扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
「特産品といえばコメという穀物を探しています。パンや麺と同様に主食としていた穀物なのですが」
「コメ」
「あ! 正確に云うとイネっていう穀類の果実部分なんです。果実部分がコメ。私の国ではそれを炊いたり蒸したりして食べるんですが、色は白くてもちもちして仄かに甘くって、すごく美味しいです!」
勢いよく力説し始めた凛子は、若干前のめり気味の体勢になる。が、そんな自分の行動に驚いたような表情を浮かべ「すいません」と、また大人しく座りなおす。
「ともかくそのコメを、主食としてずっと食べていたものなので、この大陸にあるなら食べてみたいです。穀物として勿論保存もききますし、主食以外でも餅や麺やパンなどに加工できますし、長期保存可能なようにも加工できますし。麦やトウモロコシにも劣らない優秀な穀物かと思います!」
先程と打って変わったようにいきいきと語る女の様子にローワンは呆れた様な顔をする。ウェントワースは対照的に、目尻を柔らかく細めている。
「長期保存可能な加工をすると、どのくらい持つのかな?」
「うーん、冷凍庫……凍らせて保存できる場所だったら、たぶん一年位は持ちます。お水につけておくと三ケ月位はそれなりに保てるかな、と」
「でも、それだと携帯糧食としては使用しづらいかな」
「あー……常温だとカビちゃうかもしれませんけど、加工後も二週間程度ならそこそこ美味しく食べられるので、携帯糧食としての使用と長期保存の加工は別物と考えた方が良いです。私たちの場合、加工品は非常用の食糧として個人的に保存しておく、みたいな感じです。集団での移動を伴う際の食糧として使用するなら、日数を逆算して加工すれば使用できるかもしれませんね」
「成る程、端的で判りやすい説明だね」
さて、実に有意義な時間だった、また良ければ話をしよう。と食事を終えたウェントワースが席を立つ。ローワンは凛子を一瞥した後、声を掛ける事も無く、彼の上司を追う。
シェイルの上官である彼とは、上手くやっていけるだろうか。
米食に関して、更に熱弁を振るいそうになってしまったが、恐らく彼が尋ねたかったのはそのような話ではない筈だ。しかし、凛子にはウェントワースの真意をすぐさま量れるほど、彼と親しくはない。今朝初めて顔を合わせたのだから。
人間性を判断しようとしているのか、もしくは仕事に対する技量を見極めようとしているのか。ウェントワースは、見た目だけは親しみ易いものの、外見や雰囲気だけで人を信頼するのは、この世界で無くとも難しい。
ただし彼らがシェイルの副官とその秘書官である以上、これからも頻繁に顔を付き合わせるのは不可避である。
軍本部のある外宮から続く建物への回廊を歩いていると、今度は左将軍であるカインズ老公を行き逢う。つい癖で、軽く会釈しようとし、慌てて敬礼の形をとった。
鷹揚な笑みで行き過ぎる老公の後ろを、少々きつい目元をした紅色の髪を両サイドで結わえた少女が書類を抱えて続いていた。カインズ老公の私設秘書業務を担当している少女は、カインズ老公の孫娘。成人したばかりのエイミーレイは、正確に云うと軍属ではない。現状はあくまでも私設秘書である。
そういった役職を身近に置くことが許されているのは、カインズ老公もまた地位ある役職に就いているからであろう。とはいえ、件のエイミーレイも年始からの正式任官は決定している。少し早めの職業体験という所だろうか。現代日本でいう所のインターンシップである。
凛子はこれでも既に正式任官されている為、エイミーレイとは境遇もかなり違うのだが、向こうからすれば中途半端な時期に軍に出入り始めた新人という点では同じである。
カインズ老公の一行が行き過ぎるまで、壁際に身を寄せて立ち止まっていた凛子の様子を上から下まで不躾に見た後、少女は、つんと思い切り顎を反らし顔を横に反らす。いっそ清々しいほど前面に出ている敵意のようなものに嘆息しつつ、凛子は右将軍の執務室へと続く階段を上り始めた。
やはり、天文院とは違いのほほんとしては居られなそうだ。待ち受ける四面楚歌の状況から逃れる手があるわけもなく、入室したと同時に「遅い」と憮然と投げかけられた低音に、凛子は心の中でもう一度盛大な溜息を落とした。