消せない痕~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
白石由依、28歳。
転勤で、本社の営業部へ配属された。

そこで出会ったのが、
既婚者であり、営業部長の黒崎修司。

不倫など、
愚かな人間がすることだと思っていた。

─ あの雨の夜までは。

絡む指先。
触れ合う体温。
視界をかすめる、プラチナの光。

低く甘い声が
逃げ道を塞いでいく。

私はまだ知らなかった。
この出会いが、
私の理性をひとつずつ奪っていくことを。



── 朝8時20分 転勤初日 ──

ガラス張りのロビーに、
激しい雨が打ち付けている。

私は湿った空気に
胸の奥がざわつくのを感じながら、
総務の案内係の女性に先導され、
エレベーターへ向かった。

緊張する。

「白石さん、同じ年ですね」

愛らしい顔で彼女は微笑んだ。

「そうなんですね。
今日から、よろしくお願いします」

エレベーターを降り、
営業部の入口に着いたところで、
彼女は少し声を潜めた。

「白石さんの部署の部長は、
黒崎部長です。羨ましい」

「……羨ましい?」

「仕事になるとポーカーフェイスで、
ちょっと怖いけど……
笑うとヤバいんです。ギャップが」

「女性なら、一度は落ちます」

冗談めかした声で、彼女はくすっと笑う。

意外だった。

── 営業部長 黒崎修司

この会社では、かなり有名人。

転勤前に耳にしていたのは、
エリートで仕事はできるが、冷徹だという噂だった。

正直、少し構えていた。

営業部の扉が開く。

「黒崎部長、おはようございます。
本日転勤で来られた、白石さんです」

デスクから顔を上げた男性が、
ゆっくりと立ち上がった。

近づいてくる足取りは静かで無駄がなく、
足元には美しく磨かれた革靴が、
控えめに光っていた。

仕立てのいいスーツ。
シワひとつない襟元。
上品なネクタイとカフス。

完璧で、隙のない男。

そして、プラチナの結婚指輪が、
外す気など微塵も感じさせない位置に、
きちんと収まっている。

35歳という若さで営業部長を務める実力者。

この人の判断なら、
誰もが疑う前に、受け入れてしまう。
そんな空気をまとっていた。

視線が合った、その瞬間。

冷たいと思っていた目元が、
なぜか一瞬だけ温度を帯びたように見え、
思わず目を奪われ、言葉が遅れた。

「……白石です。
今日から、よろしくお願いいたします」

「よろしく」

低く落ち着いた、心地よい声。

業務的なのに、
不思議な温度を持って胸の奥に残る。

これが、彼女が言っていたギャップなのだと、
理解した。
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