眷属少女のブーケット

もう1人の眷属


 なんとなく寮に帰る気になれず、かといって生徒会が入っていった校舎に戻る気にもなれず。

 暫く学院の庭をぼんやりウロチョロしていると、いつの間にかガラス張りの建物に足を踏み入れていた。

 独特な甘い香りに、立派な噴水を囲むようにして色鮮やかな植物が咲いている。
 

(おおおっ!物凄く広い、デメルング邸のお庭みたい!!ノイたんも知ってるかな、植物大好きだし……)
 

 あの美少女2人と、一緒に来たことがあるのかもしれない。

 だってノイたんは休学する前は普通に学校に通っていたのだから。
 

「うぇっ」
 

 胃の中の物が出そう、というよりは臓物全てがギュッと握られて小刻みに震えている感じだった。
 噴水の前にはいい感じのベンチがあったけれど、何故か躊躇って脇の目立たない小道に入ってしゃがみ込む。
 

 自分の手を、眺める。

 日に焼けてシミやそばかすが浮かぶ、ゴツゴツした手だ。あの3人の肌は、とても柔らかく輝いていたのに。


 短く切った髪をいじる。

 くくる手間が省けるし、掴まれて引っ張られることがないからとかなり気に入っていた髪型だった。あの3人の、光を捉えて艶めく長髪を見るまでは。

 
 ………私は今、生まれて初めて自分の容姿を恥だと思っている。
 

 メイドとして働いていた時は清潔感を保つことだけを大切に守っていれば良いと思っていたけれど、ここでは違う。
 

(もしノイたんが、私と一緒にいて笑われたりしたらどうしよう。そしてそれを『恥』だと思ったら?)
 

 あの2人には、成績も人格も家柄も強い魔法も揃っているのだ…ただオムレツがちょっと上手く焼けたり、タンバリンが高速で叩けるだけではまるで相手にならない。

 
(ここで燻っている暇はない。早くノイたんの隣にいても恥ずかしくない『お嫁さん』にならないと…ニコニコしてて完璧な『お嫁さん』に……そうしないと)
 

 ふと、視界の端に青白く光る蕾が目に入った。アネモネに似ているが、少し違う。常世にしか無い花なのかとじっと眺めていると、ゆっくりと蕾が開いた。
 

「えっ…あ、えっ」
 

 両目から涙が溢れ出す。驚いて拭っても、とめどなく流れ落ちていった。
 

「あっ、あっ、うぅ……ズッうああ、あああ…あ゛ーーー」
 

 それまでほんの少しだけ、不安だと感じていた部分が一気に大きく膨らみだす。
 
 こんなに涙と鼻水で顔がグチャグチャになるまで、泣いたのはいつぶりだろうか。
 

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あひゃ、アヒャヒャヒャヒャッ!!」
 

 ついでに笑いも止まらない。
 

「どどどどうして、ヒャッヒャッなんで!アヒャヒャヒョホこれどうなってハッハッァー!!あーっだっ誰かアシャシャシャシャッ!!」
 

 とにかく腹が捩れて仕方がない。頭も痛いし息が苦しくなってきた。こ、このままでは
 

「おいそこ!何をしている!!」
 

 誰かが走り寄ってきてくれたみたいだが、涙で目が開かない。
 

「クレイェか…しょうがない。一旦管理小屋まで移動するぞ、気をしっかり持て」
「フミヒャヒャーハァ!!(すんませーん!!)」
 

 ◇


「ブヘッ!?ぺっぺっ」
「ぺっぺっしなさんな。後で誰が掃除すると思ってるんだ」
 

 箱か何かの上に座らされたかと思えば、いきなり渋い味の液体を顔面にかけられた。

 慌て顔を拭う。
 

「うぉ~なんて不味い…あ、涙が止まってる!笑いも!!」
「気付け薬だ、軽くだが魔力の洗浄効果もある。あの情緒爆裂花…『クレイェ』に当てられた時は、まずこうやって引っ被るのが一番なんだよ」
 

「普通に飲むのはそれからだ」と渡された茶碗には、緑色の液体が並々と入っていた。
 これがさっき被せられた気付け薬か…渋さを我慢してグッと飲み干す。
 

「ん、気分も良くなってきた。いやぁ危ないところを助けていただいて、ありがとう…ございま…」
 

 す、と言い終わる前にやっと恩人の姿を確認できた。

 ガタイのいい、40代くらいのアッシュグレイの短髪のおじさん。作業着を見に纏っているところから、この植物園の管理人だろうか。

 ただ、私が一番驚いたのは
 

「人、間」
 

 おじさんが人間であること、そして恐らく同じ『眷属』であることに気付いたことだった。何故わかったのか、というとほぼ感覚なのだが…ひょっとしたら、眷属全てに備わっているモノなのかもしれない。
 

