呪われた聖女は運命を覆したい
昇級試験
「ムク、代表挨拶お疲れ様。さすがだった」
快晴の2学期始業式、セア様は私の前に現れた。
皇宮に移って早くも3年が経った。
私は高等部に入学し、1学期を主席で終え、2学期始業式では学年代表の言葉を言った。
始業式が終わってすぐ、セア様が迎えにきてくださったのだ。
「ありがとう。もう、2学期なのね…」
私は空を見上げて言った。
私はこの3年間で、皇太子妃として次期皇后陛下として様々なことを学んだ。
未だセア様とは婚約中の身であり、様々な貴族たちが媚を売ろうと近寄ってくるのが現状だ。
しかし逆に、あの“暴君”と言われたセア様を唯一丸めこめる存在として認識され、そして聖女と主席という地位もあってか慕われる存在へとなっていた。
「ムク」
「マリア!」
奥から歩いてきたマリアが声をかけてくれて、私は思わず駆け寄る。
マリアはあの頃よりずっと大人になった。
外科医として知名度を上げ、今ではポーションを生み出した英雄とまでなった。
さらにきれいになって、貴族から言い寄られているみたい。
「お疲れ様。本当に素晴らしかったわ」
「ありがとう、マリア」
サニアとは関わる機会は減り、その一方でマリアとは共に過ごす時間が増えたのだった。
マリアはセア様に深く礼をした。
「ごきげんよう、第四王子殿下様」
「堅苦しいことはいい。表を上げろ」
「はい」
セア様は私の親友だからと、マリアをよく思ってくれている。
まあ、当然のことよね。
だってマリアはいい子だもの。
「スペランツァ公爵令嬢も元気そうでよかった」
「光栄にございます。セア殿下もお変わりないようで。……そういえば、そろそろ魔法祭ですわね」
少し間を空けて、マリアはそう言った。
そう、魔法祭。
これは2学期が始まって2ヶ月ほど後に行われる、魔法を使ったチーム戦の実践演習である。
別の学科の者が協力し合い、迷宮の森と呼ばれたダンジョンからの脱出を目指すと言った高難易度の実践演習。
毎年死者も多く出るこの魔法祭を、過去でもマリアは嫌っていた。
「そう…ね。でも、魔法祭は2学期最後のイベントだし、ちょっと意識が早いんじゃない?ほら、その前にもいろいろ行事はあるでしょう?」
そう言うと、マリアはホッとしたように笑った。
「そうね。まずは昇級試験を頑張りましょうか」
昇級試験。
毎学期初めに行われるこの試験は、それぞれ学科の特別試験と魔法試験の2つを行なってクラス昇級ができるというもの。
昇級する者もいるし、とどまる者もいる。
逆に、下の階級の落ちる者もいる。
私は今のところ昇級ばかりだけれど、気を抜けばすぐに抜かされるだろうから注意が必要。
「そうね。マリアは令嬢科と治癒科専攻よね?」
「ええ、そうよ。今回の試験は令嬢科は社交ダンスを。治癒科では魔物討伐に参加して、治癒をしていくのよ。ムクは?」
「私は…まず、治癒科は同じでしょう?魔法科はチーム戦ダンジョン滞在の試験よ」
私の言葉にマリアが表情を曇らせた。
私の場合、どちらの専攻科も危険な試験。
試験で命を落とした者も少なくない。
「無理は…しないでちょうだいね。私も行けたらいいんだけど…」
「大丈夫よ。私は治癒もできるし、黒魔法はどの魔物にも効くんだから」
私はマリアに力強くそう言った。
すると、セア様が突然私の肩を抱いて。
「騎士科と魔法科の試験は合同で行われる。俺がムクと同じチームになれば大丈夫だろう。安心してくれ、スペランツァ公爵令嬢」
そう言うと、マリアはホッとした表情になった。
「そう。ありがとうございます、セア殿下」
その後チャイムが鳴り響き、私たちはそれぞれの学科の教室に移動した。
***
各教室ではやはり昇級試験の話をされた。
配布されたプリントに、様々な注意事項が載せられた。
1学期の試験志望者は9人。
魔法科から1人、騎士科から3人、治癒科から2人、神の遺物科から3人ということだった。
私も気をつけなければいけない。
マリアに心配をかけるわけにはいかないしね。
明日から試験開始で、最初は魔法科。
ダンジョンの第15層で3日間で行われることとなった。
この後はチーム分け。
小ホールに移動して、計4人のチームを作る。
「騎士科の方が入場されます」
その声に、この場にいる全員が頭を下げた。
私を除いて。
ドアが開いて初めに足を踏み出したのは、セア様だった。
セア様は騎士科の団長を務めているので、彼が入ってくると予想しての行動がこれだったのだろう。
すると、セア様はふっと私を見つけては笑みをこぼした。
そしてなぜか近寄ってきては。
「魔法科の制服は初めて見たな。かわいい」
「っ…。え、ええっと…」
私は恥ずかしくなって言葉を失ってしまう。
その時、後ろからひょっこりと顔を覗かせてきた人がいた。
「ちょっとセアー?いくら婚約者がかわいいからって、やめてあげなって〜」
藍色の髪はウルフカットにされており、インナーカラーは水色、目は紫と黄色のオッドアイで、耳には十字架のイアリングをつけている男の人。
私はこの人を遠目で何度か見たことがあった。
ハイリ・フェルネ・ライデンシャフト子爵令息様。
騎士科の副団長で、セア様の親友と言っていた。
私は彼に一礼をした。
「ごきげんよう、ライデンシャフト子爵令息様。お初にお目にかかります。ムク・マリーウット・スペネットですわ」
すると、ライデンシャフト子爵令息様はキョトンとした表情をして。
それから笑った。
