ!」目の前に二足歩行のワニさんが立っていました。丸い縁取り眼鏡をかけていました。頭には、ごあいさつ程度に小さな黄色い帽子をかぶっていました。手に待った旗には「ごまんたる」と書かれていました。
「おはようございます。今は、朝ですか?」
「どちらかというと、夜です」
「それでは、お休みなさい」
「それは困ります。今から朝になったということにしましょう」
「それでは、あらためておはようございます」目をぱちくりさせながら、あたりを見渡しました。宇宙のど真ん中にいました。
「そちらでは、ありませんよ。ちきうは、こちらです。」
「背後にでっかいちきうがありました」
「あらかじめお伝えしておきますが、あれはあなたの知っている地球ではありません。私たちが、触ったり位置を変えてもいい『ちきう』です。そしてここは宇宙服無しでも普通に過ごせる『うちう』です。ここでは想像力次第で何でもできるので、色々挑戦してみてください」
「うちうでは、息が出来るのですか?」
「その気になれば、問題ありません」
「それは、便利です」
「加えて、苦しいとか、冷たいという都合の悪い感覚は、ここでは感じません」
「死ななくて安心しました」
「私は、ごまんたるのうちう担当のナビゲーター・アリゲーター・ワニゾウです」
「漫才師のようなお名前ですな」
「役職がナビゲーターで、ミドルネームがアリゲーターで、名前がワニゾウです」
「それは、失礼しました。私は、ねこたと呼ばれています」
「ぞんじあげております。二度目だから大丈夫ですよね?」
「え? 二度目なのですか?」
「まぎれもなく、二度目です。覚えておりませんか?」
「半分だけ覚えております」とは言ったものの、全く覚えていませんでした。
「簡単に説明すると、『動ける夢の中』なのです」
「・・・な・る・ほ・ど・・・」とはいったものの、完全に理解できてはいませんでした。
「ねこたさん、それでは出発です。シリウス経由でアンドロメダまでご一緒しましょう」
「ご飯を食べただけなのに、楽しませてくれるのですか?」
「これが、ごまんたるのサービスなのです」
「今度、みんなに教えます」
「ありがとうございます」こうして、ワニゾウさんに連れられて、まずはシリウスへ向かいました。
「シリウスまでは、8.6光年になります」
「時間で、どのくらいかかりますか?」
「80兆kmあるので、約8分です」
「意外と早いですな」
「その気になれば、2分で行けます」
太陽系を出るまでは、うちうはとても暗い空間でした。きっとすごく寒いはずです。太陽の光が届かないのですから。しかし太陽系を飛び出ると、輝く銀河の星々が煌めいていました。
「星のかがやきさん、ありがとう」キラキラきらきらと、星々のかがやきに包まれて、私はとてもやさしい気持ちになりました。
「あの一つ一つの星々に、あまたの物語やいくたの可能性があるとしたら、何とステキな話でしょう・・・」と私がつぶやくと、
「ステキなお考えです。私も想像力がふくらみました」とワニゾウさんが応えました。
私たちは、両前足を広げてバランスを取りながら、目的地まで飛びました。
「ぶ~ん、ぶ~ん、ぎゅい~ん、ぎゅい~ん」背面に裏返ったり、回転したり、Sの字を描いたりしながら無駄な時間をかけて飛びました。ワニゾウさんは、私の無駄な時間にあわせて飛んでくれました。周りの星の位置が全然変わりません。3年も飛んでいる感覚になりました。泳いで、潜って、寝そべって、回転したり、きりもみしたり、宙返りも出来ました。水中か、空中でしか出来ない体験です。私は、目一杯無駄に飛び回りました。バタフライ、立ち泳ぎ、犬かき、忍者泳ぎ、背面平泳ぎ・・・。うちうは、可能性の塊です。試すことを試さないと損をします。だから沢山試してみました。ワニゾウさんは、移動する速度を私に合わせてくれました。
「(愉快なかただ・・・)」私は気付きませんでしたが、優しく見守ってくれていました。そんなことをしているうちに、おおいぬ座に少しだけ近づきました。
「しかし、『シリウス』はおおいぬ座の一部のはずですが、どれだけ近づいてもイヌの形には見えませんね」
「何ごとも想像力が大事なのです。昔の人たちが描いたイメージですから、むげにはできません」
「素晴らしい考えです」そして、ようやくシリウスに着きました。
「到着しました」キョロキョロとあたりを見回して、ワニゾウさんにたずねました。
「ひょっとして、これは練習ですか?」
「そうです。早く飛ぶための練習なのです」
「目的地のアンドロメダ銀河は、どのようなところですか?」
「そこでは、時間の流れを体験できます。過去でも、未来でも・・・」その言葉にねこたは、
「(未来がいいなぁ・・)」と考えました。
「それでは、未来に行きましょう!」ねこたの希望が通りました。何とアンドロメダ銀河まで5分で行けました。
「銀河の中心は、ブラックホールがあると思いましたが、大丈夫ですか?」
「ご存知でしたか、大丈夫です。広がる方を体験して頂きます」
「広がる方?」
「広がるうちうと、閉じるうちうです」
