扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
一瞬だけバツが悪そうな顔をしたシェイルが、床に腰を下ろす。
あの日の再現の様に扉を境に二人は向き合った。
「ありがとう。って言葉だけじゃ伝えきれないくらい感謝しています。もう二度と会えなくなっちゃうのが、ぶっちゃけ今でも信じられないんだけど、シャールの事は一生忘れないと思う。いつまでも健康でいて、幸せな日々を送ってください」
正座し三つ指をついて頭を下げた凛子には、シェイルの表情は伺えない。
だがしかし頭をあげようとした凛子の視界に、とんでもない物が飛び込んでくる。
仕事道具の詰まった鞄やらが石床に放置されている。
「シャールやばい! あれとってきて」
騒々しく少し離れた所を指差す凛子に、シェイルは我に返ったように視線を巡らせる。
彼女の荷物が一カ所に纏めておかれてある。
鞄やら細長い棒やらを引っ掴み、凛子に放り投げる。
その際、鞄に刺す様にして突っ込んでいたミアリエルからの書簡が転がり落ちる。
「なんで最初から運んでいないんだ」
「だってこんなすぐとは思わなかったんだもん! シャールあれも! 書簡!」
騒ぎながら可笑しくなってくる。
しみじみと別れを告げ、その時を待つよりか、ずっとマシかもしれない。
「この衣装箱はどうする?」
「そんなのいらないよ! 書簡だけでいいって」
ディエルが記念に、と用意してくれた衣装箱には、あちらで生活していた際に身につけていた衣服などがぎっしり詰まっているのだが、そんなものを持ち帰っても使用用途が無い。というか、使用してはいけないモノだ。
未知なる素材がうっかりとこの世に出てしまうかもしれない事を想像するとぞっとする。いつか処分しなければいけないのなら、最初から持ち帰るべきではない。
シェイルの手が書簡を掴む。
「ついでに朗読して! 読め無かったんだそれ」
「何、言っている――」
その刹那、凛子はもしかしたら境界を少し越えていたのかもしれない。
眩い光が弾け、叩きつけられる衝撃。
床石に鼻を打ち付け、あまりの痛みに、気が遠くなる。
ごろりと逆向きに転がされ、肩に圧力がかかる。
混乱に揺らぐ視界の中、扉が形状を崩し、雲散してゆくのが見えた。
そしておりてくる鈍色の切っ先。
錆びた鉄の臭いが広がる。
「このような場所まで入り込んだ侵入者は、久しいぞ」
暗い声、暗い瞳。
「さて――」
額づくように凛子に顔を寄せた男の亜麻色の髪が落ちる。
酷薄そうな笑みを浮かべていた唇が開かれる。
「――どうしてくれようか、女」
第三章 彼女の日常、彼の憂鬱 <了>