「あはは、そんな堅苦しくなくていいよ。どっちかって言うと、君は第一聖女だし、侯爵令嬢だから俺より立場は上だろう?だから、ハイリでいいよ」
とてもフレンドリーなお方だとは聞いていたけど、こんな感じなのね。
初めて話すとは思えないわ。
「そうですか。では、ハイリ様とお呼び致しますわ。えっと…後ろの皆さんもお入りになって?」
先生もびっくりしちゃってるし、私が誘導してあげないと。
それから、騎士科の生徒を全員ホールに入れた。
「あれが呪われた聖女?見えねーな」
「マジの聖女って感じなのにな〜」
「てか、かわいくね?俺らのチームに入れたいわ〜」
こういう視線には慣れてるつもりだけど、やっぱりなんだか嫌ね。
私が少し表情を暗くすると、それに気がついたようにセア様が私の隣に立った。
「すまない。あとで注意しておく」
「い、いえ…。平気です」
ささやかな気遣いを嬉しいと思った。
それから、先生が話し始めた。
「えー、では。これから試験についてお話しします。と言っても、各クラスで担当から述べた通り、今回の試験はダンジョン3日滞在ということはわかりますね?この試験は危険が伴うため、チームメンバーは慎重に選ぶように。戦力はバランスよくお願いします。それでは、チームメンバーを決めていってください。決まったら報告するように。では」
そして先生の話が終わった瞬間、私のところに多くの生徒が押し寄せた。
「聖女様、ぜひ俺のチームに!」
「いや、俺らのとこっしょ!」
「いやいや、こっちだって!聖女様ー!」
「え…ええっと…」
私は一歩後ずさった。
みんな聖女って言葉に弱いのよ。
黒魔法を使うところを見たら、絶対に離れていくくせに。
今までがそうだったのだもの。
黒魔法はやはり印象が悪いようで、「やっぱ、無理かも。黒魔法って怖い…」なんて言われる始末。
それを思い出して気分が悪くなって、表情が暗くなっていく。
それを助けてくれたのはセア様だった。
「俺の婚約者になにか?」
「せ、セア様…!?」
見せつけるように私を後ろから抱きしめ、目の前にいる生徒たちを睨んだ。
その次にハイリ様割って入ってきた。
「はいはい、困ってるでしょ。離れて離れて〜」
た、助かった…。
私はホッとため息をついた。
それからしばらくセア様が騎士団の方に怒ってくださって、私に近寄る人はいなくなった。
そしてセア様は言った。
「もしよければ、俺とハイリと組まないか?」
「えっ、いいんでしょうか?」
「なにか問題が?」
問題って…他に組みた人がいるかもしれないじゃない。
特にセア様は団長で、人望も厚そうだし。
と思ったけれど、ハイリ様がこう言った。
「こいつ、黒魔法使いってんで怖がられてるから。たしかに人望は厚いけどさ、実際に黒魔法は見たくないらしい」
「あ…ごめんなさい。私、無神経なこと…」
「いや、平気だ。気にするな。それより、俺たちと組んでくれるか?」
セア様はなんなく交わし、すぐにそう聞いてきた。
慣れてるんだろうな、とは思った。
これ以上言うわけにもいかず、私は素直に頷いた。
「ええ、もちろんですわ。私でよろしかったら。でしたら、もうひとりは私の専属メイドでいいでしょうか?ラリアも、いい?」
「はい。もちろんでございます」
気配を消して後ろに立っていたラリアに声をかけると、そうやって即答された。
ラリアも風魔法を学ぶために魔法科に通っているのだ。
「ああ、俺たちもそれでいい。俺が報告してこよう」
そうして、無事にチーム決めが終わった。
***
「えー、それでは全員そろったようなので、これよりダンジョンに転移します」
今日は試験当日。
第15階層に行くまでに消耗するわけにはいかないから、こうやって全員で転移してから試験を始めるのだ。
高価な広範囲転移結晶を使う。
私たちは光に包まれると、一瞬の浮遊感があった後すぐにダンジョン内に転移した。
洞窟のような場所に、転移された。
第15階層は別名“幻影の層”と呼ばれていて、少し歩くと景色がすぐに変わってしまう。
そんな不思議な場所だから、試験には最適なのかもしれない。
「それじゃ、ここからはもう試験だ。ボーダーポイントは150ポイントだ。それより下だと、ランク下がるからなー。それじゃ、行ってこい」
てきとうな感じで困ってしまうわ。
「ムク、最初はどこに進む?」
いつのまにか隣に来ていたセア様が私に聞いた。
私は悩む。
どこに行こうが、どんな場所に行くかはわからない。
しかし、ここにいても寄ってきた魔物は他の生徒に狩られてしまう。
とにかく遠くに行った方がポイントを稼げるだろう。
「とりあえず、まっすぐ進みましょう。最初は慎重に、ゆっくりと。ラリア、風魔法の結界を」
「はい、ムク様。“自然の王なる風よ、我の災い防ぐべくここに永久不滅の結界を作りたまえ”」
ラリアが唱えるとゴウッと風が巻き上がり、私たちを囲うようにモヤができた。
徐々に視界がクリアになり、風の結界などは見えなくなった。
これで結界は完成だ。
魔物が襲ってくれば、すぐに風に巻き込まれて木っ端微塵になる。
これはそういう魔法なのだ。
「これでひとまずは安心よ。だけど火を扱う魔物には注意よ。その場合は、私とセア様が対処するわ」
「おっけー、じゃあどんどんすすもー」
ハイリ様は気軽な感じで進んでいく。
セア様は普通に後についていくので、おそらく慣れているのだろうと思った。
しばらく進んで周りに生徒がいなくなった時、気配を察知して全員が動きを止めた。