「広がると、未来に行けるのですか?」
「まぁ、大将の理論ですから・・・」
「あの大将は、何ものなのでしょうか・・・?」
「お店の大将の名は、鷲(わし)馬(うま)熊(くま)虎(とら)さんです」
「個性的なお名前ですな~」
「科学や歴史や不思議なことを研究して、料理で再現しています。とても個性的なお方です」
「友人に、一人は欲しい存在ですね」
「私も日々の生活が刺激的になっています。しばらくここでお待ちください。間もなく始まりますから」ワニゾウさんは、ビードロを鳴らしました。ガラス製で、キラキラ輝いていました。
「ぽっぴんでしたっけ? 不思議な音がしますね~」私はたまらず質問しました。
「そうですね。ビードロともいいます。日本の長崎生まれのおもちゃです。風船が生まれますが、きっかけの合図は何でもよいのです」そしてしばらく待っていると、銀河の中心から、風船玉が飛び出してきました。1億個、10億個、100億個もあるような、ものすごい数でした。
「始まりました! 1,000兆個の風船が飛んできます。ぶつかる勢いが激しいほど、遠くへ飛ばされますよ。銀河の中心に向かって、突進してください。どんどんぶつかって遊んでください」とは、言われたものの、私は風船にぶつかることをためらっていました。
「大丈夫です、安心してください。怪我はしませんから」と言われたので、挑戦してみることに決めました。
「猫忍法『なせば、なんとかなる』」と言って、赤い巨大な風船に突進しました。
「むにゅ! ぽ~~~~~っん!」と弾かれ、
「きょっほ~~~~!」私は簡単に負けました。
猫忍法【なせば、なんとかなる】
「なんとか頑張れば、どうにかなる」という意味。ことわざに聞こえるが、実はなんでもないひと言。何かする前に呟くと、覚悟が出来る魔法の言葉でもある。
ワニゾウさんが、つつつと私に近づいて言いました。
「さぁ、どんどん行きましょう!」
私は、ワニゾウさんの言うままに、どんどん銀河の中心に向かって飛びました。すると銀河の中心への侵入を拒むように風船玉がドンドン飛んできました。ポン、ポン、スポポポ~ン。
大・中・小の色とりどりの風船玉に弾かれて、私はドンドン外へ飛ばされました。半透明の星型の風船だけは、私たちの体をすり抜けてしまいました。
「ワニゾウさん、星型だけは通り抜けますか?」
「そうです。星型だけは、破れません」
「味気ないですね」
「星型は、からだの中の疲れを取り除いてくれます。何回か通り抜けてもらうと長く遊べます」
「行き届いたシステムですな」
「是非とも、ごまんたるをお見知りおきください。そして、風船は膜がとても分厚(ぶあつ)いので破れることはありません。烈しくぶつかると面白いですよ!」とワニゾウさんが言いました。
「わかりました~!」私は、どんどん楽しくなりました。風船の弾力は相当なものだったので、安心して思い切って勢いよく風船にぶつかりました。富士山ほどもある大きな黄色の風船に向かって、
「さよ~う!」と言って、突進しました。私の突進によって真っ黄色の巨大な月のような風船は、満月だった形が半月となり、上弦の月になり、三日月のように形が変わりました。風船は私を優しく包みこみ、頭をなでられている心地さえしました。風船を突き破って反対側へ届くと思いきや、
「はん~さよ~う!」と逆方向へ飛ばされました。
「た~のし~い!」ぶつかればぶつかるほど、私は外へ飛ばされました。作用反作用の法則を遠慮なく体全体を使って体験出来ることはめったにありません。はげしくぶつかったハズなのに、体に痛みを感じませんでした。首や腕をひねって痛めることもありませんでした。ぶつかって、飛ばされて、弾かれて、そして、必ず私たちが負けました。私たちがぶつからなかった風船は、私たちを通り過ぎると行き場を失って、小さくなったり消えたりしました。ワニゾウさんが、
「風船の行く末を気にする方は、はじめてです」と感心してくれました。その後、タイミングを見計らって、等しい大きさで等しいスピードの風船が二つ同時にこちらへ向かってくるのに突撃しました。左側の青い風船にぶつかった直後に体をひねり、角度を変えて右側の水色の風船に飛ばされました。水色の風船にぶつかった直後に体を捻って角度を変えました。これで、永久に二つの風船に弾かれ続ける予定でした。ボンッ、ポンっ、ぽん? あらら、三回くらいで終わってしまいました。
「もっと、続くと思いました」とワニゾウさんに言うと、
「入射角が大きすぎると、反発係数が小さくなるのです」
「何やら難しそうな話ですな」
「過去に、1,024回続けたお客様がいて、危険なので修正されました。」
「危険ならばしょうがないですね」その好奇心あふれる個性的な人は、(なぜか直感的に)毛むくじゃらのお隣さんだと思いました。ワニゾウさんが、
「ねこたさん、見ててください」と言って、青色の風船に突進しました。しかし角度が悪かったらしく、弾かれて別の赤い風船に飛ばされました。赤い風船に弾かれた後、オレンジ色の風船にとばされて、水色の風船にぶつかりました。そして、紫色の風船にぶつかって勢いがなくなりました。ボン、ポン、ぽ~ン、ポン、ぴと。
