扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
「これは……」
「隔離結界の、改良版です」
ラストゥーリャの説明に、凛子は首を傾げた。
隔離結界というのは、はじめて聞く単語だった。
「あの時の術式陣を、さらに調整したんですよ」
「あの時の」
複雑そうな顔で、ラストゥーリャの言葉を繰り返した凛子に、ミアリエルが話題を変えるように、ぽんと手を叩いた。
「わたくしも、魔力をお貸ししたのです! 褒めてください。あとエイゼルも少し」
「俺も、結構注ぎましたよ。もうへろへろ……」
にこにことしながら期待した目でこちらを見るミアリエルに微笑みを返し、凛子は彼らの話の内容が全く理解できないまま「おつかれ」とエイゼルにも声を掛けた。
「貴女の世界と、もう一度繋がるかもしれない、という事です」
色々な説明を端折って告げられた言葉に、凛子は思わず息を呑んだ。
「え、え、どういう事? 本当ですか?」
「ただし――まだ実験段階なので、時間制限があります。空間の範囲も貴女が居た室内の中だけ。つまり箱庭のようなものです」
唐突な宣言に、唖然としていた凛子が、震える声で呟いた。
「家族に、私がここに居るって伝えられるかもしれない……」
「ええ、最終調整をしたいので、生体検証にお付き合いいただけますか?」
迷わず、頷いた。
エイゼルとミアリエルが凛子の両側から彼女の腕を取った。
ふと、よぎる既視感。
ミアリエルが励ますように、顎を上げて笑顔を作っている。
「大丈夫ですわ。私たち、数多の試練を共に打ち砕いてきた仲間なのですから!」
「数多の、試練……」
ぶつぶつと、小声で反応しているエイゼルを、ミアリエルが軽く睨みつける。
いつもとまるで変わらない調子の彼等に、凛子は思わず笑いを落とす。
数多の災難、といった方が正しいかもしれない。
特にエイゼルにとっては。
くすくすと笑う凛子の脇を、エイゼルが肘で突く。
ラストゥーリャの眉間に皺は寄っていない。
場に居る三人にそれぞれ指示を出し、板の上に彼は掌を翳した。
室内中の空気が彼の掌に向かって流れていくような感覚。
「今日は、あくまでも検証ですからね、中には入らないで下さい」
蒼と緑と黒の光が収束し、幽かに震えたのちそこにマンホールサイズの穴が出現した。
底が、見える。
数メートル程度下にあるのは、見慣れた自分の部屋だった。
「あ……」
部屋は相変わらず、散らかっていた。
床には、雑誌や服が散乱している。
テーブルの上には、カップ麺の空容器。
恐らく一年ぶりくらいに見る自室は、懐かしさと共に、彼女に反省を促していた。
エイゼルが、興味深そうに穴の中を覗き込む。
「これは、部屋……? なのか……?」
「うう……一応……」
ミアリエルもまじまじと穴の中をのぞいている。
ラストゥーリャが興味深そうに、散乱しているコンビニのビニール袋について、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。
わりと感動的な場面な筈なのに、カップ麺や空き缶の用途について説明していて、凛子は最終的に大きな声で笑いだした。
「はー、ほんとこうして上から見ると汚い!」
「お掃除してくださる方は居らっしゃないの?」
「そういうシステム……制度もありますけど、基本的に自活ですよ! 私のところは」
「リィン、そろそろ閉じます」
ラストゥーリャが、残念そうな声をあげた。
「少々、結界が、不安定になってきていますので」
凛子は、名残惜しそうに部屋を見おろした。
もし次に帰れる時が来たら、やっぱり最初にするのは掃除だろう。
穴は、じわりと輪郭をぼやかして、静かに閉じた。
「また――繋がります?」
凛子の問いに、ラストゥーリャは確信をもった目つきで、頷いた。