2Kの君~終電帰りの限界OL、2Kの扉を開けたら異世界騎士の部屋でした
 そのまま引き寄せた体は、見かけどおりやはり華奢で暖かい。
 啄ばむ様に、角度を変え、そして深く。
 息苦しさを覚えた凛子が、小さな抗いを見せるまで何度も。
 腰に回された腕の感触に、現状に気がついた凛子が騒ぎ始める。

 ゆるく抱き寄せているのにも関わらず、腕の中で騒ぐ女は檻から逃れられない。
 ややして諦めたように、ことんと胸に押し当てられた額に、シェイルは乱れた髪を手櫛で整えてやった。

「特に、意味はない」

 そんな言葉をかけると、凛子の石化が融解する。

「なんとなくって、やつだよね」

「ああ……」

「……吊り橋理論、ストックホルムシンドロームの方かな」

 凛子の言葉は、時々自分に通じない事がある。

 凛子の推察によると、自分の世界に無い単語は、自動翻訳されないのでは無いだろうか、との事だった。
 出会いこそは最低だったが、この女はそこら辺にいる浅慮な女とは違う。
 少なくとも己の人生のうちで、初めて会った種類の人間だ。

 実際、いくつもの偶然が重なり扉が繋がらなければ会う事もなかったのだが。
 真っ直ぐ自分を見つめ、はっきりと物を言い、けれども感情の機微に聡く、他人の心に土足で踏みあがらず、踏みあがらせず。
 適度な関係性を保つこの女と、もっと話をしていたかった。

「んーっとね、前者は一時的な緊張状態における錯覚で、後者は閉鎖空間における非日常的体験の共有から生まれる無意識の友愛」

「この状況を的確に表しているな」

 ――けれども。

「継続的には発展しないらしいけどね。元に戻れば……って、明日月曜日だよ! うわー仕事どうなるんだろ。ついでに、食料の在庫がそろそろやばいんだよね。餓死は避けたい」

 場を和ませるかのような口調に、シェイルは強く凛子の体を抱きこんだ。

「二昼夜」

「な――」

「――二昼夜、だ。扉が繋がって作り上げられた空間が保つ時間は、二昼夜」

「え……じゃあ……」

「半日も経てば、戻る。お互いの現に」

 沈黙が降りる。
 凛子はシェイルの胸に手をついて顔をあげると、正体不明の感情が綯い交ぜになっている青灰の瞳に微笑んだ。

「……なら、良い子のシャール君には、最後の晩餐にとっておきの非常食を振舞ってあげる」
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