それぞれの幸せ
 南風泊市場(はえどまりしじょう)
 海峡メッセ。
 赤間神宮。
 関門海峡。

 まるで、自分がそこへ行くことを想定していたみたいに。
 もちろん、そんなはずはないと……何となく百合香には分かっていた。

(なのに私、それが分かってて……)

 この行き先はきっと、〝佐山の良心の呵責の賜物(たまもの)〟なのだ。

 本当に百合香を送り出していいのか。
 引き止めるべきではないのか。
 そんな迷いがたっぷり乗っかった、下関というひとつの街への道行の提案。
 何が正しいのか分からないまま、それでも百合香を駅まで送ってくれた佐山の、細い細い蜘蛛の糸。

 百合香は小さく目を伏せた。
「……佐山くん、雄ちゃんに怒られてないかな」
 ぽつりと呟く。

 蜘蛛の糸を手繰り寄せられるかもしれないと思いながら、その提案に乗るように下関行きの切符を買ったのは、佐山の罪が少しでも軽くなればいいと思ったから。
 下関にいたって、見つかってしまう可能性はきっと低い。
 同じ町に住んでいても、待ち合わせでもしていない限り、知り合いに出会う可能性はそんなに高くないのだから。
 そう言い訳をして、百合香はとりあえずの行き先として、下関行きを決めたのだ。
「でも本当は……」
 見つけて欲しいから……だなんて、そんなこと、口が裂けても言葉にしてはいけない。

 百合香の小さなつぶやきは、新幹線の走行音に紛れて、かき消された。

「……見つかりませんように」

 心裏腹な願いを吐息とともにこぼしてから、百合香は(きっと大丈夫)と思い直す。

 佐山は三井派だ。
 少なくとも、すぐに雄二へ下関行きを示唆したことを伝えるような真似はしないだろう。

 佐山の不安そうな顔をあえて記憶の片隅に追いやって、百合香は自分にそう言い聞かせた。


 何度目かのトンネルを抜ける。

 車窓の外は、少しずつ夕方の色へ変わっていた。

 見知らぬ街。
 見知らぬ駅。
 見知らぬ人たち。

 そのすべてが、百合香を過去から遠ざけていく。

 そう思うことで、どうにか息をした――。


 夕方。
 新幹線は、予定通り新下関駅へ到着した。
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