『待つ女』をやめたら、『追われる女』になりました【短編】
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シャルロッテが待つのを止めたら、自分の世界が突如動き出した気がした。
実際に大きな変化が起こった。
「シャルロッテ嬢、学園を卒業したら私と一緒に帝国へ行かないか?」
「……それは、帝国へ留学するということでしょうか」
アルトゥールは、シャルロッテが婚約破棄の準備を始めたことにいち早く気付き、証拠集めを水面下で手伝ってくれた。
さすがは帝国の皇太子。どこに潜んでいるのか分からない彼の間諜が、瞬く間に情報を集めてくれた。
もとより同じクラスメイトとして良好な関係だった二人だが、彼が皇族の先輩としてアドバイスをしてくれた日から会話をすることが多くなった。今では、親しい友人となっていた。
彼女の質問に、彼はしばし黙り込む。彼女はそれを肯定と捉えて話を続けた。
「そうですわね。それも、良いかもしれません。きっと王太子殿下と婚約破棄をすれば、しばらく騒がしくなるでしょうし。帝国のアカデミーでもっと高度な学問を――」
「いや」
彼はいつもよりやや低音で、彼女の言葉を遮る。
そして、まっすぐに彼女の瞳を見て言った。
「私の……皇太子妃として、帝国へ来てほしいんだ」
「えっ……」
彼女は大きく目を見開いて、彼を見た。
静かに見つめ合う二人。
ほんの僅かだが、時間が止まっているように感じた。
「私は、君を愛している。だから、私の伴侶になってくれ」
「……」
再びの沈黙。シャルロッテは、頭が真っ白になって二の句が継げない。
だが、彼の熱のこもった強い視線を、逸らすことができない。
「わたくしは……」
数拍して、乾いた唇をやっと開いた。
「わたくしは、すぐにお返事ができません……。その……立場も、ありますので……」
帝国の皇太子の求婚を拒否して良いものだろうかと彼女は少しだけ逡巡したが、自分はまだ王太子の婚約者という身分だ。何と答えれば良いか、最適解が分からなかった。
しかし彼女の不安とは裏腹に、彼はふっと微笑んだ。
「あぁ。君の立場は分かっているつもりだ。だから――」
彼は彼女の頭の上にぽんと優しく手を置いた。
「待つよ。君の気持ちが私に向いてくれるまで、いつまでも待ってる」
「っ……!」
にわかにシャルロッテの頬が薔薇色に染まった。
これまでエドゥアルトを待ち続けた彼女が、生まれて初めて『待たれる』という経験をしたのだ。
嬉しさと気恥ずかしさと申し訳なさが混在して、胸がそわそわと波立った。
それは、彼女が無意識に心の奥に抑え込んでいた『恋心』というものが顔を出した瞬間だった。