愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 特に大きな問題も起きないまま、季節は過ぎた。瑞樹さんの大きなオペも終了し、今は彼の帰宅も早い。

 ウェルネススペースでのふたりの時間も、再開した。オペの終わったその日に、瑞樹さんが私を引き留めてくれたのだ。
 瑞樹さんは自身の執刀の様子を、丁寧に説明してくれた。わかりやすく噛み砕いてくれるので、私も理解が及ぶ。そして彼のしていることを知る度に、彼はやはり腕のいい心臓外科医なのだと思い知った。

 今日はチャリティーバザー当日だ。私は朝から、光前寺総合病院へ向かっていた。
 沙久良さんには関わらなくてよいと言われたが、病院のお花を管理するという役割は果たさなくてはいけない。

 バザーがあるのでいつもより早めに病院へ向かい、お花の世話をする。三か所の花が今日も綺麗に咲いていることを確認し、私は総合病院を出ようとした。

 だがそこで、おろおろする小さな女の子を見つけた。

「どうしたの?」

 声をかけると、女の子は急に目に涙をたたえた。

「ママが、いなくなっちゃった……」

 涙ながらにそう言う小さな子を、放っておくわけにはいかない。

「どっちから来たのかな?」

 私の問いに、女の子は駐車場を指差す。
 途端に、胸がぞわりと震えた。そちらには、バザー会場が設営されている。

「ママ……」

 だが、小さな子をひとりにはできない。私は一瞬動揺したが、その子と手をつないで駐車場へ向かった。

 バザー会場の少し手前で、女の子を捜していた母親を無事見つける。引き渡すと女の子は嬉しそうに笑みを浮かべ、私も胸を撫でおろした。
 だが、刹那。

「あら、万智さん。いらっしゃらないと思っていたのに」

 背後から聞こえた、ねっとりとした声。イランイランの蠱惑的な香りに背筋が冷たくなったが、私は笑みを浮かべて体ごと振り返った。

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