悪気がないかどうか、それを決めるのは私です
18.サラへの報告義務 sideエドモンド
sideエドモンド
「団長、今月の報告をいたします。まず、週一で配布しているフローリアのポーションですが、大変好評です。……フローリアの作ったものを騎士たちが飲んでいると思うと、正直、腹立たしい気持ちもありますが、本人が嬉しそうなので、そこは自制しています」
言い切ってから、咳払いを一つ。
「それから、フローリアが薬草を育てるための温室を欲しがっていましたので、手配しました。私も手伝いたいため、二日ほど休みをいただきます。本人は一人で管理できると言っていましたが、仕事量が増えすぎるので止めました。新たに管理担当を雇おうと思っています。ご許可を、以上です」
報告を終えて顔を上げると、なぜか、団長が黙ったままこちらを見ている。
なんだ? 何か分からないところでもあったか? もう一度報告書に視線を落とそうとした、その時。
「……お前。この短時間で、『フローリア』と何回言ったか、自覚はあるか?」
団長が、静かに口を開いた。
「五回です」
「い、いや、分かっていたのか?」
団長は、深く息を吐いた。
「休みも、温室の件も許可しよう」
「ありがとうございます」
特に問題はなかったようだ。理由は分からんが、許可が出たなら、それでいい。
「あっ! エドモンド様!」
やけに元気な声が横から飛んできた。
「報告が終わったんでしょう? ちゃんと私にデート報告をするように!」
見ると、ソファに陣取ったサラが、満面の笑みでこちらを見ている。だから、なぜいつもくつろいでいる。団長は何も言わず、ただ、すべてを察したような目で俺を見ていた。
「報告だと? お前が今食べているそのシフォンケーキが、報告代わりだ」
ああ、めんどくさい。そんな気持ちを込めたつもりだったが、サラはまるで気にしていない。それどころか、さらに楽しそうに笑った。
「まあ! 自分の色を纏ったフローリアとのデート、最高だったでしょう。私が薦めたのよ。だからこれは、報告じゃなくて、お礼よ」
俺の色を纏った、フローリア。青のワンピース。少し緊張した横顔。照れたような笑み。
……くっ。確かに、サラ、お前はいい仕事をした。
「それは、感謝している」
ぼそりと呟く。
「そうでしょう? だから、はい、詳細の報告をどうぞ!」
逃げ場はないらしい。俺は観念して、椅子に深く腰をかけた。
「はぁ……何が聞きたいんだ。フローリア本人から聞いたんじゃないのか?」
「聞いたわよ! フローリアったらね、エドモンド様からもらった髪飾りを、それはもう大事そうに見せてくれたんだから」
サラは身を乗り出す。
「だから気になるのよ。どういう流れで、どうして髪飾りをあげることになったのか」
大事そうに見せて……。
おっと、いかん。頬が緩みそうになった。サラの前で気は抜けない。
俺は小さく息を吐いて、口を開いた。
「実は、カフェで思い切って、フローリアに眼鏡を外してほしいとお願いをしたんだ」
彼女はその言葉に驚き、大きく目を見開いた。
「それは、思い切ったわね……」
「……あー、今はものすごく後悔してる」
「フローリアがすごく嫌がったのね? 当然よ」
「いや、違うんだ。『眼鏡ですか? いいですよ』って、驚くほどあっさりと快諾して、すぐに外してくれたんだ」
「えっ、本当に? 私も外して見せてもらおうかしら。で、どうだったの、眼鏡を取ったフローリアは」
どうだったも何も!
「あまりにも美しすぎた……彼女は、まるで春の森に舞い降りた妖精のようだった。透き通るような肌は、朝露を纏った花びらのように繊細で、その頬には、ほんのりとした薔薇色が差していた。新緑の瞳は深い森の湖を思わせるほど美しく、まばたきをするたびに、柔らかな光が溢れ出すように見えた。その瞳には、まるで全ての罪を許すかのような優しさと、神秘的な輝きが宿っていた。彼女が微笑むと、その笑顔は天使の微笑みのように周囲を明るく照らし、どんなに冷たい心も温かく溶かしてしまうようだったぞ。人間の手が触れることを許さないかのように儚く、しかし同時に、誰もが心から守りたくなるような強さと美しさを兼ね備えている。フローリアは、まさにこの世のものとは思えないほどの存在感を放っていたんだ。くっ、自分の語彙力のなさが悔やまれる」
「……いやいや、十分すぎると思うけど? エドモンド様の恋フィルターの分を外して想像しても……。うん、やっぱりフローリア、かなりの美人なのね」
「新緑の瞳が俺を見つめてキラキラしていたんだ。でも、すぐに目をそらされてしまってなぁ。きっと、あまりに見すぎたんだろう……」
失敗した……
「それで髪飾りを贈ったのは、どうして?」
「ああ。フローリアは、あまりじっと見られるのが得意じゃないだろう」
思い返すほどに、情けなくなる。
「せっかく許可をもらったのに、配慮が足りなかった。愚かだろう? 落ち込んでいたんだが、カフェの後に立ち寄った店で、フローリアの目の色によく似た石がついた髪飾りを見つけて……これしかないと思った。詫びのつもりで、贈ったんだ」
「へえ」
サラは面白そうに目を細める。
「でもね、フローリアは詫びだなんて思ってなかったわよ? 『君の瞳の色には負けるが』って言われて渡されたって、はにかみながら話してたわ」
「っ……!」
そんな言い方をしていたのか、俺は。記憶にない。
「そ、そうか……それなら、改めて詫びの品を用意した方がいいのか?」
「しつこいのも考えものよ」
サラは即座に切り捨てる。
「それより。なんで、そんなに浮かない顔をしてるの?」
「……やっぱり、俺なんかじゃ、あの美しさの隣に立つ資格がないんじゃないかと思ってしまってな」
自嘲気味に、笑う。あまりも綺麗すぎた。
「貴族にはなったが、元は平民だ。領地もない男爵で、年齢差もある。釣り合わないだろう、と……そう思ってしまった」
サラは一瞬、黙った。そして、あっさりと言う。
「ふーん。じゃあ、諦めるのね?」
「……なに?」
「実はね、ロナンからもフローリアのことで相談を受けてるの。歳も近いし、あの子のこと、結構真剣みたいよ。私、協力してあげてもいいかなって思ってるんだけど」
――ロナン、だと?
