眷属少女のブーケット

破裂



「それで僕言ってやったんだ!『いいえ、これはペンです』って!!」
「おおっその言葉って使う時あったんですね!?」
「うん!先生もクラスの皆んなもビックリしてたよ。それで一瞬静かになって、今のテスタみたいに笑ってたんだぁ」
 

 そう、興奮して腕を振りながら今日学校であったことを喋る坊ちゃんはとても楽しそうだ。この笑顔を見るためならあの時殴られた甲斐があったなとつい思ってしまう。
 
 今は馬車の中。
 こうやって通常業務に戻ると、約束していたにもかかわらず中々帰らないノイたんに手を振りながら「次来る時は勝手に屋敷に入っちゃダメだからね!古本屋前で待ち合わせ!」と慌ただしく見送ったのがまるで夢のことのように感じる。
 
 曲がり角前でなんどもチラチラ振り返る姿は学校に到着した時の坊ちゃんによく似ていた。
 背丈だけで歳上だと勝手に思っていたが、案外私と歳が近いのかも知れない。
 

「ねぇテスタ」
「ん、どうしました?」
「また明日も…テスタが迎えに来てくれるよね?」
「明日?明日の担当は確かバーバラだったはずですが」

(おいおいバーバラ泣いちゃうぞ)

「だって!テスタ急にいなくなるんだもん!!約束してないとまたどっか行っちゃいそうだから…」
「それは…」


 不意に馬車が止まった。
 
 おかしい。屋敷に着くまではまだ時間がかかるはずなのに。
 嫌な予感から振り返って連絡窓から外の様子を伺う。
 
 するとガラの悪い男が道を塞ぐようにして前に突っ立っていた。坊ちゃんに静かにするよう合図をし、他の窓からも見てみると…全員合わせて5人の男が馬車を取り囲んでいる。
 
「おい!このまま馬車に火ぃつけられて丸焼きになりたくなかったらさっさと出てこい!!」
「ガルボン家のお坊ちゃん様が乗ってるってことはもう調べがついてんだよ!!」
 
 男達はそう言って、手に持っていた松明に火をつけた。
 アレを馬車に投げ込まれては流石にたまらない…御者であるマシューさんとアイコンタクトを取ると、不安そうな坊ちゃんを「今のところは従いましょう」と抱き上げる。
 
 馬車から降りた途端にワッと囲まれた。
 

(困りましたね。まさかここら辺にこんな物騒な連中が居ついてただなんて)
(いやこんなのいたら絶対情報入って来るはずだろ。坊ちゃんに目ぇつけたってことはコイツら初犯でガッツリ稼ぐつもりか)
(なんにせよ、アホっぽい見た目の割には相当計画立てて来てるみたいですね)
  

「坊主は人質だからな、絶対に傷付けるなよ!」
「あとの御者とメイドはどうします?」
「メイドの方もまだガキだからな…好きにしろ」
「へへっりょーかい」
 

 マシューさんとこっそり会話する間にも、連中はナイフと松明をかざしてにじり寄って来る。
 打開策を考える時間は無い。覚悟を決めて、またマシューさんに静かに声をかけた。
 

(マシューさん。この5人は私がなんとか抑えとくんで、その間に坊ちゃん抱えて逃げてください)
(…お前はそれで良いのか?)
(皆んなで決めたじゃないですか、もしもの時は『坊ちゃんファースト』って)
(わかった…死ぬなよ)
(押忍!)
 

 言い終わるのと同時に地面を蹴り上げ、砂埃を飛ばす。
 虚を突かれた連中は目に砂が入らないよう瞳を閉じて後ろに下がった。
 
 もちろんその隙は逃さない。
 
 目の前にいる、リーダー格らしいハゲ男に体当たりした上ですかさずアッパーを入れる。男はそのまま、私の身長以上の高さの弧を描いて馬車に叩きつけられた。
 
 次に両隣にいた男が、私を挟み撃ちにするようにナイフを構えて飛びかかって来る。

 が、
 

「うごっ」
「あべっ」
 

 ミリアムさん直伝の『ガルボン拳法』を習得している私の敵ではない。グッと屈んで、相手がお互いのナイフで肩を突き刺し合うのを狙って巻き込むように回し蹴りをキメる。
 
 残るは2人だ…今度は相討ちにならないように、お互いバラバラのタイミングで振り回されるナイフを避け、落ちていた松明を拾う。
 強くフゥッと息を吐きかければ、飛んでくる火花をもろ被りして悶絶している2人の腹部めがけて蹴りを落とした。


「ぎゃっ」
「んぐっ」
 

 ここでふと、違和感に気付く。
 おかしい、なんだか調子が良すぎる気がする。体が軽いというかパワーに溢れているというか…いつもだったらこんな風に大男5人を圧倒するだなんて絶対にできないはずなのに。
 

「マシュー!」
 

 首を傾げる暇もなく、坊ちゃんの悲鳴が飛んで来た。振り返ってマシューさんと逃げたはずの方向を見ると、さらに2人の大男に囲まれている!


(嘘だろもっと仲間がいたのか!)
 

 マシューさんは倒れてうずくまっていた。片手で押さえた腕からは血が流れているようだ、この2人に切り付けられたんだろう。
 
「大丈夫!?しっかりして、ねぇ!!」
「チッうるせぇガキだな、本当に」
 

 そう言った男が片足を上げる。坊ちゃんを蹴り飛ばすつもりだ。
 
 理解した瞬間、己の中で何かが爆発したような気がした。
 

「坊ちゃん!!」

 
 思考よりも早く、地面を蹴って飛び上がる。
 炸裂した飛び蹴りはかなりの距離が空いていたにも関わらず───坊ちゃんの近くにいた男2人を蹴り飛ばし、後ろの大木に叩きつけるぐらいには余裕で届いた。

 背後から、誰かが近づいて来る足音がする。
 
 振り返った勢いのまま殴りつければ、松明を構えたあのハゲ男の頭が、トマトのように潰れる。
 
 もうヤケになったように悲鳴をあげながら、ハゲ男に続いてナイフを振り回す残りの男達。
 
 マシューさんの治療のためにも、もうこれ以上は奴等を構いたくない。そんなことを考えながら、先頭にいた男の胸に右腕を突き刺して心臓を引き抜く。
 
 流石にこれには仰天したのか、残った3人は腰を抜かしたように逃げ出した。
 
 辺りが静かになった途端、さっきとは変わって頭の中が冷えていくような感覚がする。
 
 今、自分は何をした?と
 
 周囲を見渡せばほとんど血のだらけだ…木に叩きつけられた男も、頭を潰した男も、心臓を抜かれた男も、
 
 そして私自身も。
 
 ゆっくりと坊ちゃんの方に振り返る。
 
 すると目があった坊ちゃんは「ひっ」と声を上げて震え出した。


「ぼ、坊ちゃ」
「いやっ!」
「…」


 ギュッと目を瞑り拒絶されてようやく、自分がとんでもないことをしてしまったことに気がつく。
 
 反射的にその場から逃げるよう、森の中へと走り去った。
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