ヴァンパイアハーフにまもられて
「放課後だねえ、凛」
「うん、本当に放課後だね、まゆ。じゃあ、帰ろうか」

「お待ちなさい」

 席から立とうとした私の肩を、まゆの両手ががしりと押さえた。

「なんだか込み入った話かもしれないと思ったから、凛の話を落ち着いて聞けるように、放課後まで待ったのよ。朝のあれ、なに? あのなんかアイドルみたいな男の人、誰?」
「アイドル……」

 っていうには、ちょっと目つきが悪い気がするけれど。

「えーと……あの人は、月詠さんていって……昨日、知り合いになったの」

 そうとしか言いようがない。

「その割には、ずいぶん親しいみたいに見えたけど? ……夜に、相手のところにカバンを置いて帰るような知合い方って、なに?」

 まゆの目が、じっとりと私を見てる。

「い、いや、そんな意味深な関係じゃなくて。相手のところっていうか、道端だし。多分」
「多分?」

 うーん。スミレワタリのことや猩猩のことって、そのまんま話してもいいものなのかな。
 まゆなら、ちゃんと言えば信じてくれるかもって思うんだけど。

「がー」
「わっ!? も、もしかして、この声は!?」

 その鳴き声のしたほうを見る。
 教室の窓の外にある、落下防止用の手すりに、やっぱり、大きいカラスがとまってた。

 まゆが、「あ、朝のカラス!?」と声を上げる。

 このカラスがいるということは、つまり……

「お迎えに上がりました、先生。一日勉学に励まれ、まことにお疲れ様です。そちらは、お友達ですか? 朝もご一緒にいらっしゃいましたね」

 この声。
 ぐるん、と窓とは反対のほうへ振り向く。
 教室のドアを開けて、そこに月詠さんが立ってた。

「月詠さん! 学校の中に入っちゃって……」
「申し訳ありません、行き違いがあってはいけないと思い……。今後は控えます」

 まゆが、完全にびっくりして、私と月詠さんと大鴉とをきょときょとと見比べてる。

「あ、あのね、まゆ。この人たちのことは、私もまだよく知らなくて……」
「お友達に、ご挨拶が遅れました。我が名は月詠。そちらのカラスは、大鴉。ともに、来栖先生に心服申し上げた者です」

「心服……? 凛に……?」

 ああっ、よけいにまゆが混乱してる!

 さらに、大鴉が、不満げに「ごげー!」と大きく鳴いた。
 な、なんだか気に入らなさそうな感じだけど。別にこっちは心服してないぞ、みたいなことかな?

「つ、月詠さん! とりあえず、その敬語やめてもらえませんかっ!?」
「これは異なおおせを……尊崇するかたと、平常語でやりとりをしろと?」

「尊崇してくれなくていいですから!? 普通にしゃべってください、普通に!」
「……承りました、……いえ、分かった。努力いたしま……しよう、先生がそう言うなら」

「先生もだめっ! 学校にいると、また騒ぎになるかもですから、出ましょう! まゆも、一緒に帰ろう!?」

 そうすれば、説明の手間も省けると思う。
 私の口から、この人たちがどういう人たちなのかを、ちゃんと説明できる自信はない。
 まゆは、なにか言いかけてから、こくんとうなずいた。

「初めまして、あたし、日野まゆです。凛とは、昔からも友達で」

「日野さん、今後、お見知りおきを」月詠さんはそう言ってから私へ向き直り、「……しかし、先生……ではなかった、来栖どの」
「凛でいいですっ。みんな、そう呼ぶので」

「では、凛」
「……は、はい?」

 月詠さんが、私の顔を覗き込んだ。
 私はまだまだ、そのきれいな顔の威力に慣れなくて、ちょっと緊張しちゃう。

「凜は、おれに敬語なのか? 一方的に?」
「だって、どう見ても、月詠さんのほうが年上ですし」

「むう……なんだか、そぐわんな」
「逆より全然いいですっ。ほら、行きましょう!」

 そうやって、三人と一羽は、あわただしく教室を出た。
 昇降口でローファーに履き替えて、外へ出ると、空は秋にそれになりかけの太陽が、さんさんと光ってる。
 朝に騒ぎを起こした校門を、そそくさと全員でくぐった。大鴉は、飛ぶでもなく走るでもなく、私たちの頭上の電線の上をぴょんぴょんと跳ねながら、ついてくる。
 私とまゆは、自転車を押して歩いてた。月詠さんは「自転車に乗ってもいいんだぞ」と言ってくれたけど、そういうわけにもいかない。
 歩道を歩きだしてすぐに、私は月詠さんに質問した。