「砂漠地帯…か、いきなりハズレだな」
景色が、いつのまにか砂漠へと変わっていたのだ。
セア様の声に、私は頷いた。
砂漠地帯といえば、出てくる魔物はほとんどが火属性である。
となればラリアの結界は意味がなくなってしまう。
瞬時に判断した私は、ラリアに言った。
「ラリア、魔力の無駄遣いはしてほしくないわ。すぐに結界を解いて」
「はい。“結界解除”」
パッと弾けるようにして結界が散った。
——その時。
『ムク様、おそらく魔物が大群で近づいて来ています』
「アミューズ、それ本当?」
3人が驚いたようにアミューズを凝視する。
カードの力でアミューズが見えるとはいえ、突然現れたら驚きのは当然だ。
しかし、状況が状況なので構っている暇はない。
「どんな魔物かわかる?」
『はい。サラマンダーとヘルハウンドのようです。数はおよそ17』
「17…!?そんなに来てるのか…」
アミューズの言葉に、ハイリ様が声をあげた。
どちらも定番の火属性の魔物ね。
風魔法は火魔法に弱いからラリアは戦えないし、ハイリ様は火魔法を使うからこちらも相性が悪い。
となると。
「セア様、私を前で戦ってくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
そうして私とセア様が横に並んで立つ。
その瞬間、奥から唸り声が聞こえた。
『ガルル…』
平面だからすぐに見つかった。
正面に、たしかにサラマンダーとヘルハウンドの群が来ていた。
どちらの魔物も近距離戦に適してるから、ここから魔法攻撃をするのが得策に思える。
私は詠唱を行った。
「“黒よ、全てを支配すべく生まれた者よ。怨念の意をここに”」
私は上に向かって指先を向け、魔力を放った。
黒魔法と白魔法は初めに呼び起こすための詠唱が必要となる。
それをなくして使用すれば、魔力に体が喰われてしまうからだ。
「俺は先進を切る!ムクは援護を!!」
「はい、セア様!」
私は容赦なく魔法攻撃を連打した。
セア様はまるで光のように速く、閃光を放ち突き進んでいった。
「“黒よ、全てを支配すべく生まれた者よ。怨念の意をここに。フルグール”」
一瞬にして6体ほどの魔物の首を跳ね、そして剣を鞘におさめた。
これが、騎士の道でしか学べない黒魔法の使い方…。
まるで雷魔法のようにも見えた。
そうしてあっという間に倒してしまった。
セア様が戻ったとき、彼の頬に傷があることに気がついた。
私はその傷を癒そうとしたところで、手を止めた。
そういえば、白魔法の使用は禁止されていた。
回復魔法を使えば、ほとんどの確率で昇級試験で高得点を取ってしまう。
どれだけ負傷してもいいからだ。
それを阻止するべく、このようなルールが作られたのです。
たとえ小さな傷でも、痛いだろうに。
「申し訳ありません。白魔法の使用は禁止されていて…」
すると、セア様は私の頭を優しく撫でて言った。
「いや、大丈夫だ。そんなに気にしなくていい。それに、このくらい——」
「あっ!見つけた〜、ムクだぁ!」
セア様がまだ喋っているとき、あの声が聞こえた。
私はその声の主を視界にとらえた。
「サニア…どうしてここに…」
治癒科の制服を着たサニアが、私の前まで走ってきたのだ。
これは魔法科と騎士科の試験のはずなのに、なぜ治癒科のサニアがいるのだろう。
私は警戒した。
しかし。
「治癒科の生徒は成績上位者が来てるんだよ〜!みんなが死んじゃわないように、各グループにひとりついて治療をするの!私は、ここの担当ねっ?」
なんだ、そういうこと。
だけど不安は拭えず、私は質問をした。
「どうして私たちのグループ?ただの偶然?」
「このグループがボス部屋まで辿り着きそうだから、1番治癒能力が高い私が来たってわけ!ほらぁ、マリアってば魔力は少ないじゃない?だから、私なのっ!」
そう言って笑ったサニア。
そう…いうことなのね。
まだ不安は拭えないが、先生の指示ならばそうなのだろう。
アミューズは私の様子を見てか、耳元で誰にも聞こえない声で言った。
『主様、顔色が優れませんが…大丈夫ですか?』
「え、ええ…大丈夫よ」
そう言って笑って見せたけど、本当は大丈夫なんかじゃない。
サニアという存在は、おそらくアミューズが思っている以上に私の中では大きな存在なのだ。
なにせマリアを殺めた張本人なのだから。
絶対に気が抜けない。
セア様やハイリ様、ラリアには一切触れさせない。
そうして顔を上げると、すでにサニアがセア様に手を伸ばしていた。
私は驚いて、急いでその間に入りサニアの手を払い落とした。
「ちょっとサニア、どういうつもり!?セア様に触らないで…!!」
そう大きな声で言ってしまうと、サニアは大きく目を見開いた。
そして、それを狙っていたと言わんばかりに口角を上げた。
「えっ?」と思った瞬間にはもう遅くて、サニアは泣き始めた。
「う、うわぁぁん。ムクが怒ったぁ…!」
まずい、と即座に思った。
どう考えてもこれは嘘泣きである。
しかし、周りから見たらどうだろう。
完全に私が泣かしたように見えるではないか。
最悪だったのは——。
「え、あれって呪われた聖女?」
「うわ〜、最っ低!」
後ろのグループが追いついてきていたこと。
ここで謝ろうと、すでに信頼のない私では悪者にされるのは見えている。
どうしよう、どうしてこんなヘマを……。
私の勘違いとはやとちりだったし、とにかく謝らないと…!!
