愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 見上げると、瑞樹さんは穏やかな笑みをこちらに向けていた。それで、胸が鷲掴みにされたかのように苦しくなる。

「夫婦なんだから、いいだろう」

 目をまたたかせる私にそう言って、瑞樹さんは再びゆっくりと歩き出した。

 しばらく散歩をするように歩いていたが、やがて瑞樹さんは赤レンガ倉庫の中に入る。それから、奥まった場所にあるレストランに連れてきてくれた。
 静かにジャズの流れる店内は、カジュアルな服装でも浮かないが、高級感を醸している。

「素敵なお店ですね」

 私の言葉に、瑞樹さんはくすりと笑った。

「そう言ってくれて、よかった」

 食事を終えて、車までの道を歩く。

 夜の横浜。みなとみらい方面は観覧車やビルの光が明るいが、公園周辺は街灯がところどころにあるだけで、情緒がある。
 瑞樹さんは相変わらず私の手を繋いでくれていた。彼は『夫婦だから』と言ったけれど、周りを見てみると同じように寄り添うカップルが何組もいる。

 私の胸は、穏やかに高鳴り続けていた。なんだかその音も、今は心地よい。

 この気持ちは、もしかしたら……。
 そんな考えが一瞬頭をよぎる。だが、私はそれをすぐに打ち消した。

 この世界に、〝愛〟など存在しない。たとえそれに近い感情が芽生えても、それはいずれ消えてゆき、人を振り回すだけの感情になってしまう。

 それに、私が彼と結婚したのは、そんなものを求めているからではない。
 私は瑞樹さんを、次期院長の座に押し上げる。それだけだ。

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