「こんな訊き方も変なんですけど……月詠さんて、何者なんですか? 昨夜、明らかに、いろいろ変でしたよね?」

 まゆが、「変?」と言ってくる。
 私は、昨夜あったことを、かいつまんでまゆに伝えた。
 ……夢見がちなせいでリアルな夢でも見たんじゃないかとか、小説ばっかり書いてるからそんな妄想したんだとか、そう思われたら嫌だなあ……。

「じゃあ……凛が見たのは、つまり、お化けとか妖怪のたぐいで……結構、危ない目にあったってこと?」

 信じてくれる!
 持つべきものは、信じてくれる友達だなあ!

「そうだ。凛、昨日の君は、かなり無防備だった。危なかったぞ」
「その節は、本当にありがとうございます。怖かったです……。それで、質問に戻るんですけど。あんなお化けにあんなことできる月詠さんて、何者なんですか?」

「おれは吸血鬼だ。といっても、母親は人間だから、ヴァンパイア・ハーフとか、ダンピールというやつだけどな」

 ……。
 あまりにこともなげに言われたので、どう反応していいか分からなくなる。

「……吸血鬼、ですか?」
「だから、半分だけな」

「今、思いっきり太陽の下を歩いてますけど……」
「純正の吸血鬼でも、強力なのになると太陽光は平気だったりするぞ。すごいよな」

「……月詠さんが平気なのは、吸血鬼なのが半分だけだからなんですか?」

 すると月詠さんは、にやりと笑って、
「いいや。強力な吸血鬼だからだ。とはいえ、昼間はかなり弱くなるけども」

「じゃあ、今、弱いんですか……?」

 どういう情緒で話していいのかよく分からなくなって、なんだかすごくばかみたいなことを訊いてる気がしてくる。

「ま、夜よりはな。たとえば……」

 月詠さんが前を向いた。そこには、トラックが、こっちに向かって走ってきてる。
 なにかおかしいな、と思って、そのトラックを見た。ちょっと、ふらついてるように思える。

「え!? あれ……!?」
「運転手が、スマートフォンを見てるな。やれやれ」

 トラックは、それほどスピードは出してないけど、今にもセンターラインを越えそうになってる。

「ちょっと待っててくれな、凛。……あ」
「え?」

 その時、トラックが、道に空いていたアスファルトの穴にタイヤを取られて、がくんと進路を変えた。
 ……こっちに……私たちのほうに、突っ込んでくる!

「きゃああああっ!?」と、私とまゆは同時に悲鳴を上げた。
 窓の向こうのドライバーは、私のお父さんくらいの年の男の人だ。慌ててスマートフォンを離して、ハンドルを握ろうとするのがスローモーションみたいに見えた。

「ちょうどいい。どのみち、止めてやろうと思っていたから。道の真ん中に立つ手間が省けたよ」
「な、なに言ってるんです!? 月詠さん、逃げて!」

 歩道にはガードレールがなかった。
 トラックが、すぐ目の前に迫ってる。

「月詠さん!」

 どがんっ……!!

 嫌な音が響いた。
 私とまゆは、目を閉じてしまってる。

 頭の上で、くわーと鳴く声が聞こえた。
 その声は、どこかのんきで、穏やかで、その調子につられて、そろそろと目を開ける。

「……うそ……」

 目の前の光景が、信じられなかった。
 トラックは止まってる。
 いや、止められてる。
 黒ずくめの、黒い髪の男の人に、車体の正面を、右手一本で抑えられて。
 ブレーキがぎりぎり間に合った?
 ううん、違う。
 だって、月詠さんが手のひらを当てている分が、大きくへこんでる。
 月詠さんが止めたんだ。
 うそ……。

