月が青く染まる夜に
プロローグ
夜空を見上げると、三日月がひっそりと浮かんでいた。
澄んだ夜空ではなく、薄く雲がかかった冬の空。
その淡い光に、思わず立ち止まりそうになる。
私の胸はざわついていて、冷たい空気の中でもなぜか熱を帯びていた。
横に並ぶ彼。
歩幅は自然に合わせているけれど、視線は地面に落ちたまま。
赤く変わった信号機の光が、彼の横顔を淡く照らす。
その光と影に、心の奥がぎゅっと締めつけられる。
どうしてこんなに意識してしまうんだろう。
冬の夜の静けさのせいだけじゃない、私の胸のざわめき。
「…あのさ」
なんとなく声をかけると、ようやく彼の視線がアスファルトから私へと移った。
怪訝そうで、でもどこか優しいその瞳に、胸がぎゅっと掴まれた気がした。
視線の重みが、心臓の奥までじんわり届く。
「夜にかじられた惨めなお月様よ〜、ってこんな曲なかった?」
うろ覚えのメロディーを口ずさむ。
彼は少し遅れて頭上の三日月に気づく。
そのとき、彼の視線がすぐに私の頬にひっかかった。
わざとらしくないのに、確かに見ている。
「そんな発想はなかったです」
「私もないよ。なにかの曲でそんなのあったなぁって」
「言われてみればもなかみたいですもんね、月って」
────────もなか…?
彼の言葉は、赤い信号の光に溶けて、暗闇にふっと消える。
口の中でざらりとして、くっついて、とろりと溶ける感覚。もなかみたいに。
まるで彼の存在そのものが、心の奥に落ちていくようで。
ちらりと彼を見つめると、彼も私をじっと見ていた。
慌てて視線を逸らした先のアスファルトに、赤と青の信号が交互に揺れる。
ついさっきまであんなに地面を見ていたのに、今度はずっと私から目を離さない。
そんなのずるい。