扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
「だって、何にも言わねーんだもん。坊ちゃん」
「坊ちゃんと、言うな」
「んじゃ殿下」
ぎろりと睨み付けられ、レイモンははいはいと答える。
「聖王騎士団 右将軍 ヴェイル・シェイル・ガーラント・エレ・ラ・アゼリアス閣下」
「長いな」
何を言っても駄目なようである。
「――夜会で何かあったか?」
レイモンの言葉に、シェイルは「ああ」と低い声を出す。
やっぱり話を聞いてもらいたかったんじゃないか、とレイモンは密かに笑うが、上官の名誉の為に何も言わなかった。
不機嫌をそのまま顔に貼り付けている光雷の騎士は「坊ちゃん」と呼んでいた頃と大して変わりが無いように見え、懐かしかった。
どうやらレイモンの想像通りの饗宴が繰り広げられたらしい。
アゼリアス聖王国の珠玉が一人、皇太子は隣国トゥリローゼの王女を妻とし、二人の間に皇太孫である第一皇子が目出度くも誕生したのは九年前。
聖王庁の大司祭である第三王子はともかくとして、未だに独身を貫く第二王子の立場は、軍属である事も手伝い、なかなか難しいようだ。
国中の年頃の娘の憧れである聖王騎士ともなると、女の影が皆無という事はまずない。
シェイルも、それなりに浮名を流してはいるが、噂になる相手はいつも後腐れの無い相手ばかりだ。
一回りも上の未亡人であったり、妓楼で名高い美姫であったり。
実は、本人の与り知らぬ所で、本命は蔦薔薇の麗しの君なのでは?
などという下手すると不敬罪になりかねない噂も流れている。
と言うのも、シェイルのお相手はだいたいが黒みがかった髪をしているからだ。
室内では亜麻色に色味を落とす髪は、光に透けると、純度の高い黄金色に輝く。
光と対成す要素は闇。
黒は闇を象徴する色だ。
無意識のうちに、対なる魂を捜し求めているのかもしれない。
「そうだな……いっそのことお前の娘をくれ、レイモン。苦労はさせないぞ」
「ちょ、うちのレイラちゃんは三歳だぞ! 今度は幼女か!」
レイモンは愛娘の安全を確かめるように、視線を彷徨わせる。
……娘は濃緑色の髪をしていて、角度によっては、黒にも見える。
いやいやいやいや。そこまで想像して、だから有りえねー……と冷や汗を流す。
そういえば、ここ最近、光雷の騎士さまの、浮いた話を聞いていなかった。
「冗談も通じないのか」
「んな、怖い顔で言われたら、思い詰めるあまりって想像しちまってもおかしくねえだろうが!」
「いろいろ面倒だな……」
クァルツ支部隊の執務室を、本来の主に返したシェイルは、鍛錬場を冷やかすと、そのまま奥の建物へ足を運ぶ。
気晴らしにレイモン相手に軽口を叩いたものの、このまま王城に戻る気分には結局なれず、半ばこじつけのような理由を探し、そこの扉を開く。室内は転送の術式が彫られた床石が並んでいる。
目的の座標が示されいる物の上に立った彼は、魔力を注ぎ込んだ。