愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 今日も夕飯を済ませると、瑞樹さんが皿を洗ってくれる。私は早々にウェルネスルームに移動し、お香を炊いていた。

 瑞樹さんがやってくる。すると、すれ違いざまについぴくりと肩が震えてしまった。
 昼間、トキさんにあんなことを言われたせいだ。なんだか、今日はやたらと瑞樹さんに反応してしまう。

 瑞樹さんはいつもと様子が変わらない。
 当たり前だ。なにかがあったわけでもないし、そもそも〝愛されている〟なんてありえない。
 カモミールとベルガモットの香りで気持ちが落ち着くと、すぐにそう思うことができた。

 瑞樹さんは今日も、いつものようにソファに座ってタブレットを操作する。

「今日はなにを見るんですか?」

 すると、瑞樹さんはこちらを見て、それから困ったように眉をひそめた。

「症例を見るつもりだが、悪いが今日はひとりにしてくれないか? それから、明日からしばらく帰りが遅くなる」

 そういえば、もうすぐ瑞樹さんには大きなオペの予定がある。

「執刀の準備ですか?」

「ああ。思っていたよりも難しい手術になりそうなんだ。悪いな」

 瑞樹さんは私の問いに、顔を歪めながらそう言う。

「いえ、とんでもないです。お邪魔してはいけないので、私はこれで」

 ぺこりと頭を下げ、ウェルネスルームを出ようとドアノブに手をかけた。

「万智」

 不意に名前を呼ばれ、胸が跳ねてしまう。振り返ると、瑞樹さんは真剣な顔をしていた。

「もし鴎川になにかされたら、すぐに伝えてくれ。〝夫婦として〟共有してほしい」

「……わかりました。おやすみなさい」

 そう言って部屋を出たが、心の内は寒々としていた。
 瑞樹さんは、私のために言ったのではない。次期院長になるために必要な情報だから、共有してほしいと言っただけだ。

 ついため息をこぼしそうになったが、慌ててそれをのみ込んだ。
 なにを寂しいなんて思っているのだろう。私は、瑞樹さんを支えるのが仕事だ。それ以上のものを求めようなんて、どうかしている。
< 103 / 173 >

この作品をシェア

pagetop