「やりました! 自己最高の5回連続弾かれです!」
「ワニゾウさん、スゴイ、すごい!」ワニゾウさんは、弾かれのプロでした。
「私も、何度やってもこの遊びは大好きです」その後も、二匹でドンドン遠くへ飛ばされました。ひとしきり遊び終えて、少し疲れてきました。三回ばかり、星型を通り抜けて一息つきました。
「ねこたさんは、風船を割ろうとしませんでしたね?」
「割ろうという考えはみじんもありませんでした」
「悪意で風船を割ると大変な目に遭います」
「それはどのようになるのですか?」
「割れた風船の中から真っ白い液体が飛び散ります。それが体にまとわりつき、すぐにセメントのように固まってしまいます。そして10日間ほどこうそくされます。悪意は悪意で返ってくるものです」
「こわいですねぇ。悪意って」
「悪意ではなく好奇心で風船を割った方がおられます」
「それは、どなたですか?」
「ゆきおさんです。あなたの横で寝ていらっしゃいました」
「あ~、やはり。あのにぎやかな方でしたか」
「悪意が無く好奇心で風船を割ろうとする場合、2日ほどかかります。風船が根負けして仕方なく割れてくれます。そして中から、アツアツのあんかけが出てきます。カレー色で味噌の香りがして、粘っこい液体が体にまとわりつきます」
「ゆきおさんは、どうなりましたか?」
「『んあ~』といいながら、10日間ほど感触を楽しんでおられました。全身毛むくじゃらですから、さぞかしうっとうしかったでしょう・・・。助けようとしても、拒まれました。何やら罰を楽しんでいる様子でした」
「変わった方ですね」
「あの方は、悪意がないから店に通い続けることができます。悪意が無くて、好奇心で色々と試される方です。『ごまんたる』では、悪意はお断りしますが、好奇心は歓迎します」
「なかなか得難い存在ですね」
「何を考えておられるか、不思議です」その後も、風船への体当たりを続けて遊びました。128回ほど繰り返したところで、ぐったりしてきたので帰ることにしました。
「お疲れでしょう。帰りは列車を用意しました」帰ると決めた途端に、風船玉の数が減り、銀河の中心から列車がやって来ました。乗客が誰もいない貸し切りの列車でした。ボックス席に座り、ワニゾウさんと銀河の不思議な星の話をしました。
「ごまんたるには三大うちうサービスがあります」
「他にも体験してみたいですね」
「三大うちうサービス以外にも、星巡りツアーはあるのです」
「何度も通わなければいけませんね」
「時間はたんまりあります。焦らずに楽しんでください」ワニゾウさんは、あせるなアセロラを用意してくれていました。
「なにやら、不思議なことだらけで胸がいっぱいです」
「私も、毎回新鮮な気持ちでちきうに帰れます」もっと色んな体験がしたいなぁと思いながら、あせるなアセロラを飲みました。
「少し心配なことがあります」私は、ドリンクを飲んでいるにもかかわらず、焦っていました。
「何でしょう?」
「ご飯を食べに来ただけなのに、ものすごく長い時間、ここにいた気がします」
「それならご安心ください。いかようにでも対応できます」
「あまり時間が経っていないといいのですが・・・」現実が刻々と迫ってきていました。
「時間よ止まれ! お前は美しい!」わたしが思わず叫ぶと、
「ご安心ください」
「まんじゅうこわい!」
「ご心配なさらずに。お客様に最大限のもてなしをするのが。私たちの仕事です」
「過ぎた時間を取り戻すことはできません」
「折角遊びに来たのですから、仕事のことは忘れましょう。それに、ねこたさんが気にするほど、時間は過ぎておりません」
「・・・」不思議な説得力がありました。
「あなたたちは、時間を自在に動かせるのですか?」
「・・・」それに対して、ワニゾウさんはひと言も答えませんでした。
店に帰ると残念ながら記憶の半分は消えていました。そして、私の「ごまんたる」での時間軸が、お店を訪れた時よりもずいぶん先に進んでいました。ずいぶん先に進んだか、ほんの少しだけ進んだのか、確認することは出来ませんでした。なぜならば、それは時計の針で確認できる時間の長さではなかったからです。そして私は、時間がズレた事にすら気付いていませんでした。
時計の針で確認できる時間で言えば、店にいたのは一時間ほどでした。しかし私には、何か説明できない、もっと深い時間の過ごし方をしていたのだと感じました。
週末の平日の午後でした。私は会社から適当な量の仕事を持ち帰りました。先月の月間企画会議を乗り切った私は安心していました。ですが来週は、より大切な雑誌の季節特別企画会議が迫っていました。わたしは気合を入れて会議にのぞむつもりでした。その結果次第で、私の今後が拓(ひら)けるはずなのです。だから気合を入れて仕事に立ち向かう前に、食事に出かけることにしました。
