私を人質にした家族の皆様、敵国王家は私の味方のようです ~最強王家と才女による壮麗なる成敗劇~
『無慈悲な宣告』
「クルグス王国の第三王子ギルベルトの結婚相手は、マリーベル……お前だ」
今年十八歳になった第一王女マリーベルは、父・リュシエール王国の国王アルカスから死刑宣告のような命令を告げられた。
扱いやすいよう鎖骨あたりで切られた薄紫色の髪に、アメジストのような濃い紫色の瞳。顔立ちは同年齢の娘たちよりも幼げで、体つきは貧相という言葉がお似合い。そんな痩せた身体を包んでいるのはドレスではなく、ツギハギだらけの古びたワンピース。
到底王女には見えないマリーベルは、誰にも気づかれないよう小さなため息を漏らした。
(やはり、私に役目が回ってきた)
リュシエール王国とクルグス王国は、先月まで戦争をしていた敵同士。
国境近くのクルグス王国領の山から宝石が採掘できるとわかった途端、リュシエール王国が相手国に侵攻したのだ。
ただ、クルグス王国は大陸の中でも魔法が発展している大国。特に魔法騎士団の強さは有名である。
対してリュシエール王国は魔力を持つ者自体が少なく、領土も広くない小国。
リュシエール王国の敗戦は、当然の結果だった。
戦えば勝敗は明らかなのに、どうして無謀にも挑んだのか。実際に開戦から一か月も持たずに、我が国は白旗を掲げることになった。
つまるところ今回の婚姻は、リュシエール王国が二度とクルグス王国に戦争を仕掛けてこないよう牽制すべく、王族を人質にするというもの。
敗戦国の姫など、どんな扱いをしてもいいような存在。まともな生活はできないだろう。
しかしマリーベルが助けを求めたところで家族が黙殺することも、わかりきっている。
(だって、私は邪魔者。ひとりだけ母が違うんだもの)
マリーベルの母アナスタシアは伯爵家出身の側妃だった。
アナスタシアの顔立ちは非常に美しく可憐で、おっとりとした雰囲気もあって神秘的な存在。そんな彼女に、国王が一目惚れしたのがきっかけらしい。
その現身のような娘であるマリーベルも、幼い頃は国王の寵愛を受けていた。素敵な父だと、心から思っていた。
しかし与えられた家族愛は、母からの愛情を得るためのパフォーマンスに過ぎなかった。
その事実は、マリーベルが十歳のときに母が亡くなって早々に気づいた。
側妃アナスタシアを妬んでいた王妃ベティーナがマリーベルを冷遇するようになり、頼ろうと思っていた母の生家である伯爵家はいつの間にか没落していた。おそらく、ベティーナが手を回したのだろう。
そして国王アルカスは、貴族の家門が潰れるような事態になってもベティーナを咎めることも、マリーベルに関心を寄せることもない。
目の前で兄王子たちに罵倒されても、使用人に冷水をかけられても、王宮の部屋を追い出されて庭園の端にある小屋で住むことになっても……まるで存在しないと言わんばかりの空気のような扱いだった。
今も、娘を見下ろすアルカスの眼差しは冷え切り、一切の情がないことが窺い知れる。
(相変わらず父とは思いたくない相手だわ。でも、王妃殿下たちよりはマシかしら?)
ベティーナは、これから災難が降りかかるであろうマリーベルの境遇を想像してか、目に三日月を描いている。扇で隠している口元は、ご機嫌に吊り上がっているに違いない。
兄である王子のふたりは「ようやく邪魔者を見なくて済むな」と嬉しそうに談笑をはじめ、妹の王女は「可哀想ぉ~」とわざとらしい同情の言葉を口にしながら王妃そっくりの笑みを浮かべている。
マリーベルが敵国で虐められてほしいと、無邪気に期待している態度だ。
(この人たちは私に何かあっても、どうでも良さそう。人質としての価値は、私にはなさそう。クルグス王国はもちろん、結婚相手の第三王子ギルベルトに申し訳なくなってくるわ)
ギルベルトもおそらく、国のために結婚を命じられたはずだ。
だというのに、結婚相手に人質としての価値がないなんて、意味のない結婚をしたのと同義。まるで彼が生贄のようで、可哀想に思えてくる。
「マリーベル、陛下のご命令に文句でもあるの?」
未来の夫に同情していたら、ベティーナから不機嫌に咎められた。
「いえ、そのようなことは」
マリーベルは即座に否定し、従順に見えるよう顔を俯かせる。
(どこへ行っても、どうせ私は邪魔者。ここに残っても、クルグス王国に嫁いでも、それほど生活は変わらないわ。痛い思いをすることだけ、なければいいけれど……)
昨年、よくわからない理由で機嫌を損ねたとして、ベティーナから鞭打ちされたのはさすがに堪えた。
そのようなことが嫁ぎ先でも起こらないことだけ密かに祈りつつ、マリーベルは深々と頭を垂れる。
「クルグス王国に嫁ぐ件、承知しました。陛下の仰せのままに」
こうしてマリーベルは、敵国クルグス王国に人質として嫁ぐことになった。
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