スィーツしか見てなかったら天才イケメンパティシエに愛された

第五話 ホットケーキ

翌朝。

「ん……」

カーテンの隙間から漏れる陽光の眩しさに、眠っていた灯里の意識が浮上する。
開いた目に映るのは、見知らぬ天井。

(どこ、ここ!ーーってそうだ、昨日……)

すぐに昨夜のことを思い出した灯里は洗顔と歯磨きをして玄関に向かう。

(着替えを買いにコンビニ行こうかな……)

玄関ドアを開くと、ドアノブに紙袋がかかっていた。
中のメモを開く。

「ローズさんからだ!」

『翡翠から話を聞きました。大変だったわね…私たちを頼ってね。着替えを入れておきます。ぜひ着てね♪』

「こ、これは……!」

*****

灯里がシャワーを浴び、身支度を終えたタイミングで、玄関ドアをノックする音が聞こえた。

「灯里さん、起きてますか」

翡翠の声がして、灯里はあわてて玄関を開ける。

「お、おはようございます」
「はい、おは……」

玄関から出てきた灯里を見た翡翠が、挨拶の途中で止まった。
灯里が着ている服は、クラシカルなデザインのアンティークピンクのワンピース。

「ローズさんが貸してくださった服でして、普段ワンピースなんて着ないんで慣れな……」
「とてもよく似合ってます。さぁ、テラスで朝食にしましょう」
「は、はい!」

翡翠について行くと、テラスに出た。
テーブルの上にはすでに朝食がセットされている。

「わぁ、ホットケーキ……!」

灯里が華やいだ声を上げる。
カフェのメニューにホットケーキがあることは知っているのだが、いつもモーニング・セットかスィーツを頼むので、まだ食べたことがなかった。

「どうぞ」

向かいに座った翡翠に促され、灯里は手を合わせた後、メイプルシロップが入ったポットを持った。
ホットケーキの中央の溶けかけたバターにメープルシロップをたっぷりとかける。
ホットケーキの表面から滴り落ちる雫は黄金色に輝いていて、とても美味しそうだ。
満面の笑みを浮かべながら、ナイフで切ってぱくりと食べる灯里。

(小麦の風味がするふかふかのホットケーキに、バターの塩気とメープルシロップの甘さが同時にやって来て美味しすぎる~!)

目を瞑って味わう灯里を、翡翠は穏やかな笑みを浮かべて眺めていた。
ホットケーキの他に、カリカリベーコンとほうれん草のソテー、野菜たっぷりのチキンポトフ、合間にあたたかいストレートティー。
灯里はぺろりと平らげて、両手を合わせる。

「ご馳走様でした!あの、朝食代はおいくら……」
「今後のお給料から引いておきますね。ところで、灯里さんはこの後はご自宅に戻られる予定ですか」
「あ、はい……」
「私もついていきます」
「そんな!翡翠さんはこれからお仕事ですよね」
「開店時間までまだあるので大丈夫ですよ。成木が待ち伏せしている可能性がありますので」
「う……」

成木のことを思い出した灯里の顔が曇る。

「行きましょう」

翡翠についていくとパティスリーの裏手のガレージに着いた。
立派な車がある。

「どうぞ」
「は、はいっ!」

翡翠の車に乗り、灯里の案内でアパートに帰ると、敷地内を箒で掃除中のシニア女性が駆け寄って来た。

「大家さん、おはようございます」
神見(かんみ)さん!無事でよかったわ」
「え?」
「昨日の夜ね、神見さんの家のドアノブをガチャガチャしてる男がいて、声かけたら逃げられちゃって……見た目はーー」

大家の言葉に灯里の血の気が引いていく。
大家が言う男の特徴からして成木に間違いない。

(あのまま帰っていたら……成木に……)