外は、ぬくぬくでぽかぽかな陽気でした。あまりにも心地が良かったので、私の足取りは軽やかでした。行きつけの店の『ぱぷりカニ座』に行くための道順を考えてみました。あの道をあー行って、こー行って、そう行けば、行きつけの店なのです。だけど私は、少し遠回りをしたくなりました。あの道をこー行って、あー行って、こう行くことに決めました。そのとき、目の前を小さな動物が走り過ぎました。
「? ハクビシン? オコジョかな?」その動物を見た途端に、どう言うわけか、とても歩きにくくなりました。二足歩行がなぜかイズイ。ナゼダロウ。お腹が空いているせいだと思うことにしました。二つ目の角を曲がりました。いつも見慣れている風景なのに、今まで気にもとめなかった、とても気になる店を見つけました。
『(旧店名)(×)異空間体験型Restaurant うま・Year
(新店名)(〇)ふしぎ体験レストラン ごまんたる』
「はて? こんな存在感のある店に、なぜ今まで気付かなかったんだろうか? いや? 来たことがあるのかもしれない。けど、思い出せない。う~ん、どうしよう・・・。行きつけの店は今度でいいか・・・」
と、ひとりごちながら店の中に入ってみました。
「ヘイ! らっしゃい!」威勢のいいあいさつで迎えられました。そして、お店の大将(てんしゅ)は馬さんでした。
「ひとりです」
「ヘイ、一匹だね。カウンターどうぞ!」
「(一匹?)」大将の声は、なぜかなつかしいひびきでした。そして店の雰囲気もなつかしく感じました。店内のBGMは、ドビュッシーの小組曲(管弦楽版)でした。落ち着いた雰囲気のいいお店です。大将は、私を席まで案内してくれました。馬さんなのに二足歩行がとても上手でした。カウンターは仕切りでへだてられて、一人用になっていました。他にも座敷、テーブル、一人用特別個室など、席が沢山ありました。その時間帯の店内には、お客さんが数人いて、今日もそこそこ繁盛している様子でした。それぞれのお客さんが、それぞれの座席で突っ伏して寝ていたり、立ち上がって何かと背比べをしたりしていました。足元にかがんで、ルーペで何かを観察しているお客さんもいました。案内された一人用のカウンター席の隣には、座席に仰向けにもたれかかってイビキをかいている茶色い毛むくじゃらのお客さんがいました。
「ぐぴ~、すぴー、ガガガが・・・、も~くえん・・・」いびきと歯ぎしりと寝言が混ざっていました。オーケストラさながらの迫力です。
「ぶひっ」お尻から、大きなげっぷが出てきた様子です。
「お隣さんは、今日もにぎやかですね~」
私の声を聞くや否や、毛むくじゃらさんは席を立ち、
「ばふっばふっ」と、空気を拡散させ、終わるとまた突っ伏して寝始めました。
「失礼・・・」と腹話術で一言そえられていたことを、書き忘れてはいけません。毛むくじゃらさんの唇は閉じられたままでした。その行動の素早さに、私と大将はひどく驚かされました。
「(コイツ、ねこたをだいぶ気に入ってるな・・・)」と大将は推測していました。
「おくつろぎのところ、起こしてしまってすみませんでした・・・」と小さく声をかけ、毛むくじゃらさんの寝顔をチラッと見てみると、
「ぐぴっぴ、すぴっぴ、も~くえん・・・」と、眠り続けていました。
「・・・」私の声掛けに対する返答はありませんでした。
「(・・・よし、覚えてるな)」と確認した大将は、
「・・・そいつ、50日か60日いるんだでよ」
「さぞかし、いごこちが良いのでしょう」
「うっとうしいけど、にぎやかな奴でな~」大将は、まんざらでもなさそうでした。
席に座って、大将にたずねてみました。
「大将さん、ここはどういうお店ですか?」
「(あら? 覚えてねぇだか・・・)ここは、食事で非日常体験をしてもらう店だべ」
「それで、大将さんは馬さんなのですか?」
「・・・簡単に言うとそうだな。それにしてもねこた、今日はねこか?」
「? ねこた? 私は、猫ですか?」
「見るからに猫だべな」
どうりで、二足歩行がおぼつかなかったわけだ。納得できた。それにしても、いつの間に猫になったんだろう。気付かなかった。人間は、お腹が空くと猫になるのだ。という訳で、これから茶色の毛のマンチカンとして生きて行くことになりました。
「赤い丸から出ないように気をつけてな。メニウが決まったら呼んどくれ」
「え? メニューですか?」
「料理だけじゃないから、メニウだよ。それから、トイレの時以外は丸から出るなよ~」ヒヒ~ンといなないて、大将は行ってしまいました。
「(料理だけじゃない? どういうことだろう・・・。それに、ねこたって誰だ? いろいろ分からないけど、ご飯を食べてから考えよう。ネコとして生きて行くのも悪くないかもしれない・・・)」よく見ると、座席の足元には半径20㎝ほどの赤い丸があり、お客さんはそこから出てはいけない決まりのようでした。
私は、落ち着いて500ページほどもある、百科事典のようなメニウを見てみました。
『(×)異空間体験型Restaurant うまYear ごめんたる
(〇)ふしぎ体験レストラン ごまんたる』
(×) お品書き メニウ 新しい目
(〇) メニウ
行きたい場所は、たんとある
食べたいものも、(×)ごまんたる (〇)ごまんとある
ならば同時に楽しもう!