そうして私が頭を下げようとした時。
「ムクが謝る必要なんてない」
「え…?で、でも…」
そして、セア様の言葉を聞いてか周りの魔法科の生徒がサニアに駆け寄った。
そしてサニアをかばうかのように。
「なにをおっしゃるのですか、第四王子殿下!この女はサニア様のお手を払ったのですよ!?謝るのは当然のことでございます!」
そう言った女子生徒を、セア様は冷たい目で見下ろした。
そして、まるで「大丈夫」とでもいうように私の手を握ったセア様。
「第四王子に軽々しく触れる方が問題だろう。それに、俺には婚約者がいるのだ。そんな相手に触るのはおかしいだろう」
「で、ですが…!立場的に言えば、聖女の方が上です。私が第四王子殿下に治癒のために触るくらいは問題はないかと思われます」
「そうですよ。それに、こんな女が第四王子殿下の婚約者などなにかの間違い——」
その瞬間、ヒュッと音が鳴って小さな風が起こった。
なにが起こったのかはすぐに理解できた。
セア様が、女子生徒に剣を向けたのだ。
「きゃ、きゃぁぁ!!」
「お、おやめください!」
サニアが止めに入ったが、セア様は剣をしまわなかった。
まるではじめて会った時のような光景ね。
ふと、そう思った。
「今、なんと言った?俺の婚約者を“こんな女”と言ったな?おい、どういう意味だ」
その言葉に、どうしようもなく嬉しくなった。
セア様は私のために怒ってくださっている。
けれど、私のためというなら、私はそれを望まない。
「セア様、剣をおしまいください」
「……わかった」
俺の言葉に、セア様は剣を納めた。
この場にいる全員がホッとしたことだろう。
「セア様、私はこのようなことは慣れているので平気ですわ。怒ってくださってありがとうございます。それと皆様、ごめんなさいね。セア様を許してくださる?」
「うん…!もちろんだよ〜!」
聖女たるもの、常に広い心を持って接せよ。
その教えに反することは許されず、サニアは笑みを浮かべてそう言った。
彼女の前に立つのは怖かった。
今でも怖い。
でも、セア様という味方がいるなら——。
負けっぱなしではいられないわ。
「それとサニア、貴女が大好きな“立場”で言ったら、私は次期皇太子妃よ。それに、貴女とは違って第一聖女。口答えは許されないはずだけれど…ねぇ?」
私はニコッと笑いかけた。
私の言葉に、サニアの表情はひきつった。
そんなふうに言い返されてしまうとは思っていなかったんだろう。
でも、私だって黙っていないわよ。
「ご、ごめんねぇムク。ムクはそういうの嫌いだったんだよね…。ごめん!」
そう言って頭を下げたサニア。
表情は見えないけれど、その表情は悔しさで歪んでいることだろう。
しかし、サニアは謝る他なかった。
男爵令嬢、しかも第三聖女という立場である以上、私の機嫌を損ねればすぐに地位が下がってしまうと理解しているから。
実際に幼い頃マリアの怒りを買い、子爵の地位から引きづり下ろされたことがあるのだ。
そして、今の相手は次期皇太子妃。
これ以上逆らえるわけもなかった。
私はふっと口角をあげて言った。
「いいのよ、サニア。私の勘違いしたんだもの。私たち、親友だもの!」
かつてサニアがよく口にした言葉。
その仮面の裏で私を貶めたように、今度はサニアに復讐をする。
だから、怖がってなんかいられない。
『さすがです、主様。ですが、この先も十分にご注意ください。なにか企んでいる気がします』
アミューズの言う通りだわ。
私はその後この場を落ち着けさせ、セア様の手伝いもあって再び前へと進むことができた。
やはりもっと人目の届かないところに行かなければならない。
現在のポイントは10といったところ。
ここのフロアは魔物一体に対して1ポイントなのは少々辛いが、そうは言っていられない。
1日のうちにどれだけ敵を倒せるかだから。
その後サニアが不審なお動きを見せることはなく、セア様もサニアを警戒して触れないようにしていた。
そうして1日が終わろうとした。
ここまでに海のフロアと豪雨のフロア、つまり水属性と風属性の魔物と戦った。
奥に進めば進むほど強力な魔物が出現するが、もちろんその方がポイントも高い。
多少の危険は犯しても平気だと言う自信があった。
どの属性にも効果抜群な黒魔法使いがふたりもいるのだから。
そして、狩った魔物の一部は食料として使うことができるから、食料は問題ない。
途中途中に教員に出くわすと、水も配ってくれるのでこちらも問題がない。
負傷者も出ず、1日目は終わることができた。
けれど——。
***
真夜中、ひとりの女が起き上がった。
サニア・クラスオン・シャロームである。
周りに気がつかれないように起き上がり、4人のそばから離れたところへと移動する。
その先には、ひとりの女が現れた。
「あら、少し遅かったじゃない」
女はフードを深く被っており、サニアでさえも顔を見たことはなかった。
サニアはふんっと鼻を鳴らして言った。
「うるさいわね。で?作戦を伝えてくれるんでしょ?側妃様はなんとおっしゃっていたの?」
サニアの前に立つ女は、この帝国の第一側妃アルス・フローレンス・イリュシアの側近の侍女である。
そして、黒魔法使いである。
「アルス様は私に作戦を任せてくださいました。ゆえに、貴女はこれから私の指示に従ってもらいます」
「は?なんで私が?私は聖女なのよ」
サニアはイラついてそう言い返したが、女は変わらぬ態度で言った。
「それは我が主、アレス側妃様を侮辱すると言うことでよろしいでしょうか?」
「はっ?なんでそうなるわけ!?」
サニアはいら立ちを覚えた。
アレスを侮辱したつもりなどない、ただ当然のことをこの侍女に教えただけなのだと思っていたから。
「私はアレス様に頼まれたのです。ですから、今から私はアレス様と同じ権限を持ちます。従っていただかないなら…力をお返しください」
