それぞれの幸せ
(雪絵は……俺が若い衆の面倒をみたいと言えば反対はしないだろうが……)
 思春期に差し掛かろうかという娘の百香(ももか)を、血気盛んな男たちと一緒に住まわせるのは雄二としても避けたいところだ。
(しばらくは現状維持だな)
 ここ数年、相良京介がカシラを張っていた『相良組』の時からこうなっていた。
 組織改編があったからといって、慌てて変える必要もないだろう。

 誰もいない空間。
 静まり返った室内に、雄二の足音だけが響く。

 灯りをつけると、整えられた机や椅子が、淡々と並んでいた。

 そこには、自分の居場所があるはずなのに、どこかしっくりこない。

「……カシラ、か」

 誰もいない場所で、初めてその言葉を口にした。

 その役割は、自分ではなく三井(みつい)隆司(たかし)でも務まっただろうに……何故か相良が自分の後釜として白羽の矢を立てたのは、三井より極道歴が短いはずの自分だった。

(俺の方が情がないからか?)

 極道として、何が最適解なのか……選び取る力は、恐らく雄二の方が三井より上なのだ。そこを見込まれたと思うのが正解だろう。


***


 翌朝。
 本来なら、雄二が百合香を会場まで送るつもりだった。

 だが、その予定は変えざるを得なくされた。

 朝早く、葛西了道から呼び出しが掛かったのだ。
 了道にだって、今日が相良京介の晴れの日で、雄相会(ゆうそうかい)の面々が落ち着かないのは分かっているだろうに――。

 用件は、聞かされないが、嫌な予感しかしない。
 だが――極道の世界において、上の者からの指示は絶対。断れるはずがないことは、了道に人生をさんざんかき回されてきた雄二には痛いほど分かっている。

 雄二は、短く息を吐いた。

「……佐山、百合香の送迎、頼めるか?」
 呼び出した男に、事情を伝える。
「あいつを、式場まで送ってやってくれ」
「……分かりました」

 頷く佐山に、背を向ける。

 せめて皆からの〝想い〟を背負わされた百合香を、会場まで送り届けてやりたかった。だが、また自分は――彼女を一人にしてしまう。
 百合香は強い女だ。雄二に対してですら、決して弱みを見せない。

(だが、本当にそうなのか?)

 もともと百合香はそんなに強い女だっただろうか。
 雄二が堅気(かたぎ)だったころには、もっと弱いところを見せてくれていた気がする。
 最近の雄二は、百合香の優しさに甘えすぎてはいないだろうか。

 百合香が結婚式から戻ってきたら、もう少し彼女を労わるようにしよう。
 そう思いながら、かつて相良京介が乗っていた高級セダンへ乗り込む。
 石矢(いしや)恭二(きょうじ)の運転で、車は静かに走り出した。

 向かう先は、葛西了道の屋敷。

 門をくぐり、通された屋敷内は、やけに静かだった。
 怒号も、苛立ちもない。
 ただ、いつものことながら、逃げ場のない空気だけがそこにあった。

 了道の妻・佳代に導かれて、奥の座敷へ通される。

「……来たか」

 了道の低い声が、広い空間に静かに落ちた。
 背後で(ふすま)が閉じられる。
 雄二は、視線で促されるまま、何も言わずに了道の真正面へ座した。

 次に何を告げられるのか。
 このときの雄二は――まだ、それを知らない。


***


 葛西了道の前に座った瞬間、雄二は悟った。
(逃げ場はないな)
 広い座敷には、余計な音が一切なく、庭の方から、かすかに風の音がするだけだ。

 正面に座る男は、いつもと変わらぬ顔をしている。
 だが、その静けさが、かえって重かった。

「……昨夜な」
 了道が、ゆっくりと口を開く。
 その声音に、怒気はない。
 だが、感情がないわけでもない。
「お前の女房が、ここへ来た」
 その一言で、空気が変わった。
 いつもなら〝雪絵〟と呼ぶところを、〝お前の女房〟と言う。
 それだけで十分だった。
 雄二の指先が、わずかに強張る。
「……雪絵が?」
「ああ。娘と一緒だった」
 淡々とした言葉。
 だが、その一つ一つが、選択の余地を削っていく。
「……随分と、いい顔してやがったよ」
 了道の視線が、わずかに細められる。
「分かるか、千崎。全部、終わらせる覚悟ができた女の顔してたんだよ、あいつは」
 雄二は、何も言えなかった。
 言葉を探すより先に、胸の奥がざらつく。
「頭下げてきたんだ、俺に」
 了道は続ける。
「『百香を連れて出ていきたい。千崎と別れることを許可してください』ってな」

 静かに落とされたその言葉が、重く沈んだ。
 雄二の喉が、わずかに鳴る。
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