『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?

 と、護衛騎士の一人は神妙な面持ちになる。
 確かにそのように言われては、エルキュール殿下は不安になるだろう。
 すごいわね、たった数ヶ月で殿下の性格もある程度把握している。
 頬に手を当てて、わずかに傾けジッと見つめた。
 つまり護衛騎士もそれで納得してしまったのね。
 
「本気だったのでしょう。ユリッシュに会うまでは。本気で王子妃、ひいては王妃になろうと思っていたのでしょうね」
「や、やはり、ヒメナはユリッシュに……」
「どうでしょう? ハレノ様の話を聞く限り、ヒメナ様にとって男性というのはアクセサリであり生活うsるための道具のようなものである、とのことでしたもの。国を支える王妃という立場よりも、侯爵夫人の方がまだ責任も軽く好き放題、楽な生活ができるとでも思ったのかもしれませんわ。ましてユリッシュはモテますもの。他者から羨ましがられる生活を望んでいたようですから、殿下よりもユリッシュの方が羨望と嫉妬を集められると思ったのかもしれませんわね」
「性格が悪いな」
「殿方にはなぜか彼女のような性格の女性は見抜かれづらいのですよね。わたくし不思議でなりませんわ」
 
 ブリジット様が呆れたように頭を抱える。
 まあ、ヒメナ様はブリジット様の前で本性を晒したことがあるので騙されるもなにもないのだろうけれど。
 エルキュール殿下にはわたくしとユリッシュがなにを言っても信じてくださらなかったものね。
 
「ヒ、ヒメナが、本当にそんな、性悪な女だというのか? あんなに淑女としての努力をしていたのに……なぜ……!」
「ハレノ様に聞いたところ、ヒメナ様は他者を陥れる努力は惜しまない方だったようですわ。わたくしと初めて会った時にずいぶんプライドを刺激されたようですから、この国のやり方に沿う形でわたくしにやり返したかったのではないでしょうか? わたくしを殿下の第二夫人に、と言い出したのも、ヒメナ様ではありませんか?」
「ッ――!!」
 
 国王陛下の提案ではないのではないか。
 と、思っていたけれど、やはりヒメナ様の発案なのね。
 感情が表に出やすいのは殿下の悪い癖。
 わたくしが相手だとしても気を抜きすぎね。
 
「殿下、ヒメナ様はわたくしに侮辱を受けたと思っているのですわ。だから仕返しにわたくしから殿下を奪ってやったと思っているのでしょう。そして、自分が第一王妃になり、仕事をすべてわたくしに押しつけて王妃としての華やかな部分だけは甘受しよう、と。そういうお話で、わたくしとブリジット様の婚約にまで口出ししてきて……。それは殿下もご存じでしたでしょう?」
「う……。だ、だがそれは……元元婚約者だったのだから……」
「『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄したのは殿下でしょう? それなのに、婚約したのは聖女様ですらない。それで泣きついてきて。いい加減、恥ずかしくないのですか?」
 
 ゆっくりと立ち上がる。
 わたくしを見上げた殿下の、涙を浮かべた情けのない表情。
 それに対して目を細める。
 本当に、甘えん坊な方。
 でも、もうわたくしは殿下の婚約者ではないのよ。
 
「エルキュール殿下。今日の、これが最後ですよ。わたくしはもう殿下のものにはなりません。独りで立って、この国を支える主柱となってくださいませ。ユリッシュはハレノ様とともにこの世界を去るのです」
「え?」
「だからわたくしが殿下にガッカリして、殿下を殺すようなことにならないように頑張って心を入れ替えてくださいませ。殿下が自分で捨てたのですよ。……わたくしのことも、ユリッシュのことも。わかっているでしょう?」
「あ……っ」
 
 前回会った時に、わたくしたちの間には亀裂が入った。
 それはそのまま溝になり、わたくしともユリッシュとも、殿下は一線引いてしまった。
 自覚がないわけではないでしょう。
 フィアナが女神となったことでユリッシュは心残りがなくなってしまった。
 殿下を命懸けで支えていこうと思えなくなった。
 ――わたくしも同じ。
 せめてわたくしたちの忠言を聞き入れて、ヒメナ様と距離を取ってくださればまだ手を差し伸べることもできましたのに。
 
「君は存外、懐に入れたものに対しては本当に甘いのだな」
「そうですわね。自分でもそれは自覚しておりますわ。お父様を切り捨てるのも自分で思っていた以上に時間がかかってしまいましたもの。貴族としては及第点ということにしておいてくださいませ」
「ああ。状に深いところも、美しいと思うよ」
「まあ」
 
 ふふふ、と笑ってしまう。
 本当に、ブリジット様はわたくしのことをよく見ていてくださる。
 そう思っていると、ブリジット様はわたくしから殿下の方へと視線を向けた。
 
「これほど情に深い女性にここまで言わせるとは。殿下、あなたも一国の王太子であるのなら腹を括ってください。甘えすぎですよ」
「お、俺は……」
「もしこれでもあなたが変われないようなら――ロゼリアがあなたを“王として”も見限るようならば――俺は彼女と彼女の大事な人々を連れてこの国を去りますよ。伝手ならいくらでもありますからね」
「ッ……!!」
 
 立ち上がってわたくしの肩を抱き締めてくれるブリジット様。
 そしてその言葉。
 わたくしが一人で殿下を切り捨てなくてもいいのだと、言ってくださる言葉だ。
 そうか、わたくしはもう……一人で頑張らなくてもいいのね。

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