口煩いと婚約破棄されまして~今更助けてくれ?見返りに貴方のお兄様を紹介しなさい~

episode.15

「ふわぁぁ~~……」

 アーネストは大きな欠伸をしながら、自分の部屋へと向かって歩いていた。
 窓の外はすっかり日が落ち真っ暗。空には綺麗な三日月が登ってる。夕食も済ませたことだし、部屋でのんびり月見酒でも飲もうかと考えていた。

「……ん?」

 ガチャ…と部屋を開け、一歩足を入れたところで違和感に気が付き、足元に視線を落とした。ドアのすぐ横にいたのは、膝を抱えて蹲るシェンナ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 アーネストは大声を上げながらその場に尻をついた。

「お、おま、お前!いるならいるって言えよ!」

 怒鳴りつけるが、シェンナは膝を抱えたまま返答どころか顔も上げない。いつもと違う様子に、何かあったのは聞かなくても分かる。

 アーネストは「はぁ~」と大きく溜息を吐くと、シェンナの側へ寄った。

「おい、どうした?お前らしくないぞ」
「……」
「無視か?まあ、別にいいけど。僕も暇じゃないんだ。用がないんならとっとと帰れ」

 ここに来たという事は、どうせ話を聞いて欲しくてだろう。だが、このままじゃ話にならないと、わざと煽るように冷たい言葉で突き放した。

 それでも返答がないので、アーネストは呆れてその場を離れようと立ち上がった。踵を返したところでクイッと裾を引っ張られた。

「……」
「……」

 振り返り見ると、俯いたままのシェンナが裾を掴んでいた。

「お前さぁ~いい加減にしろよ?」

 もう呆れを通り越して苛立ってきたアーネストが、ピンッと頭を弾いた。

「痛ッ!何すんの!」
「お、ようやく顔を上げたな」
「……」

 痛む頭を押さえながら文句を口にするシェンナに笑顔で相手するアーネスト。その目は笑っておらず、そっと視線を逸らした。

「おい、こら。ちゃんとこっち見ろよ」
「痛い痛い!見る見る!」

 頭を掴まれ力づくで向かせようとしてくるものだから、首の筋がおかしくなるかと思った。

「んもう、女性には優しく知ろって教わりませんでした?」
「ふん。今更だろ。それより、聞いて欲しいことがあるんだろ?」
「……」

 改めて聞かれると、躊躇してしまって言葉に詰まって黙ってしまう。

「いい加減にしろって言ってんだよ。なぁ」
「はいはいはい!言います言います!」

 再び頭を掴まれ、観念してここに来るまでの経緯を話して聞かせた。

「ふ~ん。あの兄上がねぇ」
「よく見えなかったけど、あれはキスしてた……と思う」

 言葉にしてしまうと、現実味が増して泣きそうになる。

 アーネストは瞳を潤ませるシェンナを見て、ギュッと拳を握った。

 婚約破棄の際に兄を紹介しろと言うぐらいだ。シェンナが兄上を気に入っていたのは知っていたが、その時はまだ()()()()程度だった。それがいつの間にか、恋心に変化していっているのが分かった。

 ──それが面白くないと思う自分がいるのにも……

「なぁ、そんなに兄上がいいのか?」
「え?」

 そっとシェンナ頬に触れながら問いかけた。

「お前って奴は、いつも強気で言いたいことをはっきり言って、負けず嫌いでむかつく奴だったろ。そんなカビが生えそうな弱気なお前は見たくねぇんだよ」
「………」

 あれ?おかしいな。これ、慰めてるつもり?まったく慰められてる感じがしないんだけど……?

「僕は兄上に勝てる事なんてないと思ってたけど、お前の事だけは兄上に勝てる自信がある」
「……え」

 いつものように軽快に言葉を返せばいいのに、アーネストの真剣な表情に引き攣った笑顔を返すのがやっと。それに、なんか雰囲気が……

「兄上じゃくて僕にしろよ」

 距離を詰めながら言い寄られた。必死に格好よく見せようとしているが、頬が若干色付き、肩に置かれてる手が震えてる。

(柄にもないことをするから……)

 そう思うが、茶化すようなことは言わない。この人にとって、一世一代の告白だ。そんな相手の気持ちを足蹴にするほど捻くれてはいない。

「あっと……」
「ちょっと待て!」

 口を開きかけると、口を塞ぐように手で覆われた。

「僕は兄上のように立派じゃないし、強くもない!すぐに泣き言言うし、誘惑にも弱い!君の言うことを聞かなかったばかりに病気にもなったし、頼りにもならない!」

 シェンナが驚くほどツラツラと自分の短所を並べていく。

 逆にそこまで自分の短所を分かっていて、何故改善しようとしない。と思ってしまう。

「……けど、そんな僕を見て捨てずいてくれた君には感謝してる」

 初めてお礼を言われた気がする。

「婚約破棄したことを後悔してる……今なら、絶対にシェンナを泣かせたり失望させたりしない!だから、僕とやり直さないか!?」

 シーンと部屋が静まり返る。居た堪れない空気が漂う。

(逃げたい……)

 今すぐ現実逃避したいが、目の前の人物がそれを許してくれない。期待と不安を混じえた顔で私を見つめてくる。

 確かに、今と昔のアーネストは違う。最近は我儘も言わないし、好き嫌いは相変わらずだが、食べる努力はしている。
 頼りにならないと言っているが、頼りにならない者に相談なんてしない。

 ──けど、私も自分の気持ちに嘘はつけない。

「……ごめんなさい」

 目を伏せながら頭を下げた。

 例えば、これが婚約中だったらまだ喜んで添い遂げる気持ちはあったが……

(色々と遅いんだよ)

 気持ちは凄く嬉しい。これは本音。だけど、今となっては婚約者と言うより親友に近い存在になってしまった。

 シェンナがそんなことを考えていると、下げていた頭に手が置かれた。

「……だと思ってた」

 寂しげだけど、何処か吹っ切れたような声が聞こえた。

「ほら、良かったな。僕のおかげで自分がどうしたいか気づけただろ?感謝しろよ?」

 重苦しい雰囲気を払拭するように、気丈に振舞って見せるが、空元気なのがバレバレ。

「まったく……貴方は本当に演技が下手ですね」
「なっ!ち、違うぞ!」

 クスッと微笑むと、アーネストは顔を真っ赤にして言い返してくる。本当に分かりやすい人。

「でも、感謝してますよ」
「ふ、ふん。礼など要らん。気色悪い」
「ふふ、素直じゃないですね」

 シェンナはアーネストに礼を伝えると、自分も気持ちに決着をつけると言って、屋敷を後にして行った。



 アーネストは窓からシェンナを見送り、姿が見えなくなった所で崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。

「あ~ぁ……やっぱり兄上には敵わないや……」

 そう呟くアーネストの頬に大粒の涙が伝っていた。
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