それぞれの幸せ
本当に遠くまで来てしまったのだと思う。
それでも不思議と、足を止めたいとは思わなかった。
しばらくして、列車がゆっくりと下関駅へ滑り込む。
ホームへ降り立つ。
新幹線の駅とは違う、人の気配。
仕事帰りらしい人々。
買い物袋を提げた家族連れ。
学生たちの笑い声。
そこには確かに、人々の暮らしがあった。
百合香はバッグを抱え直し、駅の外へ出る。
夕暮れの空の下に、見慣れない街並みが広がっていた。
知らない土地。
知らない人々。
けれど、今夜からはここが自分の居場所になるのかもしれない。
百合香は駅前を見回した。
今日はもう何も考えたくなかった。
とにかく眠れる場所が欲しい。
駅前付近、ショッピングモール近くに見えたビジネスホテルの看板へ向かう。
高価なホテルではない。
広くもない。
けれど、一晩眠るには十分だった。
予約なしの飛び込みだったけれど、幸い空室があって、無事チェックイン出来てホッとする。
指定された部屋に入り、扉を閉ざしたと同時、百合香はようやく全身の力を抜くことが出来た。
小さな部屋だった。
ベッド。
机。
テレビ。
ユニットバス。
窓の外には、知らない街の夕景。
豪華さはない。
けれど、今の百合香にはそれでよかった。
長居するつもりはない。
まずは仕事を探さなければならない。
住む場所も決めなければならない。
役所で必要な手続きもあるだろうし、生活に必要なものも買わなければならない。
これからのことは、何も決まっていない。
それでも、今日はもう疲れていた。
まずは一晩休もう。
そう思って、百合香は荷物をほどき始めた。
着替えを出す。
化粧ポーチを机に置く。
財布とスマートフォンを取り出す。
スマートフォンは、新幹線へ乗る前から電源を落としたままだった。
(自分の、解約すべきじゃなかったな……)
もともとは、自分名義の携帯を持っていた。
けれど数年前、雄二に渡されたこのスマートフォンへ一本化するため、それは解約している。
表向きの理由は仕事だった。
ランジェリーショップYURIKAのオーナーとして。
何かあった時、通話料など気にせず〝相良組と〟――ひいては自分と連絡出来るように、と。
雄二はそう言って、このスマートフォンを持たせてくれた。
雄二には言わなかったけれど、百合香はそれを、〝雄ちゃんとの距離を示すもの〟という思いで受け取っていた。
恋人ではない。
妻でもない。
自分は愛人なのだと。
その立場を忘れないための線引き――〝戒め〟のようなものだった。
だからこそ、このスマートフォンには思い出が多すぎる。
それでも不思議と、足を止めたいとは思わなかった。
しばらくして、列車がゆっくりと下関駅へ滑り込む。
ホームへ降り立つ。
新幹線の駅とは違う、人の気配。
仕事帰りらしい人々。
買い物袋を提げた家族連れ。
学生たちの笑い声。
そこには確かに、人々の暮らしがあった。
百合香はバッグを抱え直し、駅の外へ出る。
夕暮れの空の下に、見慣れない街並みが広がっていた。
知らない土地。
知らない人々。
けれど、今夜からはここが自分の居場所になるのかもしれない。
百合香は駅前を見回した。
今日はもう何も考えたくなかった。
とにかく眠れる場所が欲しい。
駅前付近、ショッピングモール近くに見えたビジネスホテルの看板へ向かう。
高価なホテルではない。
広くもない。
けれど、一晩眠るには十分だった。
予約なしの飛び込みだったけれど、幸い空室があって、無事チェックイン出来てホッとする。
指定された部屋に入り、扉を閉ざしたと同時、百合香はようやく全身の力を抜くことが出来た。
小さな部屋だった。
ベッド。
机。
テレビ。
ユニットバス。
窓の外には、知らない街の夕景。
豪華さはない。
けれど、今の百合香にはそれでよかった。
長居するつもりはない。
まずは仕事を探さなければならない。
住む場所も決めなければならない。
役所で必要な手続きもあるだろうし、生活に必要なものも買わなければならない。
これからのことは、何も決まっていない。
それでも、今日はもう疲れていた。
まずは一晩休もう。
そう思って、百合香は荷物をほどき始めた。
着替えを出す。
化粧ポーチを机に置く。
財布とスマートフォンを取り出す。
スマートフォンは、新幹線へ乗る前から電源を落としたままだった。
(自分の、解約すべきじゃなかったな……)
もともとは、自分名義の携帯を持っていた。
けれど数年前、雄二に渡されたこのスマートフォンへ一本化するため、それは解約している。
表向きの理由は仕事だった。
ランジェリーショップYURIKAのオーナーとして。
何かあった時、通話料など気にせず〝相良組と〟――ひいては自分と連絡出来るように、と。
雄二はそう言って、このスマートフォンを持たせてくれた。
雄二には言わなかったけれど、百合香はそれを、〝雄ちゃんとの距離を示すもの〟という思いで受け取っていた。
恋人ではない。
妻でもない。
自分は愛人なのだと。
その立場を忘れないための線引き――〝戒め〟のようなものだった。
だからこそ、このスマートフォンには思い出が多すぎる。