「誰もけがをしなくて何よりだが。感心せんな、お前の運転は」

 そう言って、月詠さんは、運転席でパニックになってるドライバーを見た。
 それは後ろ姿で、私には月詠さんがどういう顔をしているのか分からなかったけど、今朝使ってた、視線の不思議な力――瞳術? をまた使ったんだと思う。
 ドライバーの目がとろんとして、さっき見てたスマートフォンを手に取ると、どこかに電話をし始めた。

「警察にかけさせてる。面倒だから、おれたちはこのまま退散しよう。……立てるか、二人とも?」

 私とまゆは、そろって腰を抜かしてしまってた。
 お互いに「ひえええ……」と震えながら、抱き合ったまま立ち上がる。

「すまなかった。君たちを抱えて逃げてもよかったんだが、そうするとあの運転手は事故で大けがか、最悪、それ以上のことになるかもしれないと思ったんだ」
「い、いえ、いいことだと思います。……助けてあげたんですね、あの人のこと」

「いいや。そういうわけでもない」

 え? と私は月詠さんを見た。

「おれが守りたかったのは、あくまで君と、君の友人だ。あんな優しい物語を書く君が、目の前で人の大けがなんて見たら、気に病んでしまうだろう」
「い、いえ、それは私じゃなくても誰だって……」


 月詠さんは、柔らかく微笑んで続ける。
「ただでさえ、多感な時期だからな。そして君が友人を大切にしているであろうように、おれも君の友人は大切だ」

 月詠さんが、まだ中腰だった私たちの手を取って、立たせてくれた。
 その時にまゆと月詠さんの目が合って、まゆは赤面して「ど、どうも……」とつぶやく。
 そうだよね、そうなっちゃうよね、月詠さんに見つめられると……。

「さて。とりあえずは全員、無事に済んだようだが。……こいつ、憑かれてるな」
「疲れてる? ……運転のし過ぎってことですか?」

「いや、疲労のことじゃない。なんらかの怪異の影響を受けているということだ。この感じは、……どうやら、夢魔か」

 むま。
 って、なんだろう。
 私とまゆがそろってぽかんとしてるのを見て、月詠さんが説明してくれた。

「夢魔というのは、人の眠りにかかわる悪魔だ。一言で夢魔と呼んでも、いろんなやつがいるけどな。人を、眠くもないのにいきなり眠りに落としたり、集中力を奪ってぼけっとさせたりもする。今のは、催眠のような力で正常な判断力を失わせたんだろう」

 ええっ。

「な……なんで、そんなことを……」
「なんでって、それが夢魔だからだ。人間が、子供を産んだり社会を作ったりするのと同じだよ。そうしなければ生きていけない。怪異ってのは、そういうもんだ」

 すると、まゆがぐいっと顔を突き出して、
「あの、その夢魔とか、怪異? って、世の中にたくさんいるんですか? それとも今のは、たまたま私たちが出くわしちゃったってだけなんですか?」

 月詠さんは、ふむ、とうなずいた。
「日野さんの言うたくさんというのが、どのくらいの規模と密度のことを指しているのかは分からないが、おそらくは、君たちが考えているよりは多いだろうな」

「そうなんですか……?」と、私は思わずうめいてしまう。
 そんな、お化けみたいなものが、世の中に大勢……?

「そうだ。そして、凛。君はこれから、様々な怪異に狙われることになる可能性が高い。というか確実にそうなる」
「なんでですかっ!?」

「才能があるからだ」
「なんの!?」

「怪異を見る才能」
「怪異を……見る……?」

 才能がある、っていう言葉にはあこがれる。
 ずっと、小説を書く才能が欲しいと思ってたし。
 でも、怪異を見る才能って、もしかしてあんまりありがたくないやつなのでは……。

「あ、あのっ」とまゆがもう一度入ってくる。「ひょっとしてそれって、凛が、危ない目にあうってことですか? 今みたいに?」
「ああ、似たようなことが増えるだろうな」

「そんな……」とまゆが絶句する。

「ともあれ、場所を移すか。ちょうど、案内しようと思っていた場所があるんだ。少し歩くが、つき合ってくれ」
「え、でも、」私はトラックを振り返る。確かに運転手さんにけがはないみたいだけど、このままにしておいていいのかな。

「もうすぐ警察が来るだろうし、ほとんど無傷だから心配いらないだろう。夢魔の影響も、あの程度なら、しばらく安静にしていれば抜けていく。さ、行こう」
 

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