黒川悠真Side 書籍化作品・番外編『未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~』

二度目の打ち合わせはスムーズに進んだ。
市役所側の改案は、以前のものとは全く違っていた。古い部分を変えるのではなく、活かすことに重点を置いた案は、俺と地域のメンバーがもっとも望んでいたものだ。
初回は、気弱そうに、眉をハの字に下げるだけだった宮本。
この方向転換をするために、彼女がどれだけ勇気をふりしぼって上層部と掛け合ったのかは、想像に難くない。

(だいぶ無理、させたんだろうな)

初めて会った時、上役の意見を伝えただけの彼女に、やる気がないと決めてかかったのは、俺だ。
口数が少ないからといって、自分の意見がないのだと誤解していたのも、俺だ。
今さら宮本を心配する資格などないが、それでも、彼女が傷ついているのではないかと気になって、目が離せない。

打ち合わせの議題は、採光用としてつける窓のデザインに移っていた。メンバーから口々に提案される窓の案に、宮本が無言で黒のマーカーを手に取ってホワイトボードに向かい合った。
意見に耳を傾けながら、黒のペンだけで影の濃淡つけ、線の強弱を使い分け、格子窓や丸窓、ステンドグラス風の窓を次々と形にしていく。
俺は、息をのんだ。

「黒川さん。宮本さんって、すごくイラストがうまいですね」

隣に座っていた地域メンバーの小声に、イラストを凝視したまま、黙って頷く。



「本当は絵本作家になりたかったんですよ」

会議が終わり、イラストを褒めると、宮本がぽつりと声を零した。
やはり、と思った。
この才を活かしたいと思わなかったはずはない。同時に、内気そうな宮本が、子ども図書館の設立というプロジェクトの担当になった理由も想像がついた。

(片手間に身に着けた技術じゃないだろ、この絵は……)

俺も、それなりにデザインやイラストを勉強してきたからわかる。生まれ持ったセンスだけじゃない。独学とはいえ、プロになるために、真剣に学んだ線が出ている。
聞けば、その道に進まなかったのは安定志向の親の意見に従った、と言う。

「なんで、“なりたかった”なんだよ」

考えるよりも前に、言葉が出てしまっていた。

「そもそも、夢を叶えるためになにかしたの? やってないのに諦めるのは違うんじゃないかって思う」

初顔合わせで俺に全否定をされて縮こまっていた宮本は、そこで凹んだままではなかった。自分で行動して解決先を見出し、プロジェクトを軌道に乗せた。
そういう彼女なら、諦めるよりほかに、方法はあったのではないか。
できることを、できないと思い込んだだけじゃなかったのか。
ただ、やらなかっただけじゃないのか。
ここまで描けるんだ。
無理なんかじゃない。
全力で、自分の可能性に賭けてみろよ。

まるで、俺自身のことのように、もどかしく、悔しい気持ちが湧き上がった。
しかし、熱を高める俺の隣で、宮本は押し黙っている。

(……しまった)

口をつぐんだが、手遅れだった。
あの言い方では、宮本にとっては、ただ責められているように聞こえるだけだ。

「なんか、ひどいこと言った……よな。悪い」

頭を下げると、宮本は「いいえ」と首を振る。

「黒川さんは、強い信念があって、まっすぐで……羨ましいです」

羨ましい?
違う。まっすぐなのは、宮本のほうだ。
ひたむきに、丁寧に、一歩一歩を確実に進もうとする。
俺は勢いだけで突っ走る。だから、まっすぐに見えるだけだ。ゴリ押しが過ぎて失敗したのは一度や二度ではない。
実際今も、そうだ。

「いや、まっすぐすぎて人と衝突ばっかするよ。役所の人とは、特に」

自嘲気味に言いながら、宮本を困惑させてしまっただけの初回の顔合わせを思い返す。
彼女にとっても苦い記憶でしかないはずだ。
それでも、宮本は声を立てて笑った。

彼女は誰かのせいにしない。
自分で考え、自分で動いて、結果を出す。
その姿に、俺自身も背筋が伸びる。
内気、なんて言葉で言い表していい人間じゃない。
年下だとか、経験が浅いだとか、そんなものは関係ない。
信頼できる。
仕事相手としても、人としても――。

胸の奥で、彼女の人物像が切り替わった。
俺は宮本を見誤っていた。
そう、はっきり思った。
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