眷属少女のブーケット

こんにちは、劣等感


 モルゲンロート魔法学院は、急勾配な坂に沿う鯨のような形をした学校だ。

 そして鯨の周囲には、理事長の思いつきや生徒の要望に応じて様々な施設が常にボコボコ増設されている。
 

「ミリガーン、大丈夫ー?」
「ハァッハァッ…ゲホッ、ウェエ…」
「ほーら、あともうちょっとだぞ~ファイト~」
 

 校内案内の続きにと、昼食に誘ってくれた2人と食堂を目指しているところなのだが…広い校内と要所要所に出てくる階段に、普段から運動不足のミリガンはずっと息切れしっぱなしなのだった。

 
「ヒィ…ヒィ…や、やっと、登れだ」
「いつも食堂使ってるんじゃなかったっけ?毎回こんな疲れてるの?」
「普段なら…箒で…行くから、飛んで」
「とっとべっ飛べるの!?ルチャルも!?」
「飛べる飛べるぅ。も少ししたら飛行訓練の授業があっから、そん時は後ろ乗せてやるよ」
「やった!ありがとう楽しみ!!」
 

 飛び上がる私を見て、ミリガンは「テスちゃんは本当に元気ね」と眩しそうに目を細める。
 

「ほら、掴まれ」
「ありがとルチャルくん。やっと落ち着いてきた…」
「何か食べれそう?」
「平気、待たせちゃってごめんね。それじゃあ早速中に入ろうか」
 

 食堂は階段を登ってすぐにあった。
 全生徒が必ず座れるようにするためか、中はとてつもなく広い。
 色とりどりの料理が並ぶビュッフェに加えて、カウンターでしか注文できないメニューもあり、味に飽きがくるだなんてことは無さそうだ。


「おふぉ、見たことない食べ物が、たく、さん」
「利用料は全部、学費に組み込まれてるから一々払わなくて済むのは便利だよな」
「でも私、そのせいで毎日使わないともったいなく感じるんだよね。ほらテスちゃん、好きな物取って」
「ええと、ええと」

 
 おぼんを取る前から真剣に悩んでいると、後ろにいたルチャルが急に「うおっ」と声をあげた。

 振り返ってみれば、男子生徒とぶつかったらしい。初めて見る顔だ、確かCクラスにはいなかったはず。
 

「おっと、悪りぃ」

「うわ触っちゃった最悪。劣等種は生ゴミ食ってろよ」
 

 唐突な罵倒に、理解が追いつかなくて静まること5秒。
 そして罵倒の内容を理解して「ちょっと失礼」と私が間に割って入るのには1秒もかからなかった。

 今こそ昨夜の反省を活かす時。

 元敏感凄腕メイドとして、ここは冷静に対処して見せよう。
 

「なんだぁいきなりその言い分は?心の辞書に謝罪と挨拶って項目が載ってないタイプかぁ、ん?こっちが生ゴミならおめぇは有機物食ってろよ」

「て、テスちゃん?」
「テスタ!俺は良いから、気にすんなって」

「ブスがなんか言ってる」

「ゲストじゃないなら、おもてなしする通りは無い……ミリガン!ルチャル!下がってて、今からこいつに礼節ってモンを叩き込んでやる!!」

「あっダメだ。ルチャルくんちょっと押さえてて!私どっか席見つけてくるからー!」
「なるべく!なるべく早く頼む!!」
 

 ◇
 

 この焼き豚を食べたら次はマリネ、パスタの次は豆腐という初めて見る食べ物を。
 
 あれから数分後。

 そんなふうにミリガンが適当に取ってきてくれた料理を、どの順に食べるか悩みながら心を落ち着けていた。
 
 さっきの男子生徒は、騒ぎに混じっていつの間にか姿を消してしまったようだ。
 しかし…昨夜は自分がカッとなって言い返したことを反省したけれど、さっきの罵倒はあまりにも酷過ぎる。

 ただ、2人の反応を見るに珍しいことではないのだろうか。
 

「どう、美味しい?」
「うん……美味しい、ありがとう」
「さっきはごめんな。嫌なもん見せて」
「いやルチャルのせいじゃないよ。あのさ、ここに来てからちょくちょく聞くんだけど【劣等種】って?」


 私の問いに、2人はお互い困ったように顔を見合わせる。
 
 やや間が空いて、ルチャルが「劣等種って言うのはな…そうだなぁ…」とコップを掴んだ。
 コップの中の水が空中にゆっくりと漂い、人魚と魚人の形へと変わる。
 不思議な光景に思わず「おおおお」と感嘆の声が飛び出した。

  
「例えば同じ水中で暮らす亜種でも、人魚種と魚人種だったら魚人種の方が『劣等種』って言われてるんだ」
「どうして?」
「最初はそんなこと無かったらしいんだけどな。人魚種の方が見た目がキレイだし、歌も上手いし泳ぐのも速いし覚える魔術の幅が広いから、まぁ優れてんだよ」
「なんじゃそりゃ…」
「だから劣ってる方が劣等種。因みにさっきの奴は人魚種な。て言っても、今はお互い【変形機】で人型になってるからピンとこないか」

 
 優れた種が劣っている種を見下す。
 
 ウィザード種と亜種の差別については聞いていたし、ミリガンの時にウィザード種同士の差別は見たけど、まさか亜種同士でも差別があるだなんて。
 

(前にいた現世と違って戦争も無くて、魔法や食べ物や便利な物が沢山ある世界なのに、どうしてこんなことが)
 
