亡者逃走中in現世
第五章、配信者

十王会議

「……はぁ」

一通りツッコミが飛び交ったあと、しょーくんが深いため息をついた。

「で?何の用で集まったか忘れたのか?」

ぴたり、と空気が少しだけ引き締まる。

「あ」

「……そういえば」

「忘れてた」

「お前らな」

しょーくんのこめかみに青筋が浮かぶ。

「元々は都市王の件で集まっていたんだろうが」

「あー……そうだった」

宋が申し訳なさそうにぽりぽりと頭を搔く。

一方で、当事者の都市くんはソファのクッションにぐったりと沈み込んだまま、魂が抜けたような顔で呟いた。

「……これだけ変成王に物理的制裁を受けて、精神的にも謝ったんですから、もう許して下さいよ」

「駄目に決まってるだろ!」

しょーくんの返答は一瞬の迷いもなく即答だった。

「むしろここからが本題だ」

「閻魔くんに連絡したら『一旦冥府に帰ってきて〜☆』だって」

スマホのメッセージアプリをスクロールしていたごーちゃんが見せてくれた。

「えー、このまま現世の都市くんの部屋でデリバリーでも頼んで会議するんじゃダメ?」

「良くない。行くぞ」

「はーい」

渋々と立ち上がる宋。 オムライスもそれに合わせてぴょこんと起き上がり、とことことついてくる。

***

―――冥府、閻魔庁の一室。

​ズシリと重厚感のある黒塗りの長机を囲むように、現世から戻ったメンバーを含めた十王全員がそれぞれ席につく。

「何事もなくて良かったが……一体何をしていたんだ?」

​長机の奥から、転輪さんが怪訝そうに首を傾げながら尋ねる。

都市くんは椅子ごとじりじりと後ろへ下がって気配を消そうと必死だ。

​「…………ライブと、握手会に……ッス」

「声が小さくて聞こえないんだが」

不機嫌なオーラをこれでもかと全開にした転輪さんが、隣に座る都市くんにジリジリと詰め寄る。

規律と礼儀をこよなく愛する、いわば十王の中の『鬼大佐』のような存在だ。

一度怒らせると、説教が数日続くので一番面倒くさい。

「まぁまぁ、転輪サァ。何事もなく全員揃うたんじゃ。素直に喜ぶど」

見かねた泰山王が、ぱんっ!と大きな手を叩いて、その場のピリついた空気を綺麗に和らげる。

「そうだよ、五道転輪王。怒り鎮めて、ね?」

「喜ぶのは逃げた亡者を全員送り還してからだ」

「……まぁ、その通りだけどね」

閻魔が苦笑しながら頭を搔く。

「とはいえ、まずは話を進めないといけない。都市王も戻ってきたことだしね」

「……」

都市くんは視線を完全に逸らしたまま、気まずそうに机の下で指先をいじっている。

閻魔が長机を囲んで座るみんなの顔をぐるりと見渡した。

「さて、全員揃ったし会議を始めよう。まずは都市王が追っていた厄介な亡者についてだね」

さっきまでのグダグダが嘘みたいに、みんなの視線が机の中央へ集まった。

「じゃあ、僕が説明しますね。お手元の資料をご覧くださーい」

​都市くんが配った自作の資料(なぜかページの端にアイドルのミニキャラが印刷されている)を見ながら説明を始めた。

「僕が探していたのはある配信者の亡者なんですよ」

「配信者?」

聞き慣れない言葉に宋が首を傾げる。

「ネットの画面を通じて、不特定多数に動画や声を届ける人間のことです。その亡者は生前、とある熱狂的な層から莫大な人気を集めていましてね。死んで地獄に堕ちた後も、現世のファン達は彼を諦めきれず、まるで神のように崇め祀り上げてしまったんですよ」

「うげー、趣味悪っ」

「で、戻ってきた亡者を見て『生き返った!』とか本気で言ってるんですよねー」

「魂が戻ってきたっていう意味では、半分は合ってるよね」

「参考までに聞くが、そのファンとは?」

転輪さんが冷淡な声で尋ねた。

「あー……それなんですが、現世の深刻な『犯罪組織』ですね。なんか、裏で人身売買や密輸を行っているバイヤーの集団らしくて、現世の警察も総力を挙げて捜査中の凶悪グループらしいです」

