ヴァンパイアハーフにまもられて
「……で、月詠さんとルチルさんは、今日から京都に行ってるんだ?」

 お昼時。まゆが、アスパラのベーコン巻きを飲み込んでから、そう言ってくる。

「うん。こっちには、ルチルさんが残ってくれてるから。でもすごいよね、本当に、夢野さんの催眠の力で、二人とも不通に三年生に混じってるんだもん」

 私は給食の牛乳を手に取る。
 今のところ、怪異の怪しい気配はない。アミュレットも、ルチルさんも、相変わらず私の肩にとまってるステラちゃんも、静かそのものだ。

「それはそうと、まゆ、どうかな。それ、ちゃんと食べられる?」

 給食に加えて、こっそりタッパーから出したベーコン巻きは、私が早起きして作ったものだった。

「うん、おいしいよ。凛が料理してるところなんて見たことなかったけど、いきなり難しそうなのにチャレンジしてるじゃん。どういう心境の変化?」
「し、心境の変化っていうほどのものじゃないんだけど。ほら、私って、月詠さんたちに守ってもらってばかりいるでしょ?」

「そうだね。実質的に、二十四時間ガードだもんね」
「月詠さんはそれで別に気にしなくていいって言ってくれてるんだけど、やっぱりちょっと、気が引けるじゃない。だから、なにか私にできることないかなって思って。怪異関係は、私は全然力になれないし……」

 まゆが、右手の親指と人差し指をL字にして顎をのせる。

「ほほー。それで、ご飯でも作って差し入れでも、みたいな?」
「ご飯っていうか、お弁当かな。お昼一緒に……っていうのは、私たち給食だから難しいけど、屋上とかででも食べてもらえたら」

 そこで、まゆが小声になる。

「でも、吸血鬼って私たちと同じもの食べられるの? つまり、血を飲む以外の食事って。植物から栄養とれるみたいなのは聞いたけど」
「この間、豚肉とかナス買ってたみたいだから大丈夫だと思う。ニンニクも食べられるって言ってたし」

 そういえば、月詠さんたちって料理するって言ってたな。
 ……もしかして、私なんかよりずっと上手なのでは。
 し、修学旅行なんてすぐ終わって帰ってくるだろうから、早く上達するようにがんばらないと。

「……ふーん」

 なにやら、まゆが、にまにまと笑って私を見てる。

「な、なに、まゆ?」
「んーん。なんだかさあ、」

「なんだか?」
「最近、凛、なんだかかわいいね」

「へ? そ、そう?」

 私はお箸を置いて、自分の顔をぺたぺた触る。
 いや、そんなことでなにが分かるわけでもないんだけど。
 そういえば、夢野さんに見せられた夢の中で、月詠さんがそう言ってくれたっけ。……あくまで、夢の中だけど。分かってるけどねッ。

 窓の外で、くえーとカラスの声がした。
 ルチルさんかもしれない。
 ……今頃、月詠さん、京都で楽しくやってるのかな。
 古いお寺を見たり、お土産屋さんを見たり、おいしいご飯や京菓子を食べたり。
 写真とか、撮ってきてくれるかな。
 ……私も、旅行どこかに行って、月詠さんと写真撮ってみたいな。
 きっとすごく楽しいと思う。

 一瞬、そんなことを考えてたら、まゆがさっきよりさらに笑顔になって、私の顔を覗き込んでた。

「ま、まゆ? だから、なに?」
「別にー。十月になって、割と涼しくなってきたのに、凛のほっぺたがピンクだね」

「……?」

 はっとして時計を見ると、もうお昼休みは半分近く過ぎてる。
 私はあわててお箸をとって、残った給食を食べ始めた。



 まゆは、駅のほうで買い物があるっていうので、今日は別々に帰った。
 うちの近くまで来ると、もう太陽が西の端に隠れようとしてる。
 街に吹いてる風も、すっかり秋の温度になってて、次には冬がくるんだなと思えた。

「わー、ほんとだ。十月になったら急に涼しくなったし、日も短くなったなー」

 私のひとりごとに、肩のステラちゃんがぴーと鳴いて小さく羽ばたく。

 家について、ドアを開けて、台所にいるお母さんにただいまと声をかけた。

「凛、給食の時によけいなもの持ってきてって先生に怒られなかった?」
「大丈夫だったよ。まゆに食べてもらったけど、よくできてたみたい。また次のやつ教えてね!」

「あら、じゃあちょうど今作ってるから鶏のから揚げやってみる? 油に気をつけないとだけど」
「えー! やるやる! から揚げ作れたら、なんかすごいよね!」

 二階にある私の部屋に戻って着替えを済ませると、台所に飛び込んで、お母さんの隣に並んだ。

「なんだか凛、最近元気ねえ。ちょっと前はおとなしくなってたから、小説書くのに疲れちゃったのかと思ったわよ」
「え、そうかな」

 まゆといい、お母さんといい、最近の私を褒めてくれるけど、自分ではそんなに変わったようには思わない。
 でもどうも、いいほうに変わってるみたいだから、いいことかな。

