亡者逃走中in現世
進路指導室は、空気がズーンと重たい。

パイプ椅子に座る私の隣には、オーダーメイドの高級スーツに身を包み、なぜか就活生並みにカチコチに緊張している閻魔が座っていた。

「それで、白崎さんは勉強を頑張っていますよ。提出物なんかも遅れずにしっかり出していますしね」

担任の先生が、懇談用の資料を前ににこやかに言った。

「そ、そうですか……はい、ええっと、秦……じゃなかった、真宵は頑張って……!」

前日に『明日空いてる?保護者やって〜』と無茶振りしただけなのに、ちゃんと現世まで足を運んでくれたのは本当にありがたい。

……ありがたいんだけど、その挙動が完全に職質一歩手前の不審者寄りになってるよ。

頑張って『保護者』を演じようとしてくれているんだろうけど、目が泳ぎまくって動揺が隠せていない。

「はい。クラスでも楽しそうですし、仲良くやっていますよ。それで、これが白崎さんの成績表なんですけど……」

​先生が机の上にスッと滑らせたのは、例の破滅的な数字が記載された一学期の成績表。

閻魔は私よりも先に、ギチギチと油の切れたロボットのような動きでそれを覗き込んだ。

「英語が少し苦手みたいですね。得意科目は国語みたいです」

「そうですか〜……」

そう言う閻魔の顔は引きつっている。

無事、気まずすぎる三者懇談が終わった。

進路指導室のドアを閉めた途端、閻魔は「はぁぁぁ……疲れたぁぁ……」とその場に崩れ落ちそうになった。

​「いや〜、緊張したね〜!」

​朝から気合いを入れてセットしてきたであろう髪を、わしゃわしゃと雑に掻き上げながら情けない笑みを浮かべる。

廊下を通る他の生徒や保護者達が「何あのイケメン……」「ホスト?」とチラチラ見てくるので、私は恥ずかしさのあまり閻魔のスーツの袖をガシッと引っ張ったまま、早足で校舎を脱出した。

​校門を出て人目が少なくなったあたりで、ようやく閻魔は「苦し〜」とネクタイを緩めた。そのまま肩をグルグルと回している。

(……何だろう。この前やってたドラマに出てきた銀座で働いているホストみたい)

「秦広王、最近ちゃんと寝てる?規則正しい生活してね」

「どっかの誰かさんがミスして仕事増えたからだよ」

核心を突かれた閻魔は、サッと私から目を逸らしてヒューヒューと下手くそな口笛を吹き始めた。

「……本当にごめんね」

本当に申し訳ないと思っているのなら、もう少し仕事量を減らして欲しい。……無理か。無理ならお給料アップを!

そんなことを考えながら歩いていると、閻魔が突拍子もなくこんなことを聞いてきた。

「あ、そうだ。今の『閻魔帳』って使いやすい?」

「え?」

「いやー、今の手帳型だとみんな同じだから、なくしたり、入れ替わったりするよね〜って思って。別々の作ろうかと思うんだけど、どうかな?」

今の閻魔帳でも良い気がするんだけど……でもなくなったら嫌だし。それなら新しいの作ってもらった方が良い気がする。

(そういや昔、閻魔帳を何回かなくして閻魔にめっちゃ怒られたっけ……)

「僕的にはこう……時代を先取りしたようなやつとかどうかと思うんだ。面白そうでしょ」

新しい閻魔帳の突飛な機能についてあれこれ盛り上がっていると、ちょうど通学路にある本屋さんの自動ドアから出てきた変成くんと、バチッと目が合う。

「「あ」」

目が合った瞬間、心底嫌そうな顔をされた。

「変成王〜!」

「秦、懇談終わったの?」

「終わった!」

ぶんぶんと親しげに手を振る閻魔を綺麗にスルーして、変成くんが私に声をかけてくる。

「ねぇ秦。閻魔と学校から歩いてきたの?」

「うん」

そう返事すると、変成くんは手を顎に当てて何やら考え出した。

「……まずい」

「何が?」

「帰るよ」

「え?え!?」

​ぐいっと強引に制服の腕を引っ張られ、半ば強制的にその場から連行される私。

もちろん、手を振ったまま固まっていた閻魔は道端に置き去りにされた。

***

「―――自分の家に帰れよ」

​​ハァハァと肩で息を切らしながら、しょーくんの家に転がり込む。そんな私達を仁王立ちで迎えたしょーくんは呆れ果てた顔で私達を見下ろしていた。

「だって……変成くんが」

呼吸を整えながら変成くんを指差す。

変成くんはというと、まったく悪びれない表情で壁にもたれながら腕を組んでいる。

ひとまずリビングに上がらせてもらい、淹れてくれた氷入りの冷たいお茶を貰う。喉が乾きすぎていたので、一気飲みしてしまった。

「何があったんだ一体。不審者にでも襲われたのか?」

しょーくんが怪訝そうに変成くんを見る。

「今日、秦の三者懇談だったんだよ。で、保護者役として来たのがスーツ姿の閻魔だった」

「ああ……それは災難だったな」

(どういうこと?)

私が頭の上に大量の疑問符を浮かべていると、見かねたしょーくんが腕を組んで、冷静に説明してくれた。

「閻魔は黙ってればチャラい二十代だ。金髪がちょっと会社的じゃないが。で、秦は制服」

「はい、怪しい組み合わせの完成」

「ひぇ……」

変成くんのにっこりとした底意地の悪い笑顔に、言われてみれば完全にアウトなその事実に気づき、私は思わず変な声をもらした。

「そこまで考えてなかった……」

項垂れていると、それを良いことにこの男はさらに追い打ちをかけてくる。

「秦って、良く言えば楽観的だけど悪く言えば馬鹿だよね」

​クツクツと喉を鳴らしながら、本当に楽しそうに意地悪を言う変成くん。

「昔からお前は何も変わってないな……全く」

変わってないのかな?私はしばし考えたが、幼馴染の言葉以外に説得力があるものは見付からないので、ここは素直に応じることにした。

「いや、昔よりは大人しくなったよ」

「「どこが?」」

二人の声が重なった。

「何で揃って即答なの?私だって昔みたいに考えなしに行動しないよ!」

「へぇ……」

変成くんが悪い笑みを浮かべる。

「昨日、亡者に自ら突っ込んで行ったのは誰だったっけ?」

「うっ……」

「全く、あそこで私が助けなかったらどうなってたか……」

「……ありがとう」

これに関しては、しょーくんには本当に頭が上がらないし、申し訳ないと思っている。

「あー、問題の懇談のことなんだが……私は実際に今日の閻魔を見ていないから分からないが、人間は噂好きだ。恐らく明日にでも『金髪ホストが保護者』という噂が流れているだろう」

「本当にどうしよう……」

テーブルに額を押し付けるように呻くと、変成くんはストローで氷をつつきながら軽く言った。

「すぐに噂が落ち着けば良いけどねー」

「だな」

人道には『人の噂も七十五日』ということわざがある。広まった噂でも長くは続かないという意味らしいんだけど……。

オムライスが私の足元に歩いてきて、くぅ〜んと心配そうに私を見上げた。

「まぁ、私達は今まで通り亡者を裁いていけば良いだろう。あと、何を言われても堂々としろ。分かったな?」

「うん」

「俺達もついてるから何かあったら頼ってよ。何も無くても頼って良いよ」

少し心が軽くなった気がした。

「二人共、ありがとう」

「どういたしまして。という訳で明日、修羅場(しゅらば)になるの楽しみにしてるね」

「変成くん、最低!」

「褒め言葉として受け取っておくよ」
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