それぞれの幸せ
第1章 雪絵

1.葛城雪絵『惹かれてはいけない人』

 和室に灯る柔らかな明かりの(もと)葛城(かつらぎ)雪絵(ゆきえ)は背筋を伸ばして座っていた。
 ここは葛西組(かさいぐみ)組長・葛西(かさい)了道(りょうどう)の屋敷。
 広間の床の間には掛け軸と花が飾られ、空気がピンと張り詰めている。(とお)の時に身寄りを失くして以来ずっと世話になっている場所なのに、なぜだろう? 今日はどこかいつもと違う空気感があった。

 母親は、雪絵が小学校へ上がる前に自らの意志でこの世を去った。
『やっぱり堅気(かたぎ)の女と俺たちとじゃ、住む世界が違ったってことだ……。美雪さんにゃ、可哀想なことをしたな』
 皆が墨染(すみぞめ)のような真っ黒な衣服に身を包んでいる中、わけも分からないまま同じように黒のワンピースを着せられた雪絵の手を引いて、父は寂しそうな顔をして立っていた。葛西了道がそんな父の肩をポンと叩くなり、吐息まじりにつぶやいた。その声と悲し気な表情を、雪絵はずっと忘れられなかった。
 あの当時、雪絵はまだ幼かったから、あれが母の葬儀の場だったというのも、また、了道が暗い顔で告げた〝堅気の女〟が美雪(ははおや)を指していたということも、大きくなるまで理解できなかった。
(お母さんは組とは無関係な人だったってことだよね?)
 結局母の話をすると寂し気な顔をする父親には聞けず終いだったけれど、おそらくはそういうことだったんだろう。

『雪絵ちゃんは母親(おっかさん)を早くに亡くしちまってんのに……父親(おっとさん)まで俺が奪っちまったな。ホントすまねぇ』
 母の死から数年後。今度は葛西了道(目の前の男)(かば)って、父親が呆気なく死んでしまった。
 母の時と違ったのは、雪絵が親の死というものをある程度は理解できる年齢――十歳になっていたことだ。
『了道おじちゃん、そんな顔しないで? お父さんはおじちゃんを守れて誇らしかったと思うよ?』
 それが父のいる世界なのだと幼心に何となく理解していた雪絵である。雪絵は、年の割にどこか冷めたところがあると自分でも思っていた。
 きっと、母を早くに亡くし、たった一人自分に残された父親(みうち)も、仕事柄雪絵に掛かりっきりというわけにはいかなかったからだろう。
 ちょいちょい雪絵の世話を自分の配下の人間へ任せていた。入れ代わり立ち代わり自分のそばへ立つ大人が変わる感覚。友人たちにはいない守り人のような存在がいること。全てが自分は〝みんなとは違う〟と認識させられるには十分だった。

 父を失った日から、罪滅ぼしのつもりだったんだろう。雪絵は〝了道のおじちゃん〟に引き取られて、この屋敷で育てられた。とはいえ、了道の右腕だった父親・葛城(かつらぎ)(ゆずる)の忘れ形見として了道に庇護されている形だったから、彼の養女になったわけではない。
 雪絵は〝葛城雪絵〟として、了道に何不自由ない暮らしをさせてもらったのだ。
 了道の子という扱いではないのに、世話係として雪絵より十歳(とおばかり)年上の三井(みつい)隆司(たかし)という男がつけられたのは、その最たるものだろう。
< 2 / 40 >

この作品をシェア

pagetop