愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 花が咲くようににこにこしながら歩く小玉先生とともに、バザーを見に行く。そこでは、万智がなにやら沙久良と揉めていた。間に入ろうかと思ったが、万智は手元のメモを見てなにかを沙久良に説明している。

『ちょっと、取り込んでいるみたいだねえ』

 小玉先生は俺の隣で椿芽を心配そうに見つめていたが、俺は万智に釘付けだった。万智の説明で、沙久良が狼狽えたのだ。

 沙久良の視線が椿芽に向いた瞬間、小玉先生は動き出した。衝動的だったのだろう。俺も慌てて彼についていく。だが、彼は争いごとが好きじゃない。

『大丈夫? 揉めていたみたいだけれど』

 小玉先生はにこにこしたまま、椿芽に近づく。すると、椿芽は申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

『もう、椿芽はおっちょこちょいなんだから』

 小玉先生はこうやって空気を緩めるのがうまい。独自のおっとりとした空気に、周りを取り込んでしまうのだ。
 だが、俺だって万智に伝えたいことがある。だから、小玉先生と椿芽のやりとりを見ている万智の耳元で、彼女の名を呼び、告げた。

『全部、陰から見ていた。よくやったな、さすがだ』

 万智は驚いていたようだったけれど、堂々とした笑みを俺に返してくれた。

『こちらこそ、ありがとうございます。残りのお仕事、頑張ってください』

 そんな万智は、今までのどんな姿よりも逞しく見えて。俺はなぜか、彼女は大丈夫だと思った。

 だからといって、心配がなくなったわけじゃない。有明会に万智を残して仕事に戻らなければならないのが、つらい。
 残りの仕事をさっさと片づけ、帰宅する。

 いつものように夕飯をともにする間、万智の表情はいつもと同じで、きっとあの後は何事もなくバザーを終えられたのだろうと悟った。

 泣いてもいいのに、辞めてもいいのに。万智は決して俺にも自分にも甘えず、やるべきことをこなす。そんなに頑張らなくてもいいのにと思うけれど、その強かさがまぶしく、俺の心を乱すのもまた事実だ。

< 115 / 173 >

この作品をシェア

pagetop