「嫌よ。ふんっ、仕方ないわね。で?どうしろって?」
イライラしながらも、サニアはそう聞いた。
せっかく手に入れた力を渡すわけにもいかず、従うしかなかった。
女は満足そうに笑い、作戦を伝えた。
「明日の夕暮れ時までに2つ先のステージまでお進みください。そこは私たちにとって有利な地となる冥界ダンジョンになっています。そうしたら、サニア様は一度下がっていてください。そこからは私たちが対処します」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃ、私の出番は?」
「今回は特にありませんね。今回の作戦がうまくいけば、貴女も私たちの基地に来られるので我慢してください。今は、サニア様の力を使う時ではないのです」
先ほどのこともあり、サニアは口出しをできなかった。
それから大きなため息をつき、頷いた。
「はぁ…仕方ないわね。わかった。時間にそこまで連れていくわ。目障りなムクには早く消えてもらわないと」
そう言ってサニアは自分の爪を噛んだ。
そう、これはムクを貶めるための作戦なのだ。
「ええ、おっしゃるとおりです。では、後ほど」
女は笑った後、指を弾いて姿を消した。
ここから、悲劇と厄災が始まるのだった。
快晴の2学期始業式、セア様は私の前に現れた。
皇宮に移って早くも3年が経った。
私は高等部に入学し、1学期を主席で終え、2学期始業式では学年代表の言葉を言った。
始業式が終わってすぐ、セア様が迎えにきてくださったのだ。
「ありがとう。もう、2学期なのね…」
私は空を見上げて言った。
私はこの3年間で、皇太子妃として次期皇后陛下として様々なことを学んだ。
未だセア様とは婚約中の身であり、様々な貴族たちが媚を売ろうと近寄ってくるのが現状だ。
しかし逆に、あの“暴君”と言われたセア様を唯一丸めこめる存在として認識され、そして聖女と主席という地位もあってか慕われる存在へとなっていた。
「ムク」
「マリア!」
奥から歩いてきたマリアが声をかけてくれて、私は思わず駆け寄る。
マリアはあの頃よりずっと大人になった。
外科医として知名度を上げ、今ではポーションを生み出した英雄とまでなった。
さらにきれいになって、貴族から言い寄られているみたい。
「お疲れ様。本当に素晴らしかったわ」
「ありがとう、マリア」
サニアとは関わる機会は減り、その一方でマリアとは共に過ごす時間が増えたのだった。
マリアはセア様に深く礼をした。
「ごきげんよう、第四王子殿下様」
「堅苦しいことはいい。表を上げろ」
「はい」
セア様は私の親友だからと、マリアをよく思ってくれている。
まあ、当然のことよね。
だってマリアはいい子だもの。
「スペランツァ公爵令嬢も元気そうでよかった」
「光栄にございます。セア殿下もお変わりないようで。……そういえば、そろそろ魔法祭ですわね」
少し間を空けて、マリアはそう言った。
そう、魔法祭。
これは2学期が始まって2ヶ月ほど後に行われる、魔法を使ったチーム戦の実践演習である。
別の学科の者が協力し合い、迷宮の森と呼ばれたダンジョンからの脱出を目指すと言った高難易度の実践演習。
毎年死者も多く出るこの魔法祭を、過去でもマリアは嫌っていた。
「そう…ね。でも、魔法祭は2学期最後のイベントだし、ちょっと意識が早いんじゃない?ほら、その前にもいろいろ行事はあるでしょう?」
そう言うと、マリアはホッとしたように笑った。
「そうね。まずは昇級試験を頑張りましょうか」
昇級試験。
毎学期初めに行われるこの試験は、それぞれ学科の特別試験と魔法試験の2つを行なってクラス昇級ができるというもの。
昇級する者もいるし、とどまる者もいる。
逆に、下の階級の落ちる者もいる。
私は今のところ昇級ばかりだけれど、気を抜けばすぐに抜かされるだろうから注意が必要。
「そうね。マリアは令嬢科と治癒科専攻よね?」
「ええ、そうよ。今回の試験は令嬢科は社交ダンスを。治癒科では魔物討伐に参加して、治癒をしていくのよ。ムクは?」
「私は…まず、治癒科は同じでしょう?魔法科はチーム戦ダンジョン滞在の試験よ」
私の言葉にマリアが表情を曇らせた。
私の場合、どちらの専攻科も危険な試験。
試験で命を落とした者も少なくない。
「無理は…しないでちょうだいね。私も行けたらいいんだけど…」
「大丈夫よ。私は治癒もできるし、黒魔法はどの魔物にも効くんだから」
私はマリアに力強くそう言った。
すると、セア様が突然私の肩を抱いて。
「騎士科と魔法科の試験は合同で行われる。俺がムクと同じチームになれば大丈夫だろう。安心してくれ、スペランツァ公爵令嬢」
そう言うと、マリアはホッとした表情になった。
「そう。ありがとうございます、セア殿下」
その後チャイムが鳴り響き、私たちはそれぞれの学科の教室に移動した。
***
各教室ではやはり昇級試験の話をされた。
配布されたプリントに、様々な注意事項が載せられた。
1学期の試験志望者は9人。
魔法科から1人、騎士科から3人、治癒科から2人、神の遺物科から3人ということだった。
私も気をつけなければいけない。
マリアに心配をかけるわけにはいかないしね。
明日から試験開始で、最初は魔法科。
ダンジョンの第15層で3日間で行われることとなった。
この後はチーム分け。
小ホールに移動して、計4人のチームを作る。
「騎士科の方が入場されます」
その声に、この場にいる全員が頭を下げた。
私を除いて。
ドアが開いて初めに足を踏み出したのは、セア様だった。
セア様は騎士科の団長を務めているので、彼が入ってくると予想しての行動がこれだったのだろう。
すると、セア様はふっと私を見つけては笑みをこぼした。
そしてなぜか近寄ってきては。
「魔法科の制服は初めて見たな。かわいい」
「っ…。え、ええっと…」
