扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇
蒼穹にゆったりと雲が流れている。
午前中、ラストゥーリャの執務室に呼び出されていた凛子は、昼食を済ませた午後、腹ごなしを兼ね、エイゼルと連れ立って外宮を歩いていた。
過ぎる景色は目新しい。
回廊から見下ろす庭園の彩りは、昨晩シェイルと歩いた場所にも似ているような気がする。しかし陽の光に浮かぶ花々は色鮮やかで、昨夜の秘め事が満ちた場所とは反して、健康的な印象の方が強い。
右手に見える堅牢な城門は開放されており、人の出入りが多く活気に溢れている。シェイルが身に着けていた制服に似た格好の青年達が、城門を護っているのが、彼女達の居る建物の二階部分から良く見える。エイゼルが着込んでいる物と揃いの服は、官吏服か何かなのだろうか。どこか役所と似た雰囲気の漂うこの一角でよく見かける。
「折角だから、街の様子も見せてあげたいんだけどね」
城下町へと伸びる道に、好奇心をおさえきれない様子の凛子に、エイゼルはそうひとりごちるが、許可が下りるかどうかは不明である。
彼女の存在は外宮において、異質だった。この場所を訪れる者の殆どには、明確な目的がある。それが彼女には無い。ただ、帰る日を待っているだけ。思えば、エイゼルが初めて凛子に会ったときから、彼女は彼女の世界へ帰る為の方法を探していたのだ。いくつかの単語を頼りに。
この世界ではないどこかに在るべき存在。
隣で微笑んでいる姿かたちは、自分と変わらないように見える。感情が有り、思考し、血の通う人間。――彼女の世界はここでは無いのだと云う。
ある日突然、なんの理由も無く、似ていて比なる場所へ転がり落ちてしまったら……自分ならどうなるのだろうか。基盤も、識る理も、何もかも奪われる。全く想像が付かない。だがしかし、手に届く距離に居る、凛子はそれを体験しているのだ。今尚、現在進行形で。
先ほどの会合でも、帰りたいとはっきり言っていた。
やらなければいけない仕事があるから。責任があるから。家族が居るから。皆が心配する。だから、出来るだけ早く帰りたいのだ。と――。
叡智の塔主指揮の元、彼女を送還する為の術式は順調に解析され、構築されつつある。稀有なる色持ちのこの娘は、いつか帰るのだろう。しかし、彼女と関わってしまった今、それもまたエイゼルには想像が出来ないのだった。
そこまで考え、ふと一人の人物が脳裏に浮かぶ。過去の時間で、かなり特殊な関係性を築いたであろう、聖王騎士団右将軍。凛子に特別な感情を抱いているであろう事は、彼を良く知らないエイゼルの目から見ても明らかだ。
恥ずかしながら、術式の解析や構築をかなり不得手とするエイゼルには、完璧に理解する事が出来なかったが、凛子を送還する為に将軍閣下は必要不可欠な存在らしい。彼が若かりし頃に使用した隔離結界を基礎とし、異なる界を繋ぐ。触媒はシェイルと云うこちらの世界の存在と凛子と云う外の世界の存在。当事者たる彼は、当然その事を理解している。
――特別な感情を抱いてる相手を自らの手で帰す。
「おーー! ああいうの見るのはじめて! 映画みたい!」
聞きなれない、けれども決して不快ではない、異世界の言葉が、エイゼルの思考に割り込んだ。
足早に回廊の端に寄った凛子は、身を乗り出すように石造りの手摺に手をかける。
剣戟の音が、風に乗って回廊に届く。
鍛錬なのだろうか――二人一組となって、騎士達が剣を打ち合っている様子が、彼らの居る場所からもよく見えた。
蒼穹にゆったりと雲が流れている。
午前中、ラストゥーリャの執務室に呼び出されていた凛子は、昼食を済ませた午後、腹ごなしを兼ね、エイゼルと連れ立って外宮を歩いていた。
過ぎる景色は目新しい。
回廊から見下ろす庭園の彩りは、昨晩シェイルと歩いた場所にも似ているような気がする。しかし陽の光に浮かぶ花々は色鮮やかで、昨夜の秘め事が満ちた場所とは反して、健康的な印象の方が強い。
右手に見える堅牢な城門は開放されており、人の出入りが多く活気に溢れている。シェイルが身に着けていた制服に似た格好の青年達が、城門を護っているのが、彼女達の居る建物の二階部分から良く見える。エイゼルが着込んでいる物と揃いの服は、官吏服か何かなのだろうか。どこか役所と似た雰囲気の漂うこの一角でよく見かける。
「折角だから、街の様子も見せてあげたいんだけどね」
城下町へと伸びる道に、好奇心をおさえきれない様子の凛子に、エイゼルはそうひとりごちるが、許可が下りるかどうかは不明である。
彼女の存在は外宮において、異質だった。この場所を訪れる者の殆どには、明確な目的がある。それが彼女には無い。ただ、帰る日を待っているだけ。思えば、エイゼルが初めて凛子に会ったときから、彼女は彼女の世界へ帰る為の方法を探していたのだ。いくつかの単語を頼りに。
この世界ではないどこかに在るべき存在。
隣で微笑んでいる姿かたちは、自分と変わらないように見える。感情が有り、思考し、血の通う人間。――彼女の世界はここでは無いのだと云う。
ある日突然、なんの理由も無く、似ていて比なる場所へ転がり落ちてしまったら……自分ならどうなるのだろうか。基盤も、識る理も、何もかも奪われる。全く想像が付かない。だがしかし、手に届く距離に居る、凛子はそれを体験しているのだ。今尚、現在進行形で。
先ほどの会合でも、帰りたいとはっきり言っていた。
やらなければいけない仕事があるから。責任があるから。家族が居るから。皆が心配する。だから、出来るだけ早く帰りたいのだ。と――。
叡智の塔主指揮の元、彼女を送還する為の術式は順調に解析され、構築されつつある。稀有なる色持ちのこの娘は、いつか帰るのだろう。しかし、彼女と関わってしまった今、それもまたエイゼルには想像が出来ないのだった。
そこまで考え、ふと一人の人物が脳裏に浮かぶ。過去の時間で、かなり特殊な関係性を築いたであろう、聖王騎士団右将軍。凛子に特別な感情を抱いているであろう事は、彼を良く知らないエイゼルの目から見ても明らかだ。
恥ずかしながら、術式の解析や構築をかなり不得手とするエイゼルには、完璧に理解する事が出来なかったが、凛子を送還する為に将軍閣下は必要不可欠な存在らしい。彼が若かりし頃に使用した隔離結界を基礎とし、異なる界を繋ぐ。触媒はシェイルと云うこちらの世界の存在と凛子と云う外の世界の存在。当事者たる彼は、当然その事を理解している。
――特別な感情を抱いてる相手を自らの手で帰す。
「おーー! ああいうの見るのはじめて! 映画みたい!」
聞きなれない、けれども決して不快ではない、異世界の言葉が、エイゼルの思考に割り込んだ。
足早に回廊の端に寄った凛子は、身を乗り出すように石造りの手摺に手をかける。
剣戟の音が、風に乗って回廊に届く。
鍛錬なのだろうか――二人一組となって、騎士達が剣を打ち合っている様子が、彼らの居る場所からもよく見えた。