五年後の約束――ランドセルに揺れた、わたしたちの初恋

#6 変わらないもの


「お邪魔……しまーす」

 ガラっと扉が開いて、クミが美術室の中を見まわす。
 部屋の中では、ケンがイーゼルに向かって静物画と苦闘していた。

「あれ、今日は一人なの?」
「うん、先輩達は、中間テストが近いから休むって……て言っても、この部はもともと四人しかいないけど」

 ケンは、美術部に入った。もともと絵を描いたり、工作をするのが好きだったけど、どっちかというと、しつこい運動部の勧誘を逃れるため。
 クミは、「三ヶ月の命だから」と冗談を言って、部活をやっていない。代わりに、しょっちゅうこうして美術室を訪ねてくる。

「ケン、やっぱうまいね」
「いやー、なかなかバランスよく描けなくて」
 画用紙の鉛筆画をのぞき込み、クミは褒めてくれるが、ケンはいつも自分が描いたものに満足していない。

 クミは、椅子や机が片づけられた部屋の中を歩き回ったり、窓の側に立って外を眺めたりしていたが、やがて、椅子を持って、イーゼルに向き合うケンに近づいてくる。

「ねえ、私のこと、描いてくれる?」
「え! 僕、あまり人物のデッサンとかしてないし、多分ヘタッぴだよ」
「いーからいーから。多少うまく描けなくても文句は言わない。大目に見てあげる」

 クミは、花瓶や果物が置かれたテーブルの隣りに椅子を置き、ちょこんと座った。

「どんなポーズがいいかしら?」
 もう描かれること前提で話が進んでいる。
「……じゃあ、好きな格好でいいよ」
 クミは結局、普通に膝の上で手を合わせた。首をちょっとだけ傾ける。

 細い眉と瞳の間が狭い。クミの表情の一番の特長だ。そこは上手に表現したい。

「ブスに描いたら、怒るからね」
「あれ! さっきっと言ってること違う……」
「アハハ!」
 その笑ってる顔、可愛い……でも、自分の画力だと、うまく描けない。
 カーテンを揺らし、梅雨時の生暖かい風が美術室に入り込んで来る。雨粒も混ざっている。

「降ってきちゃったね……」

クミは、窓の外に目を遣り、言葉を続ける。
「路面電車、無くなっちゃってたんだね」

「うん、僕んちの前も通っていたから、電車の音が聞こえなくて、少しもの足りない」
「『もの足りない』か……そういえば知ってる? お父さんが言ってたけど、私たちが通っていた小学校、合併されて、廃校になるんだって」

「えっ! ほんと?」
 ケンは古びた鉄筋の校舎、そして、体育館の裏を思い出した。

「どんどん変わっちゃうね」
 それからクミはしばらく黙っていた。

「そして……忘れる」

 鉛筆画が仕上がるころ、独り言のように言った。
「転校してからね、ケンのこと、ずっと思ってた……ううん、思ってたと思ってた」
「?」
「もちろん、ずっとケンのことずっと覚えていたかったけど、忘れちゃってるときもあるなあって」

 ケンが鉛筆を置いたことに気づき、クミはモデルをやめ、席を立つ。
「でも、心の奥、根っこのところでは忘れてない……そう思えるもの、ずっと変わらないものが欲しいの」

 そうか。
 それだったんだ。たった三ヶ月ちょっとの期限付きなのに、わざわざここに来てクミが探しているものは。

「どれどれ」
 クミはケンの後ろに回り、肩に手をかけて、絵をのぞき込む。

「うん、よく描けてる……でも、ちょっと美化しすぎじゃない?」
「そんなことないよ」
 ケンは、なるべくクミの顔、表情を見たまま、そのままに描いた。描きながら目に焼き付け、記憶に刷り込もうと努力した。

 忘れちゃいけない。

「よかったら、この絵、クミにあげるよ」
「ううん、いいよ。ケンが持ってて」

 そう言うと、ケンの手から鉛筆を取り上げた。

「あ!」
 クミは、左上の空いているスペースに花丸を描き加え、
「たいへんよくできました!」
 と言って、ニッと笑った。

 帰り。
 雨が本降りになってきたけど、幸か不幸か、傘は一本だけ。


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