扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

「それにしても、エイゼル。いっつも付き合わせてるけど、恋人とかいないの?」

 凛子の問いに、エイゼルはシシルドを喉に詰まらせた。

「……居ない」

 共に成人はとっくに済んでいる、妙齢の男女だ。傍から見たら、恋人同士のように見えなくもない。先程カトレアの浮かべていた表情からも、彼女がそう想像しているのだろうと、伺える。

「気になる人も?」

 探るように上目遣いをすると、エイゼルは凛子をじっと見つめ返しながら、複雑な表情を浮かばせた。

「気になる人、というか……気にしてくれている人は、居る……かも?」

 唐突な爆弾発言に、凛子はぱちぱちと瞬きをし、唇を緩ませ、身を乗り出す。

「え、え、どういう事? 気にしてくれている人は居るかも?」

「まあ……どうしようも出来ない状況っていうか」

「なにそれ! 仕事忙しいから?」

「それもあるかな……、今は中央居るけど、許されるならまた外出たいしなあ」

「諸国漫遊だっけ?」

「言っておくけど、遊んでた訳じゃないからな!」

 話が逸れて、エイゼルの勢いが戻る。

「じゃあ、何で? 遠いとこに居るとか? あ、地元の幼馴染系」

「内緒、そういうリィンは」

 どうなんだ、と問い返そうとして途中で止める。

 が、しかし凛子はエイゼルの中途半端な質問に「そうだねえ」と遠い目をした。

「流石に三十位までには、誰かと結婚とかした方が良いんだよね。ここで生きてくならさ」

 現代日本に比べ、アゼリアスの平均結婚年齢は低い。特に女性は二十代半ばを過ぎると、殆どが家庭に入っており、一人目の子を持つ。例外は王宮勤めなのだが、それでも三十過ぎて独り身の女性は非常に少ない。自助自立しているという人間は、凛子の狭い交友関係の中では、聞いた事が無かった。

 その第一号になるかもしれない、という予感もある。
 異世界から来た人間を、積極的に娶りたいとは思わないだろう。
 それ以前に、誰かと恋愛関係に陥る状況になれる気がしない。

 こうして二人きりで出掛けた事がある異性は、エイゼルを除くと図書院のヒューゴ。ラストゥーリャかシータ家の家令。それから大聖堂の大神官ディエルなのだが、ラストゥーリャはアゼリアス聖王国六大公爵家の跡取りであるし、ディエルに至っては王族で聖職者だ。

 ヒューゴは平民だと言っていたが、凛子よりも年下の二十一歳。気の置ける友人というレベルではなく、まだ会話に気を遣う他部署の人間という雰囲気であるし、積極的に恋をしていくような気持ちにはならない。彼らに比べると、確かに自分の一番身近な相手はエイゼルだった。しかし、そういう対象としては最早見られない。

 そもそも恋愛は無理にするものでもない。
 気が付いたら、落ちているものだろう。

 学生時代の恋人の顔を思い浮かべ、苦笑する。
 勿論、結婚は猶更別だ。
 
 が、今から未来を憂えている場合では無かった。
 明日からは、新しい職場で一からやり直しだ。庇護者の腕の外で、一体自分がどこまで出来るのか。そして認めさせることが出来るかの戦いが始まる。
 
「ま、私の話は置いといて、エイゼルの恋愛話ききたーい!」

 凛子は自嘲するような笑みを掻き消した。

「だーからー、恋愛とかそれ以前の問題なの! ほら、陽が暮れる前に、買い物済ませないとまずいんじゃないの?」

 何かを思い出したのか、瞬間耳を赤く染めた目の前の男に、揶揄いの眼差しを向ける。降参のポーズをとった男は、テーブルの上の物を片し、さっさと立ち上がった。
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