見覚えのあるメニウでしたが、書き直している途中なのでしょうか? (×)のところが全て削除線で消されていました。削除線ばかりで、ページもバラバラでした。私はメニウを見てあまりにも懐かしくて感動してしまいました。注文して食べる前から楽しいのです。1ページ、1ページに枯れたドライフラワーがしおりのようにはさまっていたり、小さなこんちうらしきものもはり付いていました。
「(何だろう、これは? こんちうにも見えるが、はちう類にもホニウ類にも見える)」ここにはさんであるのだから、きっと貴重なものに違いありません。きっと何かの意味があると思ったので、はがさずにそっとしておきました。味に関する落書き(コメント)も書かれていました。30ページには味噌のかたまりが、40ページには塩のかたまりが付いており、何かで拭き取られても少し残っていました。229ページにはきっとニンニクがあるハズですが、コース料理が気になったので、そこまでたどりつけませんでした。
≪銀河系・ステキ体験コース≫
≪歴史系・偉大な神様コース≫
≪偉人系・人類は麵類コース≫
≪そうだっ系・今まで気がつかなかったコース≫
≪・・・≫
≪・・・≫
「ふむふむふむ・・・、何を食べてもおいしそうで面白そうだ」値段も、驚くほどは高くありませんでした。何度も足を運びそうなので、一番上のコースをじっくり見てみました。
≪銀河系・ステキ体験コース 2光年≫・・・【光年】ちきうからの距離
◎ドリンク:
・あせるなアセロラ(時間はあります。次回もあります)
◎メイン・ディッシュ:
・シリウステーキ(【8.6光年】この辺じゃ太陽の次に明るいよ)
・あんどろ目玉焼き(【250万光年】遠いね。行けるかな?)
◎サラダ:
・ギャラクシーフード・サラダ(ギリシャ語でミルクの道。うまいこと言うね)
◎デザート:
・銀河鉄道ナツ(帰りもきっと、たのしいよ)
※オーロライスは、おかわり自由です!
メニウが決まったので、呼び出しブザーで大将を呼びました。
「あ~い」と返事が聞こえ、大将がやって来ました。
パカラッ、パカラッ、パカラッと、駆け足で水を持ってきたので、水はあらかたこぼれていました。空っぽのグラスを手渡され、
「あら、ごめんよ~。ひづめだから上手に持てんのよ~。これでは飲めないね~」と言って、隣の席に置いていた水差しで、水を注いでくれました。そして、おもむろに、
「おめぇの言いてえことは分かる。みなまで言うな。馬耳東風になんねぇように、次までにやっとくよ」
「・・・(何も、言ってないのに)」私は不思議に思いました。そして同時に、
「(前にもこんな事あったな~)」とも思いました。
その後すぐに、料理が次々に運ばれてきました。
「むっふっふ。たのしみだなぁ。よし、猫忍法(にゃんぽう)を使おう! にゃんぽう『ねこにごはん』」というと、お隣さんが少しピクリと反応しました。
【猫忍法(にゃんぽう)】英語で言うproverb。日本語では諺(ことわざ)のこと。聞きなれたことわざも、物事を見る角度を変えれば、新しい発見が出来るものです。みんなに愛されたことわざを、工夫して使ってみましょう。そして、人生をより深く楽しみましょう。
猫忍法【ねこにごはん】
ご飯を食べるときに使う。料理の一品一品をじっくり観察し、分析して想像力を膨らませて楽しむ忍法。目の前にある料理から、独自の映像を作り出し、心理的にも幸せを感じることが出来る忍法。達人になると二時間楽しめるが、料理が冷めてしまう。
「起こしてしまったかな?」と、心配になりましたが大丈夫でした。
最初に運ばれてきたサラダは、ひときわ銀河系でした。小エビが大宇宙を泳ぎ回り、イカとタコが月(うずらの卵の輪切り)を使ってバレーボールをして遊んでいました。ミルクだとばかり思っていた白いドレッシングには金色の粉が入っており野菜をキラキラ照らしていました。時おり窓から差し込んだ陽光が当たり、夜明けを連想させてくれました。
「(紛れもない! 人類の誕生だ! おめでとう!)」感動し過ぎないように小声で心の中で叫びました。
次に運ばれてきた目玉焼きは、立派な銀河でした。目玉焼き全体が回転して、白身が必死に回転に追い付いている様子でした。ふちがのこぎり状にギザギザになっており、気泡が沢山ありました。気泡と仁丹のキラキラが素敵でした。
「ときに大将さん、質問があります」
「何だべ?」
「この目玉焼きはどうやって料理したのですか? 差し支えなければ教えてください」
「んだべ。い~よ。軟弱液体で目玉焼きのふちの形を整えた後、元気胡椒で気泡を作んだよ。二つともなかなか手に入らない調味料でなぁ」大将はしみじみと言いました。
「さすがは、プロさんです。調味料の名前までステキです」
「何だか、あんたは楽しそうだなぁ~。じっくり楽しんでくれ。悪い気はせん」
「楽しませて頂きます」と言いながら、1周、2周と、ふちをはじからはじに追いかけて、気泡の数を数えていたら目が回ってしまいました。
「(目が回るほどの感動だ! 目玉焼きで人を感動させることが出来るのだ! 仁丹を料理に使うとは! ただの天才だ!)」目を大きく開けて感動している私を見ながら、大将はちゅう房へ戻りました。
「(ふふっ、面白い奴だ)」
ステーキは、イヌの形に切り分けられていましたが何故でしょう? 付け合わせのバターコーンと焼き人参が、イヌのおもちゃに見えました。
「(ステーキだけに素敵だ! すべてすばらしすぎる! イヌ君の姿が可愛いので、おもちちゃすらも可愛く見えるよ! 感動をありがとう!)」
食べたいほどに可愛らしい姿をしたイヌ君を、悪いと思いながら前足から美味しく頂きました。
「むしゃ、むしゃ、パクパク、も~くえん・・・」
ステーキの余韻を楽しんでいるところにデザートがやってきました。電車の形をした四角いドーナツでした。丸いはずのドーナツを四角に作り変えたのは、おやつ界の革命だと思いました。あせるなドリンクを飲んで、満足しているとゆっくりと眠気がやって来ました。眠いな。眠るのか? 眠るだろう。ZZZzzz・・・。Good night!
