『待つ女』をやめたら、『追われる女』になりました【短編】





 そして今日も、シャルロッテはエドゥアルトを待っていた。

「くしゅん!」

 小さなクシャミが出て、初めて彼女の姿勢が少しだけ崩れた。
 今日は季節外れの寒さで、雪が降るかもしれないと言われていたのだ。

 彼女は何事もなかったかのように、すぐに姿勢を正した。
 手がかじかむ。首筋に寒気が伝う。しかし、王太子を待つのに、寒さで縮こまっているわけにはいけなかった。

 そのとき。

「もう見てられん」

 ぱさりと、彼女の背中に重みが落ちてきた。

「!」

 視線を向けると、それは令息用の制服の上着だった。

「アルトゥール殿下……?」

 シャルロッテは大きく目を見開く。眼前には、留学中の隣国の皇太子が険しい顔をして立っていたのだ。

「このようなこと……恐れ多いですわ!」

 彼女は慌てて肩にかかった上着を彼に返そうとしたが、

「風邪をひく。そのままでいなさい」

 彼は押し付けるように彼女の両肩に手を乗せた。

「あ……ありがとうございます……」

 さっきまでとは打って変わって、全身に温もりが広がっていく。彼女は困惑しつつも、彼の親切が嬉しく思った。

「いつまで待っているつもりだ?」

「エドゥアルト様がいらっしゃるまでですわ」

「はぁ……」

 彼女の当然といった返事に、彼はため息をつく。彼女はなぜ彼が不快そうにしているのか、皆目見当がつかずに目を(しばた)かせた。

「君は優秀なのに、婚約者に関しては極端に視野が狭くなるな」

「えっ……? どういう意味でしょ――きゃっ!」

「付いてきなさい」

 シャルロッテが質問する間もなく、アルトゥールは彼女の手首を掴んで引っ張っていく。

「な、なんですの……!?」

「君に見せたいものがある」

 彼はそう言って、あとは無言でずんずんと足を進めた。
 彼女は一瞬だけ躊躇したが、自国の王族よりも身分の高い帝国の皇太子に逆らってはいけないと判断し、黙って彼に付いて行った。


 しばらくして二人が到着した場所は、王族専用の貴賓室だった。
 アルトゥールは人差し指を口元に当ててから、

「しっかりと見るといい」

 そっと扉を開けた。

「っ……!」

 5センチほどの僅かな隙間からは、暖かい空気が流れて来た。
 パチパチと暖炉の音が聞こえてきて、湯気の立つティーカップ、そしてケーキやサンドイッチなどの軽食。
 中央の広いテーブルには王太子と男爵令嬢、取り巻きの令息たちが座ってなにやらカードゲームに興じているところだった。

「やったわ! フルハウス!」

 王太子の膝の上(・・・・・・・)に座っているローゼが、嬉しそうに声を上げる。彼は目を細めて、優しく彼女の頭を撫でた。

「……」

 シャルロッテの息が止まる。そこにはこれまで見たこともない楽しそうな表情の婚約者と、その恋人の過度なスキンシップの姿が映っていたのだ。

「ワンペア。負けましたね」

「駄目だ。ノーペア」

「同じくノーペア」

 負けた令息たちは、王太子たちの前に銀貨を差し出す。
 途端にシャルロッテの顔が青くなった。ギャンブルは国営施設以外では禁止されているのだ。

「殿下、そろそろ婚約者のところへ行かなくても良いのですか?」

 令息の一人が、時計を見ながらエドゥアルトに訊いた。

「あぁ、まだ大丈夫だろう。待たせておけ」

 王太子は時計の針を一瞥して、鼻で笑いながら言う。

「えぇ〜? 侯爵令嬢が可哀想〜」

 ローゼはくすくすと馬鹿にするように笑った。

「あれは放っておいても付いてくる。犬みたいに待っているからな」

「まさに忠犬ね。わんわん!」

 ローゼが犬の鳴き真似をすると、彼らはどっと声を出して笑った。


「なんてこと……」

 シャルロッテは小刻みに肩を震わせながら、その様子を眺めていた。やがて限界に達したのか、ふらふらとよろめいて倒れそうになる。

「大丈夫か?」

 そのとき、彼女の肩をアルトゥールがしっかりと掴んだ。
 彼はそのまま彼女を抱き上げ、その場を離れる。力強い支えに彼女は意識を取り戻し、はっと我に返った。

「は、離してください!」

 だが彼は無言のまま彼女を抱きかかえたままで、皇太子専用の貴賓室まで連れて行った。


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