眷属少女のブーケット

帰還


 
 食後から暫くして。ちょっと一息ついてから、そろそろ切り出すことにした。
 

「ところでノイさん」
「なんでしょうテスさん」
「動けるようになったから、そろそろ私帰ろうと思うんだけど」
「は?」
「あ?」
 

 日差しのせいか、彼の瞳が一瞬だけ真っ黒に見えた。それにあの時と同じく、また肌寒さを感じる。
 どういう仕組みなのかはわからないが、ここで引くわけにはいかない。
 

「どっどうして…どうしてそんなこと言うんデスカ?何か気に食わないことデモ」
「いや、めちゃくちゃ快適で楽しかった」
「だったら」
「でも私今、仕事ほっぽりっぱなしでここにいるわけだし。職場の皆んなに迷惑かけてるから」


 もうちょい強く言わないとダメかもしれない。
 冷める、を通り越して氷の膜が張られた紅茶にスプーンで亀裂を入れて飲み干した。
 恐らく私がここを出ていくことに対して、彼に何かしらの不都合があるんだろう。
 実は向こうでは何千年の時がすぎてますよとか、場所をバラされたくないとか。
 前者なら最悪だが後者ならまだ説得できる。
 ここのことや起こった出来事を秘密にしてくれと言うのなら、私はミリアムさんにすら、絶対にバラすつもりは無かった。
 一応看病してくれたあたり、傷付けるつもりは無いと思いたいが。
 
「………ぃ」
「い?」
「い…嫌です帰らないでくださいずっとここにいてくださいそばにいてください…ウゥッ」
「なっ泣いてる!?えっちょっなんで」
 

 ずっと俯いていたかと思えば、いきなりそう言って抱きしめられた。
 紫陽花色の瞳からハラハラ涙を流す姿は、見ているだけでなんだか罪悪感が湧いてくる。
 とりあえず落ち着かせなくては、となるべくあやすような声を出しつつ背中を撫でた。
 

「ほらもう泣かないでよ、これくらいで」
「グスッ…じゃあかえらないでくだサイ…」
「そんな困ること無いじゃんか、また会えば良いんだしさ」
「え!また会ってくれるんデスカ!?」
「うお戻った」
 

 パッと離れて上がった顔は、打って変わってキラキラとしている。
 ヤッターと握り拳を作ってはしゃぐ姿からは、本当に最初出会った時の面影は一切感じられない。
 でもそれでも、喜ぶ姿を見ていると胸が暖かくなってゆくのがわかった。
 間違いなく、この屋敷に来て一番見れて良かったのは彼の笑顔だろう。
 

「では早速帰る手配をしておきますね。こちらの都合上どうしても到着は明日の朝にはなりますが、それで大丈夫でショウカ?」
「大丈夫だけど良いの?そこまでしてもらっちゃって」
「全然かまいません。寧ろ歩いて帰れない場所なノデ」
「おっ…おお」
 

 チューリップ頭メイドの時は頑なに隠していたのに。浮かれているのか、不思議な屋敷だってことがバレそうなことを言い始めた。

 もう何も聞かないでおこう。


 ◇

 
 朝日が出るよりも早い時間。
 屋敷の外は霧に包まれている。
 
 歩いて帰れない。と言っていたことから馬車でも来るのかな、と思い辺りを見渡すが一向にそんな気配は無い。
 なんだか妙に落ち着かなくて、まだこの時間は寒いからと着せてくれた外套に少し触れる。
 
 暫くそうしていると、急に真隣に立っていたノイたんが遠くの方を見ながら「そろそろデスネ」と呟いた。


「テスさん」
「はっはい」
「向こうの着いて今までのことを聞かれたら『暴漢をやっつけて動けずにいたら、保護してくれた医者のところにいた』と言っておいてクダサイ。場所を聞かれたら『行きも帰りも眠っていたからわからない』で、便りが無かったのは『書ける状態じゃなかったから』ト。良いデスネ?」
「それで誤魔化せるかな」
「大丈夫デス、これだけでもう皆さんこちらの場所については聞きマセンヨ」
「わかった。そう言っておくね」
「ありがとうございマス、デハ…」
 

 互いに向き合うと、外套のフードをしっかりと被せてくれた。
 
 チュッ
 
 そのまま顔を近づけたかと思うと、聞き馴染みのない音と共に少しフニとした感覚が額に残る…これって、もしかしてこれって
 
「ハハッ!じゃあまたすぐに会いに行きますからね、楽しみにしていてくだサイ」


 ◇

 
「おいテスタ!テスタってば!!」
「うぇ…あぁ?」

 
 誰かに肩を強く揺さぶられ、目を覚ます。
 あたりの眩しさから眉間に皺を寄せていると、徐々に顔馴染みの使用人仲間が、驚いた顔でこちらを覗き込んでいた。
 

「あっ起きた、お前何にも言わずにひと月もどこ行ってたんだよ!?皆んな心配してたんだぞ!」
「皆んな…そっか、帰って来たんだ…」
「大丈夫か?なんかボーっとしてっけど」
「大丈夫。ちょっとハッキリしてきた」
 

 周囲を見渡すと、見慣れたガルボン邸の門の前にいる。

 どうやら自分はここで倒れていたらしい。
 最後に何があったか思い出そうとしても、浮かんでくるのはノイたんのあの言葉と笑顔と…
 
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「だぁっ!?なっなんだよいきなり!?」
「わからんっ!急に胸の奥が締め付けられるこの初めての感覚っ!!口角が上がるのが止まらん!!なにこれ!?」
「えっなにその顔怖っ!お前ちょっとおかしくなってんだよ、もうすぐミリアムさんも来るだろうからちょっと落ち着けって」
「真意を確かめたい…問い詰めたい…流石の私もチュッが何かぐらいわからぁ…」
「あもうダメだ、手遅れだわ」
 
 なんだかもう全身がソワソワorワァワァとお祭り気分で寝っ転がって暴れてしまう。
 恋愛や結婚に興味の無かった私でも、生まれて初めて他人からチュッをされ、しかもそれがあのドドド綺麗でキュートなノイたんからだと思うと興奮が抑えきれない。
 

「ほら、ミリアムさん来てるぞ」
 

 もう暫くはこのままなんじゃないかと思っていたら、その一言で我に帰った。
 
 屋敷の方を見ると、ミリアムさんが喜んでいるのか怒っているのか、ホッとしているのかわからない表情を浮かべてこっちに走って来ている。

 後ろには先輩・同僚のメイド仲間だけでなく旦那様に奥様に坊ちゃんに…厨房の皆んなや庭師のスキッパーさんまでいる!(これはかなりレアだ)
 
 駆け寄ったミリアムさんに抱き締められる頃には、屋敷のフルメンバーが大集合していた。

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