騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 咄嗟(とっさ)に。

 セレスティアは、ベイルの胸へ置いた指先に意識を集中させた。

 ただ。

 精霊へと意識を向ける。

 ――少しだけ、力を貸して。

 弾けるような気配が応える。

 ――ぱちっ!

 「っ!?」

 ベイルの身体が、跳ねた。

 唇が離れる。

 「……っ、何だ、今の……」

 ベイルが、驚いた様子で目を見開く。

 セレスティアは、息を整えながら答えた。

 「……雷の精霊術を」

 「……雷?」

 「はい」

 「……俺に?」

 「……加減はしました」

 「…………」

 「だって……」

 セレスティアが、僅かに唇を尖らせる。

 「押しても、離してくださらないので……」

 「…………悪い」

 「それに……」

 「……それに?」

 セレスティアは、少し言いにくそうにベイルを見る。

 「……何か、違うことをしようとしましたよね」

 「…………」

 ベイルの視線が、逸れた。

 「私、もう一度口づけして欲しいとは言いましたけど……」

 セレスティアは、不思議そうに首を傾げる。

 「さっきのは……何なんですか?」

 「…………」

 ベイルの表情が、止まった。

 しばらく。
 
 目の前のセレスティアを、まじまじと見つめる。

 不思議そうにこちらを見返す淡紫の瞳には、咎(とが)めるような色など欠片(かけら)もない。

 ただ純粋に。

 答えを待っている。

 「……お前……まさか」

 ベイルの口から、低い声が漏れた。

 「……?」
 
 一度、空を仰ぐ。

 それから。

 片手で額を押さえた。

 「……悪かった」

 「どうして、もう一度謝るんですか?」

 「……いや。これは、俺が悪い」

 「……?」
 
 「……少し」

 「止まらなくなった」

 「……少し?」

 ベイルは、何とも言えない表情で彼女を見る。

 「……」

 「……い、いや……その」

 「今まで、抑えてきたのに……」

 「そこに、お前から『もう一度』なんて言われたら……」

 「…………」

 「……無理だった」

 ベイルが、口元を手で覆った。

 見れば、耳が僅かに赤い。

 「……」

 「……」

 しばらく。

 二人の間に、何とも言えない沈黙が落ちる。

 やがて。

 ベイルが、小さく息を吐いた。

 「……まあ」

 「?」

 「あれも、口づけではあるんだが……」

 「……その先は」

 一度、言葉を切る。

 「結婚してからの楽しみに取っておく」

 「…………」

 セレスティアが、驚いたように目を瞬いた。

 「……あれも……口づけ……」

 セレスティアは、そっと自分の唇に触れた。

 指先に触れる、柔らかな感触。

 ふと。

 先ほどのことを思い出す。

 「…………」

 頬が、じわりと熱くなった。

 ベイルは、そんなセレスティアを黙って見つめていた。

 しばらくして。

 「……セレス」

 「……もう、その話は終わりにしよう」

 「……?」

 「俺が、恥ずかしくなってきた」 

 ベイルが、気まずそうな顔でセレスティアを見る。
 
 そして。

 ふいと、視線を逸らした。

 「…………」

 先ほどまで、あれほど近くにあった距離が。

 今度は妙に気恥ずかしい。

 風が、草原を渡っていく。

 灰銀の髪が、さらりと揺れた。

 二人して。

 王都の方を見る。

 遠くに見える王都。

 午後の光の中に、王宮の尖塔が小さく見えている。

 しばらくして。

 ベイルが、先に立ち上がった。

 セレスティアが、隣を見上げる。

 ベイルは何も言わず。

 ただ、彼女へと手を差し出した。

 「…………」

 セレスティアは、その手を見る。

 そして。

 迷うことなく、自分の手を重ねた。

 ベイルの指が、そっとその手を包む。

 セレスティアが、顔を上げる。
 
 「……ベイル」

 「ん?」

 「帰りましょうか」

 「ああ」

 ベイルが笑う。

 「帰るか、セレス」

 その手を握ったまま、セレスティアも立ち上がった。

 そして。

 二人は、並んで歩き出す。

 繋いだ手は。

 どちらからも、離さなかった。
 
< 137 / 138 >

この作品をシェア

pagetop