私は恥ずかしくなって言葉を失ってしまう。
その時、後ろからひょっこりと顔を覗かせてきた人がいた。
「ちょっとセアー?いくら婚約者がかわいいからって、やめてあげなって〜」
藍色の髪はウルフカットにされており、インナーカラーは水色、目は紫と黄色のオッドアイで、耳には十字架のイアリングをつけている男の人。
私はこの人を遠目で何度か見たことがあった。
ハイリ・フェルネ・ライデンシャフト子爵令息様。
騎士科の副団長で、セア様の親友と言っていた。
私は彼に一礼をした。
「ごきげんよう、ライデンシャフト子爵令息様。お初にお目にかかります。ムク・マリーウット・スペネットですわ」
すると、ライデンシャフト子爵令息様はキョトンとした表情をして。
それから笑った。
「あはは、そんな堅苦しくなくていいよ。どっちかって言うと、君は第一聖女だし、侯爵令嬢だから俺より立場は上だろう?だから、ハイリでいいよ」
とてもフレンドリーなお方だとは聞いていたけど、こんな感じなのね。
初めて話すとは思えないわ。
「そうですか。では、ハイリ様とお呼び致しますわ。えっと…後ろの皆さんもお入りになって?」
先生もびっくりしちゃってるし、私が誘導してあげないと。
それから、騎士科の生徒を全員ホールに入れた。
「あれが呪われた聖女?見えねーな」
「マジの聖女って感じなのにな〜」
「てか、かわいくね?俺らのチームに入れたいわ〜」
こういう視線には慣れてるつもりだけど、やっぱりなんだか嫌ね。
私が少し表情を暗くすると、それに気がついたようにセア様が私の隣に立った。
「すまない。あとで注意しておく」
「い、いえ…。平気です」
ささやかな気遣いを嬉しいと思った。
それから、先生が話し始めた。
「えー、では。これから試験についてお話しします。と言っても、各クラスで担当から述べた通り、今回の試験はダンジョン3日滞在ということはわかりますね?この試験は危険が伴うため、チームメンバーは慎重に選ぶように。戦力はバランスよくお願いします。それでは、チームメンバーを決めていってください。決まったら報告するように。では」
そして先生の話が終わった瞬間、私のところに多くの生徒が押し寄せた。
「聖女様、ぜひ俺のチームに!」
「いや、俺らのとこっしょ!」
「いやいや、こっちだって!聖女様ー!」
「え…ええっと…」
私は一歩後ずさった。
みんな聖女って言葉に弱いのよ。
黒魔法を使うところを見たら、絶対に離れていくくせに。
今までがそうだったのだもの。
黒魔法はやはり印象が悪いようで、「やっぱ、無理かも。黒魔法って怖い…」なんて言われる始末。
それを思い出して気分が悪くなって、表情が暗くなっていく。
それを助けてくれたのはセア様だった。
「俺の婚約者になにか?」
「せ、セア様…!?」
見せつけるように私を後ろから抱きしめ、目の前にいる生徒たちを睨んだ。
その次にハイリ様割って入ってきた。
「はいはい、困ってるでしょ。離れて離れて〜」
た、助かった…。
私はホッとため息をついた。
それからしばらくセア様が騎士団の方に怒ってくださって、私に近寄る人はいなくなった。
そしてセア様は言った。
「もしよければ、俺とハイリと組まないか?」
「えっ、いいんでしょうか?」
「なにか問題が?」
問題って…他に組みた人がいるかもしれないじゃない。
特にセア様は団長で、人望も厚そうだし。
と思ったけれど、ハイリ様がこう言った。
「こいつ、黒魔法使いってんで怖がられてるから。たしかに人望は厚いけどさ、実際に黒魔法は見たくないらしい」
「あ…ごめんなさい。私、無神経なこと…」
「いや、平気だ。気にするな。それより、俺たちと組んでくれるか?」
セア様はなんなく交わし、すぐにそう聞いてきた。
慣れてるんだろうな、とは思った。
これ以上言うわけにもいかず、私は素直に頷いた。
「ええ、もちろんですわ。私でよろしかったら。でしたら、もうひとりは私の専属メイドでいいでしょうか?ラリアも、いい?」
「はい。もちろんでございます」
気配を消して後ろに立っていたラリアに声をかけると、そうやって即答された。
ラリアも風魔法を学ぶために魔法科に通っているのだ。
「ああ、俺たちもそれでいい。俺が報告してこよう」
そうして、無事にチーム決めが終わった。
***
「えー、それでは全員そろったようなので、これよりダンジョンに転移します」
今日は試験当日。
第15階層に行くまでに消耗するわけにはいかないから、こうやって全員で転移してから試験を始めるのだ。
高価な広範囲転移結晶を使う。
私たちは光に包まれると、一瞬の浮遊感があった後すぐにダンジョン内に転移した。
洞窟のような場所に、転移された。
第15階層は別名“幻影の層”と呼ばれていて、少し歩くと景色がすぐに変わってしまう。
そんな不思議な場所だから、試験には最適なのかもしれない。
「それじゃ、ここからはもう試験だ。ボーダーポイントは150ポイントだ。それより下だと、ランク下がるからなー。それじゃ、行ってこい」
てきとうな感じで困ってしまうわ。
「ムク、最初はどこに進む?」
いつのまにか隣に来ていたセア様が私に聞いた。
私は悩む。
どこに行こうが、どんな場所に行くかはわからない。
しかし、ここにいても寄ってきた魔物は他の生徒に狩られてしまう。
とにかく遠くに行った方がポイントを稼げるだろう。
「とりあえず、まっすぐ進みましょう。最初は慎重に、ゆっくりと。ラリア、風魔法の結界を」
「はい、ムク様。“自然の王なる風よ、我の災い防ぐべくここに永久不滅の結界を作りたまえ”」
ラリアが唱えるとゴウッと風が巻き上がり、私たちを囲うようにモヤができた。
徐々に視界がクリアになり、風の結界などは見えなくなった。
これで結界は完成だ。
魔物が襲ってくれば、すぐに風に巻き込まれて木っ端微塵になる。
