扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

 アゼリアスからは遥か遠い南の土地。乾いた砂漠を抜けて蒼海の臨む丘の上に、石造りの小さな修道院跡がある。何年も使用されておらず、最も近い集落からも徒歩で数日かかる、そんな不便な場所で、片腕を失った方の袖を結びディエルは本の山に囲まれて座る。

 日差しだけが友。紙の音だけが世界。
 だんだんと朧になっていく記憶を確かなものとするのに記録だけが頼りだった。
 彼も、彼女もこのような感覚だったのかと、ただ思う。

「こんな結末で良かったか? リゼット」

 隣には誰もいないのに問いだけが零れ落ちる。
 古禁呪と契約する代償として引き換えたのは、己の大切な物。
 文字を書く利き腕と、固執していた相手に対する感情。

 感情を消し去った筈なのにも関わらず、どこか痛むような気がする。
 その違和感だけが、今や彼が生きている証拠だった。

◇◇◇

 ラストゥーリャの第二研究室は、魔術院塔の地下にある。
 最上階は執務室と第一研究室と一部の資料庫で、倉庫と第二研究室は地下室だった。

「トゥーリャさん、呼んでいるって聞いたけど――」

「おお、リィン」

 少しかび臭い階段を下りた先の戸は開け離れていて、見慣れた顔が揃っていた。
 魔術院の庁であるラストゥーリャ、彼の補佐官であるエイゼル。

 それから王室会議顧問官と成り、外宮を走り回っている若き王族の姫君であるミアリエル。凛子にとっては皆心を許している相手である。

 どういった理由で、異世界に辿り着いたのかは記憶にない。
 記憶にはないのだが、このアゼリアス聖王国は凛子にとって、既に馴染み深い場所となっていた。

 人物を構成する色合いが似ているという点から、ラストゥーリャの遠縁の娘として、新たな戸籍を得て、今は彼の元でエイゼル同様、業務サポート役に徹している。

 一時期は軍本部で秘書をしていたのだが、上官とは反りが合わなかったのか、既に任を解かれ、一番最初の職場へと復職していた。

「ちょうどよかった。見てもらいたいものがあるんです」

「何ですか?」

 ラストゥーリャが示した机上の装置は、卓の天板と同じサイズの銀製の板に、複雑な紋様術式の陣が刻まれているものだった。
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