「ロナンはダメだ! ……いや、ロナンじゃなくてもダメだ!」
「はいはい、めんどくさいわね」
サラは呆れたように肩をすくめる。
「だったら、頑張るしかないじゃない。エドモンド様だって、顔は悪くないんだから。むしろ、スペック高めよ?」
「……本当か?」
「本当よ」
サラは即答して、にやりと笑った。半信半疑だが、サラが言うなら……。
「うきうきしながら服を選ぶフローリアとか、もらった髪飾りを大事そうに磨いてるフローリアとか……あの可愛らしい姿、あなたにも見せてあげたいわ」
「……そ、そうか」
思わず想像してしまい、喜びがあふれる。だが、そこでふと引っかかった。
「……待て。なぜお前は、そこまで俺に協力的なんだ?」
警戒するように問いかけると、サラは楽しそうに目を細めた。
「何が望みだ?」
「失礼ね」
からかうように笑って、さらりと言う。
「フローリアの幸せが望みよ。まあ、あなたがお礼をしたいって言うなら、喜んで受け取るけど?」
「……まったく。お前には敵わないな」
フローリアの幸せ、か。
ふと見ると、先ほどから黙ってやり取りを見ていた団長が、口元を緩めている。
……楽しんでいるな、あれは。
ちっ。いや、気のせいだ。そう思うことにしよう。
「団長、今月の報告をいたします。まず、週一で配布しているフローリアのポーションですが、大変好評です。……フローリアの作ったものを騎士たちが飲んでいると思うと、正直、腹立たしい気持ちもありますが、本人が嬉しそうなので、そこは自制しています」
言い切ってから、咳払いを一つ。
「それから、フローリアが薬草を育てるための温室を欲しがっていましたので、手配しました。私も手伝いたいため、二日ほど休みをいただきます。本人は一人で管理できると言っていましたが、仕事量が増えすぎるので止めました。新たに管理担当を雇おうと思っています。ご許可を、以上です」
報告を終えて顔を上げると、なぜか、団長が黙ったままこちらを見ている。
なんだ? 何か分からないところでもあったか? もう一度報告書に視線を落とそうとした、その時。
「……お前。この短時間で、『フローリア』と何回言ったか、自覚はあるか?」
団長が、静かに口を開いた。
「五回です」
「い、いや、分かっていたのか?」
団長は、深く息を吐いた。
「休みも、温室の件も許可しよう」
「ありがとうございます」
特に問題はなかったようだ。理由は分からんが、許可が出たなら、それでいい。
「あっ! エドモンド様!」
やけに元気な声が横から飛んできた。
「報告が終わったんでしょう? ちゃんと私にデート報告をするように!」
見ると、ソファに陣取ったサラが、満面の笑みでこちらを見ている。だから、なぜいつもくつろいでいる。団長は何も言わず、ただ、すべてを察したような目で俺を見ていた。
「報告だと? お前が今食べているそのシフォンケーキが、報告代わりだ」
ああ、めんどくさい。そんな気持ちを込めたつもりだったが、サラはまるで気にしていない。それどころか、さらに楽しそうに笑った。
「まあ! 自分の色を纏ったフローリアとのデート、最高だったでしょう。私が薦めたのよ。だからこれは、報告じゃなくて、お礼よ」
俺の色を纏った、フローリア。青のワンピース。少し緊張した横顔。照れたような笑み。
……くっ。確かに、サラ、お前はいい仕事をした。
「それは、感謝している」
ぼそりと呟く。
「そうでしょう? だから、はい、詳細の報告をどうぞ!」
逃げ場はないらしい。俺は観念して、椅子に深く腰をかけた。
「はぁ……何が聞きたいんだ。フローリア本人から聞いたんじゃないのか?」
「聞いたわよ! フローリアったらね、エドモンド様からもらった髪飾りを、それはもう大事そうに見せてくれたんだから」
サラは身を乗り出す。
「だから気になるのよ。どういう流れで、どうして髪飾りをあげることになったのか」
大事そうに見せて……。
おっと、いかん。頬が緩みそうになった。サラの前で気は抜けない。
俺は小さく息を吐いて、口を開いた。
「実は、カフェで思い切って、フローリアに眼鏡を外してほしいとお願いをしたんだ」
彼女はその言葉に驚き、大きく目を見開いた。
「それは、思い切ったわね……」
「……あー、今はものすごく後悔してる」
「フローリアがすごく嫌がったのね? 当然よ」
「いや、違うんだ。『眼鏡ですか? いいですよ』って、驚くほどあっさりと快諾して、すぐに外してくれたんだ」
「えっ、本当に? 私も外して見せてもらおうかしら。で、どうだったの、眼鏡を取ったフローリアは」
どうだったも何も!