これはそういう魔法なのだ。
「これでひとまずは安心よ。だけど火を扱う魔物には注意よ。その場合は、私とセア様が対処するわ」
「おっけー、じゃあどんどんすすもー」
ハイリ様は気軽な感じで進んでいく。
セア様は普通に後についていくので、おそらく慣れているのだろうと思った。
しばらく進んで周りに生徒がいなくなった時、気配を察知して全員が動きを止めた。
「砂漠地帯…か、いきなりハズレだな」
景色が、いつのまにか砂漠へと変わっていたのだ。
セア様の声に、私は頷いた。
砂漠地帯といえば、出てくる魔物はほとんどが火属性である。
となればラリアの結界は意味がなくなってしまう。
瞬時に判断した私は、ラリアに言った。
「ラリア、魔力の無駄遣いはしてほしくないわ。すぐに結界を解いて」
「はい。“結界解除”」
パッと弾けるようにして結界が散った。
——その時。
『ムク様、おそらく魔物が大群で近づいて来ています』
「アミューズ、それ本当?」
3人が驚いたようにアミューズを凝視する。
カードの力でアミューズが見えるとはいえ、突然現れたら驚きのは当然だ。
しかし、状況が状況なので構っている暇はない。
「どんな魔物かわかる?」
『はい。サラマンダーとヘルハウンドのようです。数はおよそ17』
「17…!?そんなに来てるのか…」
アミューズの言葉に、ハイリ様が声をあげた。
どちらも定番の火属性の魔物ね。
風魔法は火魔法に弱いからラリアは戦えないし、ハイリ様は火魔法を使うからこちらも相性が悪い。
となると。
「セア様、私を前で戦ってくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
そうして私とセア様が横に並んで立つ。
その瞬間、奥から唸り声が聞こえた。
『ガルル…』
平面だからすぐに見つかった。
正面に、たしかにサラマンダーとヘルハウンドの群が来ていた。
どちらの魔物も近距離戦に適してるから、ここから魔法攻撃をするのが得策に思える。
私は詠唱を行った。
「“黒よ、全てを支配すべく生まれた者よ。怨念の意をここに”」
私は上に向かって指先を向け、魔力を放った。
黒魔法と白魔法は初めに呼び起こすための詠唱が必要となる。
それをなくして使用すれば、魔力に体が喰われてしまうからだ。
「俺は先進を切る!ムクは援護を!!」
「はい、セア様!」
私は容赦なく魔法攻撃を連打した。
セア様はまるで光のように速く、閃光を放ち突き進んでいった。
「“黒よ、全てを支配すべく生まれた者よ。怨念の意をここに。フルグール”」
一瞬にして6体ほどの魔物の首を跳ね、そして剣を鞘におさめた。
これが、騎士の道でしか学べない黒魔法の使い方…。
まるで雷魔法のようにも見えた。
そうしてあっという間に倒してしまった。
セア様が戻ったとき、彼の頬に傷があることに気がついた。
私はその傷を癒そうとしたところで、手を止めた。
そういえば、白魔法の使用は禁止されていた。
回復魔法を使えば、ほとんどの確率で昇級試験で高得点を取ってしまう。
どれだけ負傷してもいいからだ。
それを阻止するべく、このようなルールが作られたのです。
たとえ小さな傷でも、痛いだろうに。
「申し訳ありません。白魔法の使用は禁止されていて…」
すると、セア様は私の頭を優しく撫でて言った。
「いや、大丈夫だ。そんなに気にしなくていい。それに、このくらい——」
「あっ!見つけた〜、ムクだぁ!」
セア様がまだ喋っているとき、あの声が聞こえた。
私はその声の主を視界にとらえた。
「サニア…どうしてここに…」
治癒科の制服を着たサニアが、私の前まで走ってきたのだ。
これは魔法科と騎士科の試験のはずなのに、なぜ治癒科のサニアがいるのだろう。
私は警戒した。
しかし。
「治癒科の生徒は成績上位者が来てるんだよ〜!みんなが死んじゃわないように、各グループにひとりついて治療をするの!私は、ここの担当ねっ?」
なんだ、そういうこと。
だけど不安は拭えず、私は質問をした。
「どうして私たちのグループ?ただの偶然?」
「このグループがボス部屋まで辿り着きそうだから、1番治癒能力が高い私が来たってわけ!ほらぁ、マリアってば魔力は少ないじゃない?だから、私なのっ!」
そう言って笑ったサニア。
そう…いうことなのね。
まだ不安は拭えないが、先生の指示ならばそうなのだろう。
アミューズは私の様子を見てか、耳元で誰にも聞こえない声で言った。
『主様、顔色が優れませんが…大丈夫ですか?』
「え、ええ…大丈夫よ」
そう言って笑って見せたけど、本当は大丈夫なんかじゃない。
サニアという存在は、おそらくアミューズが思っている以上に私の中では大きな存在なのだ。
なにせマリアを殺めた張本人なのだから。
絶対に気が抜けない。
セア様やハイリ様、ラリアには一切触れさせない。
そうして顔を上げると、すでにサニアがセア様に手を伸ばしていた。
私は驚いて、急いでその間に入りサニアの手を払い落とした。
「ちょっとサニア、どういうつもり!?セア様に触らないで…!!」
そう大きな声で言ってしまうと、サニアは大きく目を見開いた。
そして、それを狙っていたと言わんばかりに口角を上げた。
「えっ?」と思った瞬間にはもう遅くて、サニアは泣き始めた。
「う、うわぁぁん。ムクが怒ったぁ…!」
まずい、と即座に思った。
どう考えてもこれは嘘泣きである。
しかし、周りから見たらどうだろう。
完全に私が泣かしたように見えるではないか。
最悪だったのは——。
「え、あれって呪われた聖女?」
「うわ〜、最っ低!」
後ろのグループが追いついてきていたこと。
ここで謝ろうと、すでに信頼のない私では悪者にされるのは見えている。
どうしよう、どうしてこんなヘマを……。
私の勘違いとはやとちりだったし、とにかく謝らないと…!!
