騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
第1章 出会いの森

第一話「森で出会った少年」

 王宮直属の騎士団は三つある。

 その威信を賭け、年に一度行われるのがーー騎士団対抗・討伐大会。

 名目は、騎士の腕を磨くため。
 だが実際は、国を挙げた一大イベントだ。

 城下町には露店が並び、貴族も民も、それぞれ贔屓(ひいき)の騎士団の旗を振る。
 祝祭のような賑わいだが、騎士たちにとっては腕試しの真剣勝負でもある。
 討伐した魔物が残す魔石は、王国の重要資源。武具の強化にも、結界の維持にも使われる。

 競い合いながら魔物を減らし、資源も得る。
 
 まさに一石二鳥の催しーー。


 
 森に踏み入ってからすでに十体以上。
 討伐は順調ーーだが、余裕はない。

 森の反対側では他の騎士団も同じだけの魔石を積み上げているはずだ。

 「隊長、北側は制圧済みです!」
 
 「よし、そのまま陣形を崩すな」

 第三騎士団隊長、ベイル・アーデンは淡々と指示を飛ばし、剣を振るう。

 魔物が霧散し、足元に魔石が転がった。

 「隊長、こちらの魔石も確保しました!」

 「よし、この調子だ。次に進むぞ!」

 順調に討伐を重ねる中、ベイルは隊の後ろを気にしながら、森の奥へと進んでいった。

 森の奥から、肌を刺すような異質な気配が流れた。

 これはーー普通の魔物ではない。

 瘴気(しょうき)が、濃い。

 「俺が確認する。ここは維持しろ」

 「……気をつけろ、隊長」副官の声を背に、ベイルは単独で森の奥へと踏み込む。

 優勝争いは拮抗(きっこう)している。

 一体でも多く仕留める必要がある。

 だが。

 進むほどに空気が淀み、視界がわずかに揺らぐ。

 呼吸が重い。
 
 そして。

 森を裂く咆哮が響いた。

 木々の奥で、巨大な影がうねる。

 報告にない異形。

 鱗に覆われた長大な体躯。

 「……龍だと?」

 あり得ない。

 討伐大会の管理区域に、こんな存在が現れるはずがなかった。

 だが、迷っている暇はなかった。

 龍が大地を蹴る。
 
 一瞬で距離を詰めてきた巨体に、ベイルは横へ飛ぶ。

 爪が地を(えぐ)り、土と木片が弾け飛ぶ。

 「はっ!」

 踏み込み、逆袈裟に切り上げる。

 確かな手応え。

 鱗の隙間を裂き、血が散る。

 ーー通じる。

 だが、次の瞬間、濃密な瘴気が噴き出した。

 肺が焼ける。

 視界が揺れる。

 龍の瞳が、不気味に光った。

 ただの獣ではない。

 意志がある。

 再び振るわれた尾を受け止める。

 衝撃が腕を痺れさせ、数歩押し込まれる。

 強い。

 だが、斬れる。

 もう一太刀ーー

 踏み込もうとした瞬間、膝が沈んだ。

 「……っ」

 力が、抜ける。

 瘴気(しょうき)だ。

 いつの間にか相当吸い込んでいる。

 呼吸が浅い。

 剣を握る指が重い。

 龍が大きく身を起こす。

 影が覆いかぶさる。

 とどめの一撃。

 ーーここまでか。

 その瞬間。

 空気が、変わった。

 瘴気の流れが、わずかに乱れる。

 細い影が、龍の前へと滑り込んだ。
 
 白銀の長い髪を高い位置で後ろで束ねた、小柄な剣士。

 抜刀の音は、ほとんど聞こえなかった。
 
 一歩。

 踏み込む。

 無駄のない、静かな足運び。

 龍が咆哮するより早く、剣が閃いた。

 鋭い横薙ぎ。

 だがそれは、ただの斬撃ではない。
 
 刃の軌跡に、淡い光が走る。

 空気を裂いた瞬間、瘴気が弾けた。

 龍の鱗に刻まれたのは、傷ではなくーー紋。

 見たことのない、円環のような印が走る。

 剣士は間髪入れず、二太刀、三太刀と続ける。

 舞うような剣筋。

 速い。

 だが荒々しくはない。

 龍の巨体を囲うように、光の軌跡が円を描く。

 最後に、剣を静かに振り下ろした。

 「ーー」

 声はない。

 だが、気が収束する。

 刻まれた紋が一斉に輝き、龍の体を縛る。

 咆哮が途中で凍りついた。

 瘴気が、吸い上げられるように霧散する。

 巨体が光に包まれ、霧のようにほどけた。

 残ったのは、静寂と、澄んだ空気だけ。

 剣士は刃を払うと、静かに鞘へ納める。

 森に残ったのは、静寂と、ひとつの影。

 剣士は無言のまま、龍がいた場所を一瞥(いちべつ)する。

 轟音が消えた。

 森を揺らしていた龍の咆哮も、地を抉る爪も、

 空気を焦がす熱もーーすべて、止まっていた。

 ……何が起きた?

 ベイルは剣を構えたまま、動けなかった。

 自分の渾身の一撃ですら、鱗に浅く傷を刻むのがやっとだった。

 それを。

 あの剣士は……。

 剣が振るわれた記憶はある。

 確かに、目の前で一閃が走った。

 だが、それが何度だったのかーーベイルには分からなかった。

 ただ確かなのは、まだ自分が生きているという事実とーー

 目の前に、剣を下した”少年”が立っていることだけだった。

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