懐かしい、という言葉 [巫女交代(桜→凜)から一か月]  ―役目を終えたはずの巫女でした番外編

懐かしい、という言葉 [巫女交代(桜→凜)から一か月]  ―役目を終えたはずの巫女でした番外編

■桜視点

「慣れてきたらさ、ママみたいに月一とかでいいんでしょ?」

夜、桜の部屋で、いとこの凛ちゃんはソファに寝転がったまま言った。

「安定すればね」

桜はマグカップを両手で包みながら、そう答える。

凛ちゃんはむっとする。

「いつ安定すんの?」

「土曜か日曜、どっちか空けとかなきゃなのも、地味にきついし」

私は高校二年のときだったから、まだましだったのかもしれない。

凛ちゃんは、まだ中学一年生だ。

「友達とも予定合わせづらいし」と、さらにむくれる。

私と違い、凛ちゃんは友達が多い。

週末がつぶされることは、きっと私よりずっと切実なのだろう。

「本当、大変だよね」

私にはどうすることもできないから、せめて慰めの言葉をかける。

凛ちゃんは、少しほっとしたように笑う。

「でしょ? ママさ、“そういうものよ”で終わらせるんだよ」

凛ちゃんの母は、十二歳から三十六歳まで巫女を続けた人だ。

最初は毎週、慣れてからは月一、二回で済んだらしい。

「桜ちゃんは?」

凛ちゃんがふいに聞く。

「毎週だったの?」

桜は、少しだけ考えてから言った。

「うん。最後まで」

凛ちゃんが体を起こす。

「え、ずっと?」

桜は肩をすくめる。

「力、弱かったから」

苦笑いを浮かべる。

「私も弱かったらどうしよ」

凛ちゃんがぽつりと言う。

「相当強いって言われたんでしょ」

「そうだけどさ」

凛ちゃんは、少しだけ黙る。

そして、急に顔を上げた。

「てかさ!」

さっきまでの空気を切り替えるように。

「めちゃくちゃ綺麗な銀髪の騎士いるよね!?」

桜の指が、ほんの少し止まる。

「四回くらいしか会ってないけどさ、なんか、人間?ってなるんだけど」

「CGみたいじゃない?」

完全に中一の語彙だ。

「そうだね」

凛ちゃんは止まらない。

「顔のバランス、えっと、黄金比っていうの?」

「なんかさ、現実感ないっていうか」

無邪気だ。

そして、ふと。

「桜ちゃんも、あの人に警護してもらってたんだよね?」

「うん」

短く答える。

凛ちゃんは続けた。

「桜ちゃんの話したらさ」

「ちょっと懐かしそうにしてた」

その一言で、空気が変わる。

一か月。

忙しい日常に追われて、少しずつ思い出さない時間が増えてきていた。

もう戻れないのだと、どこかで納得し始めていたのに。

懐かしそうだった、と。

見ていないのに、浮かんでしまう。

あの人の、整った横顔。

そこに、自分がもういないのだと、思い知らされた気がして。

胸の奥が、痛んだ。

七年。

結界修正のときだけだったけれど、その時間は確かに積み重なっていた。

叶うはずがないと、分かっていた。

容姿は平凡より少し下。

何をやっても、だいたい“そこそこ”。

だからこそ、彼と釣り合わないと分かっていた。

それでも、好きだった。

ただの片思い。

いつになったら、思い出にできるのだろうか。

「そっか」

桜は笑ってみせる。

「元気だった?」

「うん」

凛ちゃんが帰ったあと、部屋は静かになった。

もう迷わなくていい。

この世界で生きていけばいい。

それは、確かに少し楽だった。

それでも。

目を閉じると、浮かぶ。

綺麗な銀髪の騎士。

まだ、忘れられない。



――――――――――



■クロト視点

「クロトさんって、前の巫女の警護もしてたんですよね?」

凛様の問いは軽い。

「……ええ」

短く答える。

「じゃあ桜ちゃんの護衛もしてたんですね。私のいとこなんですよ」

存じております、と答えるより先に、凛様は続ける。

「桜ちゃんは本当に優しいですよね」

「だから私、大好きなんです」

凛様が、屈託なく笑う。

その瞬間、胸の奥がわずかに軋む。

優しい。

――そういう方だった。

七年。

週末の結界修正のたびに、隣に立っていた時間が、ほんの一瞬だけ蘇る。

だが、顔には出さない。

「そうですか」

それだけを返す。

しかし、先ほどほんのわずかに視線を落としたことを、凛様は見逃さなかったらしい。

「今の顔、ちょっと懐かしい感じでしたよ」

無邪気な言葉に、呼吸がわずかに止まる。

懐かしい。

過去形だ。

巫女は交代した。

役目は終わった。

忘れようとは思わない。

忘れられるとも思っていない。

ただ、考えないようにしているだけだ。

だが――

「桜ちゃん」

その名前だけで、制御が一瞬緩む。

その名を、今も無意識に敬称付きで思い出してしまう自分に気づく。

これは魔力ではない。

鍛えたところで抑え込める類のものではない。

感情は、理性の下で静かに息をしている。

消えてはいない。

触れなければ、静かなままでいられる。
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大きな選択の中でも、 日常と仕事は続いていく。 異世界に呼び戻された巫女は、 結界を縫い直しながら、 看護師としての日常も手放さない。 そしてその先で、 静かに恋が動き出していく。

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