「でも、テスちゃん。ありがとね」
「え」
「私の時もそうだったけど、私達普段からずっとあんな感じだから、さっきみたいなのがちょっと当たり前になりつつあったんだ。だから怒ってくれたの、嬉しかった」

「そ、そりゃあ友達にあんなこと言われたら許せないよ。大体ね、どいつもコイツも13にもなってあんな悪口言ってくるだなんてお子ちゃまが過ぎる」
 

「「は?13?」」
 

 食事をする手がピタッと止まり、2人とも信じられないモノを見るように私を見た。
 

「ん、何?テスちゃんって13歳なの??」
「そうだけど…えっ私、皆んなと同い年だと思ってたんだけど違った?もっと上?」
「上も何も俺達、113歳だぞ」


「ひゃくじゅうさん!!!!」
 

 のけぞった勢いで、イスから転げ落ちそうになった。慌て踏み止まる。
 

「いやびっくりするのは私達の方!何13歳って!?まだ赤ちゃんじゃん!!」
「えぇええ……皆んなということは、ひょっとしてノイたんも」
「同じ113歳だな」
「どっしぇーーーーーーーー!!!!」

 
 今まで散々、可愛いだの子供っぽいだの内心思っていたノイたんとまさか100も歳が離れていただなんて……衝撃の事実に、今度こそイスから転げ落ちた。
 

 ◇
 

(しっかし今日も、びっくりすることばっかりだったな。帰ったらこれもノートにまとめないと)
 

 放課後。部活に行くというルチャルやミリガンと別れ、今は1人寂しく寮へと向かっている最中であった。

 タブレットとかいう小さくて不思議な板を確認すれば、生徒会の活動で早く寮に帰れそうにないとノイたんからメッセージが届いており自然と口がへの字に曲がる。

 
「早く、会いたいな」
 

「あっあっそこにいるのって…」
「生徒会の皆さん…じゃない!?そうじゃない!?」
 

「ん?」

 
 いつの間にか、向こうに人だかりができている。
 さっき生徒会と聞こえたがひょっとしてノイたんもいるんじゃないだろうか。

 気配を消して、そっと人だかりの近くの茂みに飛び込む。
 別に見ていたことがバレるのが嫌なわけではない。反射的にだ。
 

「キャアアアアアア!ノイ様ァーー!!ノイ様ァーーー!!」
「こっち向いてくださーーーい!!」
 
「あ、いるいる」
 

 人だかりを割くように歩く一団のど真ん中、そこにノイたんはいた。ということは周りの男子達が生徒会のメンバーだろうか。
 

「あああノイ様、今日も美し過ぎな~~~~い?」
「わかる…もちろん副会長のギューテ様も庶務のトレラント様も素敵だけど、やっぱりノイ様よね」
「輝きの量が半端ない」

 
 聞こえてくる賞賛の声に合わせ、うんうん頷く。
 確かに他のメンバーも皆んな整った顔立ちだけれども、ノイたんはとにかく段違いだった。
 

「ミョァーッ!!書記のユラエル様!!相変わらず麗し過ぎますわ~~~」
「めっずらしい、会計のノンジュ様もいる!図書室の輝夜姫様ーー!!」
「流石はノイ様と並ぶ、絶世の美女2人!!あっ写真写真っ」


 美女?


 絶世なのに2人いるのはおかしくないかという疑問は置いといて、視線をノイたんから下に向けると確かに、両脇を固めるように女子が2人いた。

 さっきは長身の男子に囲まれていたせいで、気付かなかったのだろう。
 

 ユラエル──そう呼ばれた方は緩くウェーブがかったピンクブロンドの髪に、青い瞳をしていた。愛想良く周りの生徒に手を振る様子は、優しげで可憐に見える。

 ノンジュ──こちらは癖毛の一つも無さそうなストレートの銀髪に、黄金色に輝く瞳をしていた。ユラエルとは逆に、周囲を全く気にせず遠くを見て歩く姿は、透き通って浮世離れして見える。
 

 なるほど、2人共相当の美少女だ。
 

「ノイ様と並ぶと、長い御髪が煌めいて幻想的…本当にお似合いだわ…」
「3人共とってもお肌が白くて綺麗、どうスキンケアしたらああなれるのかしら」
「ねぇねぇ結局ノイ様って、どちらとお付き合いされてると思う?」
「そりゃあユラエル様よ!可愛いくて賢くてもうっ完璧なんだからっ!!」
「絶対ノンジュ様!家柄も魔法も、なんでも揃ってる方だし」
 
 
「………」
 

 私という妻がいることは、どうやらあまり知られていないようだ。
 おかしいな。さっきまで大切な人を褒められ、気分が良かったはずなのに、今はもの凄く下腹部が痛い。
 

 人だかりから更にワァッと歓声が上がった。

 腹を押さえたまま顔を上げれば、ユラエルがノイたんの袖をチョンと摘んで話をしている様子が目に飛び込んでくる。
 
 当然聞き取れないが…面白い話だったんだろう、ノイたんが微笑んでいる。
 

 そのまま校舎に向かう生徒会に合わせ、人だかりは去って行く。
 


 でも暫く私は、お腹と胸を押さえたまま動けなかった。


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