ハリボテロミオの夏の夢
あれから、三匹はほぼ一晩中あーでもない、こーでもないと話し合いを続けていたらしい。
らしいというのは、僕が寝る時間になっても話し合いを続けていたので、場所をリビングに移してもらったから詳細を知らないからだ。
朝起きて三匹の様子を見ると、三匹ともちょっとだけ目が充血していたので、あまり寝れてはいないんだと思う。
それでも、三匹は僕に着いてきて一緒に家を出た。
「今日も部活ですか?」
「うん。全国大会まで1週間を切ったからね」
周りから怪しまれない程度の声で、右肩に乗るアルに答える。
本番まであと数日しかない。貴重な練習時間だ。
「今日は何するの?」
そう聞いてきたのは、左肩に乗るレテだった。
「午前中は、僕たち裏方は主に大道具のチェックだよ。役者組は衣装確認。でもって、午後から通し稽古」
「大道具も玲央たちがやるのかよ」
「裏方は人数少ないからね。どうしても、兼任が多くなっちゃうんだ。役者組で手伝ってくれる人がいるくらい」
「まぁ確かに、演劇部に入ろうって奴は、役者希望のが多いだろうからな……」
と、頭に乗るイデ。
なんだか、三匹の定位置が勝手に決まってしまっている。
けれど、三匹が乗っている場所に重みはない。そのあたりは神の使いなんだろう。
あれこれとたわい無い会話をしながら、僕たちは学校へと向かう。
途中、人が増えてくると、三匹も自然と静かになった。
やっぱり、昨日は三匹のいうところの久しぶりの人間界に、少しはしゃいでいたところがあったみたいだ。
「おはようございます」
「おー!おはよー玲央!今日は遅刻しなかったな!」
先に部室のロッカールームで服を着替えていた汐恩が、僕の肩を叩く。
「おはよ。んな毎日はしないって……」
「あはは!それもそうだな!!」
そう、僕たちが普通に話をしていたときだった。
バンッ!!!
勢いよく、ロッカーの扉を閉める音で、賑やかだったロッカールームが一瞬で沈黙に包まれる。
音の出た先にいたのは、蘭くんだった。
「……うるさいんだけど」
「ご、ごめん……」
誰とも目を合わさずに、蘭くんは呟く。
けれど僕は咄嗟に自分のことだと察して、蘭くんに謝った。
「お前さぁ……よく昨日遅刻して、そんな笑ってられるよな。こんな時期に遅刻するとか、俺には意味わかんねぇわ……」
「ごめん……そういうつもりじゃ……」
「……いいよ別に。本番で足さえ引っ張らなければ」
そう言って、蘭くんは僕と目を合わせることなくロッカールームから出て行った。
ロッカールームには、まだ張り詰めた空気が残っている。
「……玲央、気にすんなよ?あいつ本番間近でピリついてるだけだから」
「うん……」
わかってる。
わかっているけど、蘭くんがいう通り、こんな大事な時期に遅刻するなんて、僕が逆の立場だったら蘭くんと同じ気持ちになると思う。
だから、悪いのは僕だ。
「蘭くんのいうことも一理あるからさ。さ、稽古場行こう!大道具今日中に完成させないと!」
「そう……だな!わかった。先に行ってるぞ」
そう言って、汐恩も稽古場へ向かった。
「ンだよ、あの蘭ってやつは!!!」
「……いいんだよ。蘭くんは」
小声で怒るイデを、僕は服を着替えながら宥める。
「彼は確か、ロミオ役の子ですよね?」
「そうだよ。夜烏 蘭くん。うちのスター役者の一
人」
蘭くんは少なくとも3歳から事務所に所属していて、昔から子役としてCMや映画、ドラマにも結構出ている。
昔からストイックで負けず嫌いで……なんにでも、完璧を求めるんだ。
今も映画の撮影をしながら、部活にも参加しているけど、どっちも妥協しない。
すごい人だよ。
「へぇ〜、玲央は蘭くんって人のこと、よく知ってるんだね〜」
「あ……うん……まぁ、ちょっとね」
咄嗟に、言葉を濁す。
丁度着替えも終わったところだったので、僕はそのまま稽古場へと向かった。
三匹も、僕について稽古場に入る。そこではもうすでに大道具の制作が始まっていた。
「玲央、こっちこっち!」
汐恩に呼ばれて、稽古場の端っこへと向かう。
そこには大きな十字架が、ぼんっと置かれていた。
途中で出てくる教会のシーンで使う祭壇に飾るものだ。
「今日中にこれを完成させるんだと」
「了解」
三匹には、邪魔にならないように隅っこにいてもらうようにお願いして、早速僕も作業に加わった。
地味な作業ではあるけれど、一つ一つ意味があるものなので、一生懸命手を動かす。
そもそも、大道具作りは嫌いじゃない。
無心で何かをするのは楽しい。それが、演劇に関することなら尚更だ。
と、その時だった。
「わー!やっぱり綺麗!!」
「いい感じだね!!!」
「朱里、よく似合ってる〜!」
わっと、稽古場に黄色い声が上がる。
何かと思って振り向けば、そこには赤いドレス……ジュリエットの衣装を着た朱里さんが立っていた。
「ありがとう!やっぱり衣装着ると気合いが入るよね!!」
そう言いながら、朱里さんは力こぶを作るポーズをしてみせる。
筋肉質ではないので、全然力こぶはできていないんだけれど、そんなことをやるところが朱里さんらしくて可愛い。
「いやー、いいねぇ。役者組は花があって」
「こっちも大事な仕事だろ?ほら、手を動かす!動かす!!」
自分のことは棚に上げて、汐恩に真面目にやるように促して僕自身も大道具作りへと意識を戻す。
でも……。
あの赤いドレス……舞台でスポットライトを当てたら、もっと綺麗なんだろうな。
頭の中で、ドレスを着た朱里さんが舞台に立つ姿を想像する。
とても目立つ赤いドレス。その裾が、朱里さんが動くたびにひらひらと揺れる。
ところどころビーズの刺繍があるから、スポットライトでキラキラと反射してそれは綺麗だろう。
でも、それ以上に輝いているのは、きっと朱里さん自身だ。
……うん。
絶対に観客は、朱里さんに釘付け間違いなしだ。
そのためにも、僕は当日しっかりやらないと!
「よし!」
頑張るぞ!
僕は改めて気合を入れ直して、大道具作りに取りかかる。
ちらっと三匹を見ると、壁際で大人しく稽古場の様子を見ていた。
「ほーん……」
「どうかしたの?イデ?」
「……いいこと思いついた」
「いいこと、ですか?」
「これであいつを役者に引き戻せるかもしれねぇ」
「本当ですか!?」
「あぁ……俺様に任せとけって」
そんな会話をしているとも知らずに。