それぞれの幸せ
(雄ちゃん、勝手に離れてごめんね。大好きだよ……)
 すべてが、遠い出来事のようだった。

 まだ今日のことなのに。
 ほんの数時間前のことなのに。

 胸が苦しい。
 苦しいのに、不思議と涙は出てこなかった。

 泣けるほどの余裕が、もう残っていなかったのかもしれない。

 ただ、ようやく雄二の不貞を終わらせてあげられるのだと思った。

(私のワガママのせいで……雄ちゃんにも長いこと、罪を共有させちゃったね……)

 長かった。
 本当に長かった。

 終わらせなければいけないと思いながら、それでも終わらせられなかった日々が、ようやく終わった。

 一度は自分を捨てた雄二に取り縋って、〝影の女でもいいから〟――。そう言い募って始めた、いけない関係。
 それを、やっと終わらせることが出来た。

(これで良かったのよ……)

 そのはずなのに、胸の奥にぽっかりと開いた穴が、決意を鈍らせようとしてくるみたいに、じくじくと痛む。それがすごく浅ましく思えて悲しかった。

(これだってそう……)

 手の中の、《《下関行き》》の切符を見て、吐息を落とす。
 ここ以外のところを選ばなければ、足がついてしまうかもしれないのに――。

(私、なにやってるんだろ……)

 駅へ向かう車の中で、佐山はずっと気まずそうにしていた。
 写真のことをお願いしてから、百合香が何も言わなかったからだろう。
 佐山は何度か口を開きかけて、そのたびに言葉を飲み込んでいた。

 それから、無理に話題を探すようにして言った。
「下関って、行ったことあります?」
 と――。
 百合香は、静かに首を横へ振った。
 佐山は下関では、フグが有名で……地元ではフ《《グ》》と濁らず、フ《《ク》》と言うのだと教えてくれた。福にちなんでの縁起担ぎらしい。
 百合香の門出に、その地がいいのではないか、と言いたいみたいだった。

 佐山の不器用な提案に思わず「フク……」と復唱したら、日本で唯一のフグ専門の卸売市場である南風泊市場(はえどまりしじょう)のことや、海峡メッセという展望台付きタワーのこと、それから赤間神宮や関門海峡のことをたくさん教えてくれた。

 今思えば、不自然なほど一生懸命だった。
 百合香が自分の告げた言葉で、旅立ちを言い出すかもしれないと予期していたのかもしれない。
 そうなったとき、もし困ったらそこへ行けばいいと思ってくれていたのかも――?

 そう考えると、佐山が下関の話になると妙に饒舌(じょうぜつ)だったのにも頷ける。
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