そうして私が頭を下げようとした時。
「ムクが謝る必要なんてない」
「え…?で、でも…」
そして、セア様の言葉を聞いてか周りの魔法科の生徒がサニアに駆け寄った。
そしてサニアをかばうかのように。
「なにをおっしゃるのですか、第四王子殿下!この女はサニア様のお手を払ったのですよ!?謝るのは当然のことでございます!」
そう言った女子生徒を、セア様は冷たい目で見下ろした。
そして、まるで「大丈夫」とでもいうように私の手を握ったセア様。
「第四王子に軽々しく触れる方が問題だろう。それに、俺には婚約者がいるのだ。そんな相手に触るのはおかしいだろう」
「で、ですが…!立場的に言えば、聖女の方が上です。私が第四王子殿下に治癒のために触るくらいは問題はないかと思われます」
「そうですよ。それに、こんな女が第四王子殿下の婚約者などなにかの間違い——」
その瞬間、ヒュッと音が鳴って小さな風が起こった。
なにが起こったのかはすぐに理解できた。
セア様が、女子生徒に剣を向けたのだ。
「きゃ、きゃぁぁ!!」
「お、おやめください!」
サニアが止めに入ったが、セア様は剣をしまわなかった。
まるではじめて会った時のような光景ね。
ふと、そう思った。
「今、なんと言った?俺の婚約者を“こんな女”と言ったな?おい、どういう意味だ」
その言葉に、どうしようもなく嬉しくなった。
セア様は私のために怒ってくださっている。
けれど、私のためというなら、私はそれを望まない。
「セア様、剣をおしまいください」
「……わかった」
俺の言葉に、セア様は剣を納めた。
この場にいる全員がホッとしたことだろう。
「セア様、私はこのようなことは慣れているので平気ですわ。怒ってくださってありがとうございます。それと皆様、ごめんなさいね。セア様を許してくださる?」
「うん…!もちろんだよ〜!」
聖女たるもの、常に広い心を持って接せよ。
その教えに反することは許されず、サニアは笑みを浮かべてそう言った。
彼女の前に立つのは怖かった。
今でも怖い。
でも、セア様という味方がいるなら——。
負けっぱなしではいられないわ。
「それとサニア、貴女が大好きな“立場”で言ったら、私は次期皇太子妃よ。それに、貴女とは違って第一聖女。口答えは許されないはずだけれど…ねぇ?」
私はニコッと笑いかけた。
私の言葉に、サニアの表情はひきつった。
そんなふうに言い返されてしまうとは思っていなかったんだろう。
でも、私だって黙っていないわよ。
「ご、ごめんねぇムク。ムクはそういうの嫌いだったんだよね…。ごめん!」
そう言って頭を下げたサニア。
表情は見えないけれど、その表情は悔しさで歪んでいることだろう。
しかし、サニアは謝る他なかった。
男爵令嬢、しかも第三聖女という立場である以上、私の機嫌を損ねればすぐに地位が下がってしまうと理解しているから。
実際に幼い頃マリアの怒りを買い、子爵の地位から引きづり下ろされたことがあるのだ。
そして、今の相手は次期皇太子妃。
これ以上逆らえるわけもなかった。
私はふっと口角をあげて言った。
「いいのよ、サニア。私の勘違いしたんだもの。私たち、親友だもの!」
かつてサニアがよく口にした言葉。
その仮面の裏で私を貶めたように、今度はサニアに復讐をする。
だから、怖がってなんかいられない。
『さすがです、主様。ですが、この先も十分にご注意ください。なにか企んでいる気がします』
アミューズの言う通りだわ。
私はその後この場を落ち着けさせ、セア様の手伝いもあって再び前へと進むことができた。
やはりもっと人目の届かないところに行かなければならない。
現在のポイントは10といったところ。
ここのフロアは魔物一体に対して1ポイントなのは少々辛いが、そうは言っていられない。
1日のうちにどれだけ敵を倒せるかだから。
その後サニアが不審なお動きを見せることはなく、セア様もサニアを警戒して触れないようにしていた。
そうして1日が終わろうとした。
ここまでに海のフロアと豪雨のフロア、つまり水属性と風属性の魔物と戦った。
奥に進めば進むほど強力な魔物が出現するが、もちろんその方がポイントも高い。
多少の危険は犯しても平気だと言う自信があった。
どの属性にも効果抜群な黒魔法使いがふたりもいるのだから。
そして、狩った魔物の一部は食料として使うことができるから、食料は問題ない。
途中途中に教員に出くわすと、水も配ってくれるのでこちらも問題がない。
負傷者も出ず、1日目は終わることができた。
けれど——。
***
真夜中、ひとりの女が起き上がった。
サニア・クラスオン・シャロームである。
周りに気がつかれないように起き上がり、4人のそばから離れたところへと移動する。
その先には、ひとりの女が現れた。
「あら、少し遅かったじゃない」
女はフードを深く被っており、サニアでさえも顔を見たことはなかった。
サニアはふんっと鼻を鳴らして言った。
「うるさいわね。で?作戦を伝えてくれるんでしょ?側妃様はなんとおっしゃっていたの?」
サニアの前に立つ女は、この帝国の第一側妃アルス・フローレンス・イリュシアの側近の侍女である。
そして、黒魔法使いである。
「アルス様は私に作戦を任せてくださいました。ゆえに、貴女はこれから私の指示に従ってもらいます」
「は?なんで私が?私は聖女なのよ」
サニアはイラついてそう言い返したが、女は変わらぬ態度で言った。
「それは我が主、アレス側妃様を侮辱すると言うことでよろしいでしょうか?」
「はっ?なんでそうなるわけ!?」
サニアはいら立ちを覚えた。
アレスを侮辱したつもりなどない、ただ当然のことをこの侍女に教えただけなのだと思っていたから。
「私はアレス様に頼まれたのです。ですから、今から私はアレス様と同じ権限を持ちます。従っていただかないなら…力をお返しください」
「嫌よ。ふんっ、仕方ないわね。で?どうしろって?」
イライラしながらも、サニアはそう聞いた。
せっかく手に入れた力を渡すわけにもいかず、従うしかなかった。
女は満足そうに笑い、作戦を伝えた。
「明日の夕暮れ時までに2つ先のステージまでお進みください。そこは私たちにとって有利な地となる冥界ダンジョンになっています。そうしたら、サニア様は一度下がっていてください。そこからは私たちが対処します」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃ、私の出番は?」
「今回は特にありませんね。今回の作戦がうまくいけば、貴女も私たちの基地に来られるので我慢してください。今は、サニア様の力を使う時ではないのです」
先ほどのこともあり、サニアは口出しをできなかった。
それから大きなため息をつき、頷いた。
「はぁ…仕方ないわね。わかった。時間にそこまで連れていくわ。目障りなムクには早く消えてもらわないと」
そう言ってサニアは自分の爪を噛んだ。
そう、これはムクを貶めるための作戦なのだ。
「ええ、おっしゃるとおりです。では、後ほど」
女は笑った後、指を弾いて姿を消した。
ここから、悲劇と厄災が始まるのだった。