「さぁ、行こうか! ステキな場所へ! ここからが始まりだよ!」目の前に二足歩行のワニさんが立っていました。丸い縁取り眼鏡をかけていました。頭には、ごあいさつ程度に小さな黄色い帽子をかぶっていました。手に待った旗には「ごまんたる」と書かれていました。
「おはようございます。今は、朝ですか?」
「どちらかというと、夜です」
「それでは、お休みなさい」
「それは困ります。今から朝になったということにしましょう」
「それでは、あらためておはようございます」目をぱちくりさせながら、あたりを見渡しました。宇宙のど真ん中にいました。
「そちらでは、ありませんよ。ちきうは、こちらです。」
「背後にでっかいちきうがありました」
「あらかじめお伝えしておきますが、あれはあなたの知っている地球ではありません。私たちが、触ったり位置を変えてもいい『ちきう』です。そしてここは宇宙服無しでも普通に過ごせる『うちう』です。ここでは想像力次第で何でもできるので、色々挑戦してみてください」
「うちうでは、息が出来るのですか?」
「その気になれば、問題ありません」
「それは、便利です」
「加えて、苦しいとか、冷たいという都合の悪い感覚は、ここでは感じません」
「死ななくて安心しました」
「私は、ごまんたるのうちう担当のナビゲーター・アリゲーター・ワニゾウです」
「漫才師のようなお名前ですな」
「役職がナビゲーターで、ミドルネームがアリゲーターで、名前がワニゾウです」
「それは、失礼しました。私は、ねこたと呼ばれています」
「ぞんじあげております。二度目だから大丈夫ですよね?」
「え? 二度目なのですか?」
「まぎれもなく、二度目です。覚えておりませんか?」
「半分だけ覚えております」とは言ったものの、全く覚えていませんでした。
「簡単に説明すると、『動ける夢の中』なのです」
「・・・な・る・ほ・ど・・・」とはいったものの、完全に理解できてはいませんでした。
「ねこたさん、それでは出発です。シリウス経由でアンドロメダまでご一緒しましょう」
「ご飯を食べただけなのに、楽しませてくれるのですか?」
「これが、ごまんたるのサービスなのです」
「今度、みんなに教えます」
「ありがとうございます」こうして、ワニゾウさんに連れられて、まずはシリウスへ向かいました。
「シリウスまでは、8.6光年になります」
「時間で、どのくらいかかりますか?」
「80兆kmあるので、約8分です」
「意外と早いですな」
「その気になれば、2分で行けます」
太陽系を出るまでは、うちうはとても暗い空間でした。きっとすごく寒いはずです。太陽の光が届かないのですから。しかし太陽系を飛び出ると、輝く銀河の星々が煌めいていました。
「星のかがやきさん、ありがとう」キラキラきらきらと、星々のかがやきに包まれて、私はとてもやさしい気持ちになりました。
「あの一つ一つの星々に、あまたの物語やいくたの可能性があるとしたら、何とステキな話でしょう・・・」と私がつぶやくと、
「ステキなお考えです。私も想像力がふくらみました」とワニゾウさんが応えました。
私たちは、両前足を広げてバランスを取りながら、目的地まで飛びました。
「ぶ~ん、ぶ~ん、ぎゅい~ん、ぎゅい~ん」背面に裏返ったり、回転したり、Sの字を描いたりしながら無駄な時間をかけて飛びました。ワニゾウさんは、私の無駄な時間にあわせて飛んでくれました。周りの星の位置が全然変わりません。3年も飛んでいる感覚になりました。泳いで、潜って、寝そべって、回転したり、きりもみしたり、宙返りも出来ました。水中か、空中でしか出来ない体験です。私は、目一杯無駄に飛び回りました。バタフライ、立ち泳ぎ、犬かき、忍者泳ぎ、背面平泳ぎ・・・。うちうは、可能性の塊です。試すことを試さないと損をします。だから沢山試してみました。ワニゾウさんは、移動する速度を私に合わせてくれました。
「(愉快なかただ・・・)」私は気付きませんでしたが、優しく見守ってくれていました。そんなことをしているうちに、おおいぬ座に少しだけ近づきました。
「しかし、『シリウス』はおおいぬ座の一部のはずですが、どれだけ近づいてもイヌの形には見えませんね」
「何ごとも想像力が大事なのです。昔の人たちが描いたイメージですから、むげにはできません」
「素晴らしい考えです」そして、ようやくシリウスに着きました。
「到着しました」キョロキョロとあたりを見回して、ワニゾウさんにたずねました。
「ひょっとして、これは練習ですか?」
「そうです。早く飛ぶための練習なのです」
「目的地のアンドロメダ銀河は、どのようなところですか?」
「そこでは、時間の流れを体験できます。過去でも、未来でも・・・」その言葉にねこたは、
「(未来がいいなぁ・・)」と考えました。
「それでは、未来に行きましょう!」ねこたの希望が通りました。何とアンドロメダ銀河まで5分で行けました。