「なっ……」

それを聞いた瞬間、私の胸の奥がキュッと苦しくなる。配信者の亡者を囲い込んで利用しているのが、そんな本物の悪党だなんて。

私の表情が曇ったのを見ていたのか、隣に座っていたしょーくんが私の頭にポンッと大きな手を置いた。

「生きている人間を裁くのは私達じゃ無理だ。現世の悪党は人間に任せよう」

しょーくんはいつもの険しい表情のまま、けれど私を安心させるように言葉を選びながら、ゆっくりと諭すように口を開いた。

そもそも、この地獄に堕ちるくらい生前に悪行を繰り返した亡者なのだ。現世に奇跡的に戻れたからといって、心を入れ替えて善人になるとは到底思えない。

むしろ、犯罪組織の力を借りてさらに悪質なことを企んでいることもあり得る。

「……なるほどのぉ。死してなお現世の悪と結びつくか。現世の若者が、そんな悪党の口車に乗せられて利用されちょると思うと、胸が痛むが。こげな不条理、十王として看過できんど!」

泰山王が腕を組みながら低く唸る。

数人は腕を組み、数人は顔を見合わせ、理解しきれずに首を傾げている。

「ありがとう、都市王」

閻魔が静かに頷いた。

しん、と静まり返る室内。

重たい内容のせいか、さっきまでの軽い空気はすっかり消えている。

「厄介だな」

最初に口を開いたのは、転輪さんだった。

「人道で亡者を崇め祀っているとは」

「少なくとも、ここまで悪質なんは珍しか」

「悪意ない亡者なんかいないでしょ。ただでさえ地獄での鬱憤を晴らせずに現世に戻っちゃったんだから、何をしでかすか分かったもんじゃないね」

変成くんがイライラしたように腕を組んで椅子に背を預ける。

「大変なことになったね……」

「ああ」

しょーくんと一緒にため息をつく。

「そいつらに好き勝手やられちゃ、十王の信用問題を問われるから、ちゃちゃっと送り還したいとこなんだけどな〜……めんどくさ」

「変成くんは獄卒の方が良かったんじゃない……?大叫喚地獄をぶっ壊したくらいだし」

「はは、何言ってんの、五官王。獄卒だとサボれないじゃん」

ごーちゃんのツッコミに、変成くんは『至って真面目な顔』をして、堂々とサボり宣言をした。

「そもそも、職務をサボることがいかんのである!」

平等王がドンッと長机を叩く。

「平等王の言う通りだ、変成王。少しは自覚を持て」

転輪さんも重々しく頷き、変成くんを鋭く睨みつける。
その時だった。

「――あ、そうだ」

軽い声を上げたのはごーちゃんだった。

全員の視線がそちらに向く。

「その件の亡者っぽいの見つけたんだよね」

「さすが五官王だね〜」

閻魔が素直に驚いた。

「いや、ほら。現世のネット見てたらさ、『生き返った配信者』の動画がバズってて」

ごーちゃんはスマホを操作し、テーブルの中央に画面を差し出した。

「これ」

画面に映っていたのは、一人の男だった。

暗い部屋。ぼそぼそと何かを呟きながら、カメラを見つめている。

その目は――どこか、焦点が合っていない。

「……こいつが?」

「あーそうそう。そんな顔ですよ」

都市くんが身を乗り出して、嫌悪感を露わにしながら画面を覗き込む。

「再生数……え、何これ」

「三日で五百万超えだってさ」

「はぁ!?」

宋が椅子から転げ落ちそうなほど素っ頓狂な声を上げる。

「動画の内容自体はただ喋ってるだけなのに不気味だね……。ねぇ、コメント欄も見てみなよ」

変成くんが画面をスクロールする。そこには、狂信的な言葉が画面を埋め尽くすように並んでいた。

〈生きてる……!〉

〈やっぱり戻ってきてくれたんだ〉

〈神様だ〉

〈次は“あれ”やってくれるよね?〉

「……怖い」

思わず、ぽつりと呟いてしまった。

まるで―――人じゃなくて、『何か』を盲信しているみたいだ。

「……気味が悪いな」

低く呟いたのは転輪さんだった。画面を睨むその目は、さっきまで以上に鋭い。

「信仰、というよりは……精神的な依存、かのぉ」

泰山王が顎に手を当てる。

「しかも、相手が『亡者』じゃっど。こいは質が悪か」

「怖いねぇ……今日、みんなで川の字で寝よう?」

狂気に満ちたコメントを真に受けてしまったのか、閻魔が情けないほどガタガタと震えながら、懇願するように言った。
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