 そのまま、料理を教わりながら、お母さんと夕飯を食べた。
 から揚げにご飯とお味噌汁、ほうれん草のおひたしで、私はから揚げを教わりながらちょっと手伝っただけなのに、なんだか自分がすごく料理が得意になったみたいに思えた。

 ごちそうさまをして、部屋に入る。
 私が練習したせいで、から揚げはちょっと余っちゃったので、冷蔵庫に入れておいて明日食べることにした。
明日も給食におかずをプラスしちゃうけど、なんとか先生に見逃されますように!

「うー、お腹いっぱい。お腹がいっぱいっていうのは、幸せだあ……」

 ベッドにころんと横たわって、天井を見た。
 見慣れてる、いつもの天井。
 修学旅行についてはあんまりよく知らないけど、月詠さんは、旅館とかに泊まるのかな。それとも、ホテルみたいなところかな。三年生の人たちと同じ部屋で寝たりするんだろうか。
 ……今日はなぜか、月詠さんのことばっかり考えちゃう。

 その時、窓の外から、くわーと声が聞こえた。
 カラスだ。でも、普通のカラスの声より、やけに人間くさい。
 これは……。

 私は、カーテンを開けた。
 すると、すっかり暗くなった空を背景にして、すぐそこにある電線に大柄なカラスがとまってた。
 窓を開けて、声をかける。

「ルチルさん? ですよね。どうかしたんですか?」

 ルチルさんは、ばさっと羽ばたいて、私の部屋の中に入ってきた。
 人間に姿になると、珍しく慌てた様子で言ってくる。

「凛殿。まゆ殿に、今すぐ電話をしていただきたいのですが」
「まゆに? いいですけど、どうして?」

「アミュレットの感覚からすると、今まさにまゆ殿が怪異に襲われているようなのです。彼女がいるのは自宅の室内のようなのですが、戸締りをして、そこから出るなと言ってください」
「……え!? もしかして、まゆが、危ない目にあってるんですか?」

「ええ。僕は、今すぐ彼女の家に向かいます。まゆ殿のご自宅は教えていいただいていますから、ほんの数分で到着できるでしょう。なぜ凛殿がその場にいないのに、まゆ殿が狙われるのかは分かりませんが、不届き者はこの爪の錆にしてくれましょう」

 ルチルさんはまたカラスの姿になって、窓から飛び出していった。窓を閉めて、ちょっと呆然としてしまう。
 うそ。なんで、まゆが。
 いや、それどころじゃない。
 私はスマホを出して、まゆ宛ての通話ボタンをおした。
 コールの音が鳴ってすぐ、まゆが出たので、少しだけほっとする。

「もしもし、まゆ!? 今、なにかそっちで起きてる!?」
「り、凛! 電話しようと思ったところだったの! 今あたし自分のマンションの部屋にいるんだけど、窓の外に――」

「怪異がいるの!?」
「――窓の外に……馬が、いる……」

 一瞬、意味が分からなくてあっけにとられかけたけど。
 ……窓の外に、馬?

「まゆの部屋って、何階だっけ」
「四階……今カーテン閉めてるけど、さっき、確かに見たの。鞍のついた馬が、空中を、浮いて走ってて……あんなの、絶対怪異だよね!?」

「うん。大丈夫、今、ルチルさんがまゆのアミュレットで異常を感じて、全速力で向かってくれてるから。それまで、戸締りして絶対外に出ないでね」
「やっぱりあたしを狙ってるんだよね、一回目が合ったもん! もう、怖くてカーテンの隙間から外も見れないよ……。でも、ルチルさんが来てくれるんだ?」