「銀河の中心は、ブラックホールがあると思いましたが、大丈夫ですか?」
「ご存知でしたか、大丈夫です。広がる方を体験して頂きます」
「広がる方?」
「広がるうちうと、閉じるうちうです」
「広がると、未来に行けるのですか?」
「まぁ、大将の理論ですから・・・」
「あの大将は、何ものなのでしょうか・・・?」
「お店の大将の名は、鷲(わし)馬(うま)熊(くま)虎(とら)さんです」
「個性的なお名前ですな~」
「科学や歴史や不思議なことを研究して、料理で再現しています。とても個性的なお方です」
「友人に、一人は欲しい存在ですね」
「私も日々の生活が刺激的になっています。しばらくここでお待ちください。間もなく始まりますから」ワニゾウさんは、ビードロを鳴らしました。ガラス製で、キラキラ輝いていました。
「ぽっぴんでしたっけ? 不思議な音がしますね~」私はたまらず質問しました。
「そうですね。ビードロともいいます。日本の長崎生まれのおもちゃです。風船が生まれますが、きっかけの合図は何でもよいのです」そしてしばらく待っていると、銀河の中心から、風船玉が飛び出してきました。1億個、10億個、100億個もあるような、ものすごい数でした。
「始まりました! 1,000兆個の風船が飛んできます。ぶつかる勢いが激しいほど、遠くへ飛ばされますよ。銀河の中心に向かって、突進してください。どんどんぶつかって遊んでください」とは、言われたものの、私は風船にぶつかることをためらっていました。
「大丈夫です、安心してください。怪我はしませんから」と言われたので、挑戦してみることに決めました。
「猫忍法『なせば、なんとかなる』」と言って、赤い巨大な風船に突進しました。
「むにゅ! ぽ~~~~~っん!」と弾かれ、
「きょっほ~~~~!」私は簡単に負けました。
猫忍法【なせば、なんとかなる】
「なんとか頑張れば、どうにかなる」という意味。ことわざに聞こえるが、実はなんでもないひと言。何かする前に呟くと、覚悟が出来る魔法の言葉でもある。
ワニゾウさんが、つつつと私に近づいて言いました。
「さぁ、どんどん行きましょう!」
私は、ワニゾウさんの言うままに、どんどん銀河の中心に向かって飛びました。すると銀河の中心への侵入を拒むように風船玉がドンドン飛んできました。ポン、ポン、スポポポ~ン。
大・中・小の色とりどりの風船玉に弾かれて、私はドンドン外へ飛ばされました。半透明の星型の風船だけは、私たちの体をすり抜けてしまいました。
「ワニゾウさん、星型だけは通り抜けますか?」
「そうです。星型だけは、破れません」
「味気ないですね」
「星型は、からだの中の疲れを取り除いてくれます。何回か通り抜けてもらうと長く遊べます」
「行き届いたシステムですな」
「是非とも、ごまんたるをお見知りおきください。そして、風船は膜がとても分厚(ぶあつ)いので破れることはありません。烈しくぶつかると面白いですよ!」とワニゾウさんが言いました。
「わかりました~!」私は、どんどん楽しくなりました。風船の弾力は相当なものだったので、安心して思い切って勢いよく風船にぶつかりました。富士山ほどもある大きな黄色の風船に向かって、
「さよ~う!」と言って、突進しました。私の突進によって真っ黄色の巨大な月のような風船は、満月だった形が半月となり、上弦の月になり、三日月のように形が変わりました。風船は私を優しく包みこみ、頭をなでられている心地さえしました。風船を突き破って反対側へ届くと思いきや、
「はん~さよ~う!」と逆方向へ飛ばされました。
「た~のし~い!」ぶつかればぶつかるほど、私は外へ飛ばされました。作用反作用の法則を遠慮なく体全体を使って体験出来ることはめったにありません。はげしくぶつかったハズなのに、体に痛みを感じませんでした。首や腕をひねって痛めることもありませんでした。ぶつかって、飛ばされて、弾かれて、そして、必ず私たちが負けました。私たちがぶつからなかった風船は、私たちを通り過ぎると行き場を失って、小さくなったり消えたりしました。ワニゾウさんが、
「風船の行く末を気にする方は、はじめてです」と感心してくれました。その後、タイミングを見計らって、等しい大きさで等しいスピードの風船が二つ同時にこちらへ向かってくるのに突撃しました。左側の青い風船にぶつかった直後に体をひねり、角度を変えて右側の水色の風船に飛ばされました。水色の風船にぶつかった直後に体を捻って角度を変えました。これで、永久に二つの風船に弾かれ続ける予定でした。ボンッ、ポンっ、ぽん? あらら、三回くらいで終わってしまいました。
「もっと、続くと思いました」とワニゾウさんに言うと、
「入射角が大きすぎると、反発係数が小さくなるのです」
「何やら難しそうな話ですな」
「過去に、1,024回続けたお客様がいて、危険なので修正されました。」
