扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
ぽんぽんと頭を叩かれ、途端に鼻の奥がツンとしてくる。
立ち上がるシェイルを凛子は目で追う事しか出来なかった。
「万が一の事態を考えるとお前はここに居た方がいいな」
「え、ちょっと」
「会えて良かった」
遠ざかる背中を呆然と見送る。
部屋を繋ぐ扉は未だ開かれたままで、彼の部屋と自分の部屋がひとつの閉鎖空間を作り上げているのは確かなのだが、自分が座っている場所からシェイルの姿が完全に見えなくなると、凛子はかなり慌てた様子で玄関へと向かった。
「私はまだ、さよなら、とか言ってないんだけど!」
怒鳴りながら石造りの部屋へ足を踏み入れると、指を組んで長椅子に座していたシェイルがぎょっとした表情で立ち上がる。
「何やっているんだ! いいから戻れ!」
もの凄い勢いで両肩を掴まれ、ぐいぐいと押される。
「痛いって!」
「戻れ!」
「だから、さよならって」
「わかった! いま聞いた!」
「そういうアレじゃないでしょ! なんかもっとちゃんと言わないとすっきりしないっていうか」
「お前の言いたい事は判る気もするが、戻れ!」
えらい剣幕に、凛子も負けじと勢いづく。
「今生の別れだってのに、なにそれ!」
互いの部屋を繋ぐ境界付近で押し合い、なんとか凛子を彼女の部屋へと押し戻したシェイルは、額を手で押さえる。
息を乱しこちらを睨み上げる女に対して、説明が足りないとは思ったものの、懐から出した物を突きつける。
昔懐かし水銀体温計のようなものを翳され、凛子は胡乱な目になる。
黒色のラインと白色のラインが同じくらいの長さで伸びている。
「刻計だ。半刻程度と定義されているから、今にも切り離される可能性が高い」
主語もろもろがすっとばされた言葉からは、シェイルの焦燥が伝わってくる。
いつぞやの時のように、いつ互いの空間が切り離されるかは判らないらしい。
じわりと黒のラインが僅かに長さを伸ばすのを認め、凛子はこくんと頷いた。
「じゃあ、せめて最後のときまで、見える所に居てよ。シャールはそっち座って。いい逃げって良くないと思う」