 まゆは、ちょっと落ち着いたみたいだった。

「そうだよ、ルチルさんめっちゃ強いから」
「でも、今、窓を蹴破られたりしたらどうしよう」

 ……確かに。
 空を走る馬の怪異って、聞いたことないけど。
 ただ窓を閉めてるだけで、防げるものなんだろうか。

「まゆ、ちらっとだけでも様子見られない? 外でその怪異が、どうしてるのか……」
「もう、すごく嫌だけど……でも、見たほうがいいよね……」

 電話の向こうで、まゆが身動きする気配がした。
 窓に近寄って行ってるんだろう。
 あともう少しだけ、怪異がおとなしくしてくれたらいいんだけど。

「き、きゃあああっ!?」
「どうしたの、まゆ!?」

「さ、さっきよりすごく近づいてきてる! もう、手を伸ばせば届くくらい! あっ……」
「まゆ!?」

「め、目が合った……前足を振り上げてる、あれ、ここに突っ込んで来ようとしてるんじゃ……や、やあああ!」
「まゆ!!」

 血の気が引いた。
 次の瞬間には、まゆの部屋の、窓ガラスが粉々に壊される音が聞こえてくるんじゃないかと思うと、心臓が止まるかと思った。
 でも。

「……あ……」

 スマホから聞こえたのは、まゆの、ぽつりとしたつぶやきだった。

「もしもし、まゆ! どうしたの、どうなった!?」
「来てくれた……」

 やった!

「ルチルさんだよね!? そっちに着いたの!?」
「うん! ビデオ通話にするね!」

 電話を、音声だけから、映像つきに切り替える。
 まゆが、窓の外にカメラを向けてくれた。
 しばらく、真っ暗にしか見えなかったけど、だんだんと私の目でも追えてきた。
 星明りと街灯、それに家の明かりでちょっとだけ照らされてる夜の空に、二つの黒い影が踊ってた。
 片方は、ルチルさん。カラスの姿で、素早く飛び回ってる。
 もう片方は、確かに、馬だった。鞍と、馬用の鎧みたいなのをつけてる、真っ黒な馬。夜空もルチルさんも馬も黒いから、とても見づらい。
 でも、ルチルさんが一歩も引かずに、何度も馬に突撃してるのが分かる。

 やがて、ルチルさんが人間の姿に変わった。背中からはやした黒い羽根を操って、カラスの時と変わらない動きで飛んでる。
 その足の先には鋭い爪が伸びていて、時々きらりと光りながら、二度、三度、と黒い馬に攻撃を浴びせてる。
 ……だんだん、ルチルさんが優勢になってるように見えた。

「まゆ、ルチルさん勝ちそうじゃない!?」
「うん、そう見える!」

「……ごめんね、まゆ」
「え!? なに、突然!?」

「だって、その怪異にまゆが襲われてるのって、……たぶん私が原因でしょ? 私の魂が狙われてるから……」
「それは、そうかもしれないけど。でも、あたしたちの街って、怪異が増えてるんでしょ? そしたら、凛のせいだけってわけじゃなくない? 何パーセントかの確率で、誰でも怪異に襲われる可能性はあるんだよ。だから、そんなことは気にしないで」

「まゆ……」
「それより、そっちは大丈夫なの?」

 まゆの声は、ルチルさんの強さのおかげですっかり冷静になってる。

「うん、こっちは特には……あ、熱っ!?」

 スマホの映像に夢中になってて、全然自分の周りに注意を払ってなかった。
 だから、ふいに胸元で揺れた騎馬の形のアミュレットが肌についた時、その熱さに初めて気がついた。

「な、なんでこんなに熱く……あれ?」

 ふと見ると、部屋の窓が開いてた。
 おかしいな。さっき、ルチルさんが出て行った後、閉めなかったっけ。

「みー!!」

 いきなり、ステラちゃんが鳴いた。
 開いてる窓のほうを見ながら。

「ど、どうしたのステラちゃ……」

 その時、机やベッドのあたりに、きらきらと、見覚えのある光が見えた。
 細かな、青い光。
 部屋の電気がついてても、分かる。あれは普通の光じゃなくて。
 小さなクジラの形。スミレワタリだ。
 彼岸が近い。……自分の家なのに?
 違う。向こうから、近づいてきてるんだ。彼岸に棲むものが。

 怪異が現れる時に、いつもスミレワタリが見えるわけじゃない。
 私の知る限りでは、スミレワタリが現れるのは、猩猩といい夢野さんといい、結構、危ない時。
 今は……?

 恐る恐る、窓の外を見た。
 私の部屋は二階で、窓の外には、足場になるようなベランダや屋根はない。
 なのに、そこには、ヨーロッパの鎧を着こんだ大柄な人影が立ってた。
 人影には、首がなかった。

 私は、たぶん、大声で叫んだと思う。
 お母さん、って呼んだ気がする。
 でも、私がいるのは、もう自分の部屋じゃなくて、真っ暗な草原だった。遠くに、森や山が見える。でも、家や道路は周りにまったくない。
 手の中にあったはずのスマホも、なくなってた。

「な……っ」

 そして、目の前には、さっきの首なし鎧がいた。
 手には、大きな剣を持ってる。
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