「危険ならばしょうがないですね」その好奇心あふれる個性的な人は、(なぜか直感的に)毛むくじゃらのお隣さんだと思いました。ワニゾウさんが、
「ねこたさん、見ててください」と言って、青色の風船に突進しました。しかし角度が悪かったらしく、弾かれて別の赤い風船に飛ばされました。赤い風船に弾かれた後、オレンジ色の風船にとばされて、水色の風船にぶつかりました。そして、紫色の風船にぶつかって勢いがなくなりました。ボン、ポン、ぽ~ン、ポン、ぴと。
「やりました! 自己最高の5回連続弾かれです!」
「ワニゾウさん、スゴイ、すごい!」ワニゾウさんは、弾かれのプロでした。
「私も、何度やってもこの遊びは大好きです」その後も、二匹でドンドン遠くへ飛ばされました。ひとしきり遊び終えて、少し疲れてきました。三回ばかり、星型を通り抜けて一息つきました。
「ねこたさんは、風船を割ろうとしませんでしたね?」
「割ろうという考えはみじんもありませんでした」
「悪意で風船を割ると大変な目に遭います」
「それはどのようになるのですか?」
「割れた風船の中から真っ白い液体が飛び散ります。それが体にまとわりつき、すぐにセメントのように固まってしまいます。そして10日間ほどこうそくされます。悪意は悪意で返ってくるものです」
「こわいですねぇ。悪意って」
「悪意ではなく好奇心で風船を割った方がおられます」
「それは、どなたですか?」
「ゆきおさんです。あなたの横で寝ていらっしゃいました」
「あ~、やはり。あのにぎやかな方でしたか」
「悪意が無く好奇心で風船を割ろうとする場合、2日ほどかかります。風船が根負けして仕方なく割れてくれます。そして中から、アツアツのあんかけが出てきます。カレー色で味噌の香りがして、粘っこい液体が体にまとわりつきます」
「ゆきおさんは、どうなりましたか?」
「『んあ~』といいながら、10日間ほど感触を楽しんでおられました。全身毛むくじゃらですから、さぞかしうっとうしかったでしょう・・・。助けようとしても、拒まれました。何やら罰を楽しんでいる様子でした」
「変わった方ですね」
「あの方は、悪意がないから店に通い続けることができます。悪意が無くて、好奇心で色々と試される方です。『ごまんたる』では、悪意はお断りしますが、好奇心は歓迎します」
「なかなか得難い存在ですね」
「何を考えておられるか、不思議です」その後も、風船への体当たりを続けて遊びました。128回ほど繰り返したところで、ぐったりしてきたので帰ることにしました。
「お疲れでしょう。帰りは列車を用意しました」帰ると決めた途端に、風船玉の数が減り、銀河の中心から列車がやって来ました。乗客が誰もいない貸し切りの列車でした。ボックス席に座り、ワニゾウさんと銀河の不思議な星の話をしました。
「ごまんたるには三大うちうサービスがあります」
「他にも体験してみたいですね」
「三大うちうサービス以外にも、星巡りツアーはあるのです」
「何度も通わなければいけませんね」
「時間はたんまりあります。焦らずに楽しんでください」ワニゾウさんは、あせるなアセロラを用意してくれていました。
「なにやら、不思議なことだらけで胸がいっぱいです」
「私も、毎回新鮮な気持ちでちきうに帰れます」もっと色んな体験がしたいなぁと思いながら、あせるなアセロラを飲みました。
「少し心配なことがあります」私は、ドリンクを飲んでいるにもかかわらず、焦っていました。
「何でしょう?」
「ご飯を食べに来ただけなのに、ものすごく長い時間、ここにいた気がします」
「それならご安心ください。いかようにでも対応できます」
「あまり時間が経っていないといいのですが・・・」現実が刻々と迫ってきていました。
「時間よ止まれ! お前は美しい!」わたしが思わず叫ぶと、
「ご安心ください」
「まんじゅうこわい!」
「ご心配なさらずに。お客様に最大限のもてなしをするのが。私たちの仕事です」
「過ぎた時間を取り戻すことはできません」
「折角遊びに来たのですから、仕事のことは忘れましょう。それに、ねこたさんが気にするほど、時間は過ぎておりません」
「・・・」不思議な説得力がありました。
「あなたたちは、時間を自在に動かせるのですか?」
「・・・」それに対して、ワニゾウさんはひと言も答えませんでした。
店に帰ると残念ながら記憶の半分は消えていました。そして、私の「ごまんたる」での時間軸が、お店を訪れた時よりもずいぶん先に進んでいました。ずいぶん先に進んだか、ほんの少しだけ進んだのか、確認することは出来ませんでした。なぜならば、それは時計の針で確認できる時間の長さではなかったからです。そして私は、時間がズレた事にすら気付いていませんでした。
時計の針で確認できる時間で言えば、店にいたのは一時間ほどでした。しかし私には、何か説明できない、もっと深い時間の過ごし方をしていたのだと感じました。