扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
エイゼルに何かを話しかけ、不承不承といった様子で返される言葉に、レイモンが愉快そうに笑う。どういう関係なのかはよくわからない。ただ、レイモンの声音には親愛がこめられている気がする。自分は随分と無口になったものだ。と凛子は心の中で思う。
隔離結界の中に居る時以外、言葉は通じない。正確に言うと、努力をすれば通じるのだが、その必要が今は無かった。二人の会話を音楽に、歩を進め石段をおりる。
柔らかな大地の感触。芽吹いたばかりの緑の匂い。
騎士達の鍛錬の様子が、回廊の上からよりもよく見える。
掛け声。金属音。優しい風。
絵に描いたような、穏やかな王宮の午後の光景が広がっている。
陽光を受け、煌めく黄金色に目をひかれる。
その下にある青灰の瞳は、こちらを射抜くようにして向けられていた。
手を振りかけていた凛子は、動きを止める。
模擬刀を預けたシェイルが、大股で鍛錬所を横切ってくる。
「何をしているんだ」
奇妙な組み合わせの三人に平等に視線を配ったシェイルはレイモンに問うた。
「外宮の転送門が調子悪いらしく、騎獣を借りに来ました。夕刻までにはクァルツに戻らないといけないんで。クァルツからこっちへの転送門は問題無いから、騎獣は本日中にお戻ししますよ」
上司への礼をとりながら、レイモンは淀みなく答える。
「後ろの二人は」
「あーなんかお客さんらしいぞ。この坊主は賢者んところのだし、別に怪しくねえだろ?」
たちまち瓦解した部下の仮面をシェイルが非難する事は無い。が、思案するように顎に手をやる。
「たまたまそこで行き合って、折角だからうちの騎獣を披露しようと思ってな」
「あの……彼女の許可証はあります。ただ、外宮においてなので……問題があるようでしたら……」
お世辞にも友好的とは言えないシェイルの態度に、凛子は戸惑ったものの、視線に力を込めた。
あの週末と今。昨日から今日。何が違うと言われれば、何もかもが違うが、そういった目で見られる理由が特に思いつかなかった。
伝えたい事を伝えられないもどかしさ。
言葉にしなくても伝わる事はある。だがしかし、言葉にしないと伝わらない事もあるのも事実。
「いや……許可する。————良く見張っておけ」
エイゼルは、付け加えられた言葉の意味をはかりかねながら、是と頷いたのだった。
足早に立ち去ったシェイルの背を送り、レイモンはしみじみと口にした。
「うちの将軍様はまた今日もえらく機嫌悪そうだな。おまえ何かやらかしたのか」
「え、俺ですか? お話しした事さえ片手で数えられる程度ですって」
「じゃ、嬢ちゃんか? でも異国人だって言うしなあ、接点……」
空を仰いだレイモンは急に何かを思い出したように両手を打つ。そして人の悪そうな笑みを張り付かせると、囁いた。
「その娘、猊下が探していた娘だろ。異国風の顔立ち。二つの色持ち。乳白色の肌。お前がうちに保護しにきた娘」
「えっと……あー……」
「あん時、碌に顔も確認しなかったが、嬢ちゃんはその条件に当てはまるな。猊下のコレか?」
「いや、それは無いです!」
「ふうん? まー王族の近くに在る正体不明の娘に、将軍殿が注意をしていても特別妙な話ではないが。嬢ちゃん——リィン」
名を呼ばれて素直にこちらを向いた娘に、にかっと笑いかけると、微笑が返ってくる。
「そこ窪んでるから転ぶぞ」
言われた端から足元をとられ体制を崩した凛子は、太い腕に支えられた。
「わー!」
「間諜っぽくねえな。隙があり過ぎ、注意すべきところに注意がいっていない『すんげー驚いた。なんでここに穴ぼこが』って感情もだだ漏れ」
「彼女は紛う事なき一般人ですから!」
「みたいだな。お、ここだぞ。こいつらがうちの騎獣」