灯里の身体がガタガタと震え出す。

「灯里さん、とりあえず服や貴重品などを持って戻りましょう。それから引っ越し先を探しましょう」

翡翠がきっぱりとした声で言うと、大家も「その方が良いわ」と同調した。

「はい……」
「私が鍵を開けますよ」

翡翠は灯里の震える手から鍵を受け取り、代わりに開けた。
翡翠が扉を開けて中を確認後、灯里は着替えや貴重品をボストンバッグに詰めた。

「一旦、カフェの二階に戻りましょう」
「すみません……お願いします……」

(どうしてこんなことに……?今の家は大家さんが優しくて気に入ってたのに。悔しい……。とにかく早く家を探さなきゃ)

*****

カフェの二階のリビングに戻った翡翠と灯里。
灯里は浮かない顔で自身のスマホを取り出す。
新しい家を探すためだ。

(新居はオートロック付きがいいんだけれど……)

「うぅ……ない……」

何しろ今は引っ越しシーズンが終わったばかりの5月。
目ぼしい物件は埋まっていた。

「灯里さん」

翡翠は窓の近くに立ち、外を指差した。

「あれが私が住んでいるマンションなんですが、物置き用に二部屋借りていまして……。灯里さん、住みませんか」

翡翠が指差した先を見やる灯里。
そこには灯里のお給料では到底住めないような、立派なマンションが建っている。

「いえ、さすがにそこまでお世話になるわけには……!」
「昨日も言ったように、灯里さんは私の恩人なのでお役に立ててうれしいですよ」
「その恩人って……私、心当たりがなくて……」

申し訳なさそうな灯里に翡翠は柔らかく微笑む。

「私は以前、大手パティスリーで働いていました。しかし、私やお菓子の見た目だけ評価して、『食べたら太る』という理由で全て残す女性客が多数出てきたのです」
「そんなひどい……」
「映え目的で残す客は出禁にしてほしいとオーナーに訴えましたが、オーナーは儲かればいいという考えで……私は退職しました。そして自分の店を作ることにしました。目立たないよう都心は避けて、映え目当ての客が来ないよう、お菓子のデザインはオーソドックスにしましたが、私が作るお菓子は美味しいのだろうかと不安でした。
ーーそんな時です、灯里さんがフィナンシェを焼く匂いに誘われてカフェにやってきて、幸せの味だと言ってくれたのは。『幸せの味』はまさに私がずっとお菓子に込めていた想いなので、本当に嬉しかったのです。灯里さんのお陰で自信を持ってお菓子を作れるようになった結果、パティスリーもカフェも繁盛するようになったので、灯里は恩人なんですよ」
「……私にとって翡翠さんこそ恩人で。あの時、成木に仕事のミスを被せられてどん底まで落ちていた時に甘い匂いがして……美味しくて、辛い気持ちを忘れられたんです」
「……では、恩人である私のお願いを聞いてもらえませんか」

翡翠が両手をあわせて灯里を見つめる。その様子に灯里が観念した。眉を下げて微笑む。

「わかりました。お世話になります。でも、新居が決まるまでの一ヶ月お願いします!」

灯里が頭を下げると同時に翡翠のスマホのアラームが鳴った。

「……では、私は仕事に行ってきます。灯里さんはここでゆっくり休んでいてください」
「はい!翡翠さん、お仕事行ってらっしゃいませ!」

翡翠が去った後、灯里は荷物を持って寝室に行く。
貴重品や衣類を持って来られたのはよかったが、不在の間に成木にまた不法侵入しようとしないか、気が気じゃない。

(ていうか成木のやつ、何なの……。それよりも!翡翠さんのスィーツを、太るからって残す人がいたなんてひどすぎる……あんなに美味しいのに)

灯里はハッとする。

(そういえば、昨日は騒動で筋トレしてない!)

にも関わらず、朝からガッツリ食べてしまった。
灯里はローズから借りたワンピースを脱いで動きやすい服装に変えて、筋トレを始めたのだった。

(私は!翡翠さんのスィーツを食べるためなら、どんな運動も頑張れる!)


続く
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