「あまりにも美しすぎた……彼女は、まるで春の森に舞い降りた妖精のようだった。透き通るような肌は、朝露を纏った花びらのように繊細で、その頬には、ほんのりとした薔薇色が差していた。新緑の瞳は深い森の湖を思わせるほど美しく、まばたきをするたびに、柔らかな光が溢れ出すように見えた。その瞳には、まるで全ての罪を許すかのような優しさと、神秘的な輝きが宿っていた。彼女が微笑むと、その笑顔は天使の微笑みのように周囲を明るく照らし、どんなに冷たい心も温かく溶かしてしまうようだったぞ。人間の手が触れることを許さないかのように儚く、しかし同時に、誰もが心から守りたくなるような強さと美しさを兼ね備えている。フローリアは、まさにこの世のものとは思えないほどの存在感を放っていたんだ。くっ、自分の語彙力のなさが悔やまれる」
「……いやいや、十分すぎると思うけど? エドモンド様の恋フィルターの分を外して想像しても……。うん、やっぱりフローリア、かなりの美人なのね」
「新緑の瞳が俺を見つめてキラキラしていたんだ。でも、すぐに目をそらされてしまってなぁ。きっと、あまりに見すぎたんだろう……」
失敗した……
「それで髪飾りを贈ったのは、どうして?」
「ああ。フローリアは、あまりじっと見られるのが得意じゃないだろう」
思い返すほどに、情けなくなる。
「せっかく許可をもらったのに、配慮が足りなかった。愚かだろう? 落ち込んでいたんだが、カフェの後に立ち寄った店で、フローリアの目の色によく似た石がついた髪飾りを見つけて……これしかないと思った。詫びのつもりで、贈ったんだ」
「へえ」
サラは面白そうに目を細める。
「でもね、フローリアは詫びだなんて思ってなかったわよ? 『君の瞳の色には負けるが』って言われて渡されたって、はにかみながら話してたわ」
「っ……!」
そんな言い方をしていたのか、俺は。記憶にない。
「そ、そうか……それなら、改めて詫びの品を用意した方がいいのか?」
「しつこいのも考えものよ」
サラは即座に切り捨てる。
「それより。なんで、そんなに浮かない顔をしてるの?」
「……やっぱり、俺なんかじゃ、あの美しさの隣に立つ資格がないんじゃないかと思ってしまってな」
自嘲気味に、笑う。あまりも綺麗すぎた。
「貴族にはなったが、元は平民だ。領地もない男爵で、年齢差もある。釣り合わないだろう、と……そう思ってしまった」
サラは一瞬、黙った。そして、あっさりと言う。
「ふーん。じゃあ、諦めるのね?」
「……なに?」
「実はね、ロナンからもフローリアのことで相談を受けてるの。歳も近いし、あの子のこと、結構真剣みたいよ。私、協力してあげてもいいかなって思ってるんだけど」
――ロナン、だと?
「ロナンはダメだ! ……いや、ロナンじゃなくてもダメだ!」
「はいはい、めんどくさいわね」
サラは呆れたように肩をすくめる。
「だったら、頑張るしかないじゃない。エドモンド様だって、顔は悪くないんだから。むしろ、スペック高めよ?」
「……本当か?」
「本当よ」
サラは即答して、にやりと笑った。半信半疑だが、サラが言うなら……。
「うきうきしながら服を選ぶフローリアとか、もらった髪飾りを大事そうに磨いてるフローリアとか……あの可愛らしい姿、あなたにも見せてあげたいわ」
「……そ、そうか」
思わず想像してしまい、喜びがあふれる。だが、そこでふと引っかかった。
「……待て。なぜお前は、そこまで俺に協力的なんだ?」
警戒するように問いかけると、サラは楽しそうに目を細めた。
「何が望みだ?」
「失礼ね」
からかうように笑って、さらりと言う。
「フローリアの幸せが望みよ。まあ、あなたがお礼をしたいって言うなら、喜んで受け取るけど?」
「……まったく。お前には敵わないな」
フローリアの幸せ、か。
ふと見ると、先ほどから黙ってやり取りを見ていた団長が、口元を緩めている。
……楽しんでいるな、あれは。
ちっ。いや、気のせいだ。そう思うことにしよう。