 私の言葉に対し、おじさんはグッと顔を歪め不機嫌そうに脇にあった鍬を掴んで小屋から出て行った。

 
「あっちょちょ!」
 

 慌てて後を追いかけ、腕に縋り付く。
 

「なんでわかった…いや、俺もわかったのなら当然か。クッソなんでよりによって」
「ちょ止まって、止まってください!うおお中々っ力が強いっ」
 

 必死に両足で踏ん張ってブレーキをかけると堪忍したのか、ついにおじさんは立ち止まって心底嫌そうに私を見下ろした。
 

「お前さん、そもそもなんでここに来た?植物園はまだ立ち入り禁止のはずだ、表に看板置いといたろ」
「看板?いや無かったですけど」
「何ぃ!?」
「それに私、理事長に力が欲しかったら植物園に行くよう言われてて(ちょっとだけ忘れてたけどね)」
「理事長…そうか、ならお前さんがあの人の言ってた」
 

 そう言って眉間を揉む姿を見るに、理事長には何度も困らされているのだろう。
 

「テスタ・オール・デメルングです。ひょっとして…おじさんを眷属にしたのは、理事長?」
「言うなよ、誰にも。お前さんとこと違って、バレたら俺もあの人も最悪『死刑』になりかねないんだからな」
「しっ死刑!?」
 

 そう言えば、義母さん義父さんに挨拶した時も「禁術」だの「命の危険」だの物騒なことを言われていたんだった。
 

「そう『人間の眷属化は禁止』されている。ノイ様は真祖の中でも特別な立ち位置にいるからお上に多めに見てもらってはいるが…理事長はそうじゃない。わかったんならほら、さっさと帰んな。もうあんまり俺に関わらないでくれ」
「わかりま、あっじゃなくて、ちょっと待ってください」
「まだ何かようか」
「力を」
「はぁ?」
「力をください。眷属として、どうやってこの世界で生きて行ったら良いのかわからないんです」


 地面に額がつくのも構わず、両手をついて頭を下げる。
 理事長が言っていた『力』は、きっとこの人だ。

 だったら絶対に、チャンスを逃してはいけない。
 

「何言ってんだお前さん。生きて行ったらも何も、ノイ様に選ばれたんならずっと側でニコニコしてりゃ良いだろ。俺と違って」
「それじゃダメなんです!いてもいなくても変わらない奴なんか、いつか捨てられる!!」
 

 突然の大声に、おじさんはギョッとして目を開いた。
 

「夫婦なら、ビシッとノイたんの隣に立って困った時は『まかせて』って言えれるようになりたいのに…ここに来てからなんにも出来なくて、皆んなに助けてもらってばっかで、ずっと成長してなくて…」
「出来ないも何も、お前さんはこっちに来てそう経っていないんだろう。まだそんなに慌てなくていいじゃないか」
「最初は、そう思ってました。でも勉強はそれで良くても、魔法はそうじゃない」
「……」
 

 眷属になっても、元が人間では魔法は使えない。

 結局どれだけ頑張ったとしても、そもそも超えられない大きな差があった。
 

「おじさんは、私よりも長くこの世界で生きてるんですよね?眷属としてどうやって生きたら良いのか、教えてください!お願いします!!」
 

 無くしていた物が今やっとわかった、自信だ。
 
 仕事で失敗してもなにが理由か考えるだけでなく、褒められた時に生まれた自信を思い出して次に繋げていたのに、今の私には全くそれが無かった。


 おじさんは暫く黙って私を見下ろすと、肩に鍬を担いで再び歩き出した。やっぱりこんな頼み方じゃダメか。
 

「お前さん、庭仕事をしたことは?」
「メイドだった頃に、少しだけなら…」
「俺は教師じゃないからな、タダでなんでも教える気はない。だからここの整備を手伝うって言うんなら、基礎ぐらいなら教えてやらんでも」
「ほっ本当!?おおおおじさんあんがとー!!」
「おじさんじゃない『オズ・トロフ』だ。わかったんならついて来い、今日のところは設備だけ教えといてやる」
「はい!よろしくお願いします!!」


 立ち上がり、少し前を歩くオズさんに向かって走る。
 

 よーし待っててねノイたん…必ず隣に立てる自信を、GETして来るからね!
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