愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 平静を装って答えたが、トキさんの言葉を聞いて、ある考えが胸に浮かんだ。
 瑞樹さんは女性らしさのない私に呆れて、手術の予定も言えなくなっているのかもしれない。

 私は、なんて役立たずの妻なのだろう。そう思ってしまったが、それを彼女に悟られるわけにはいかない。

「気にかけていただいて、ありがとうございます」

 笑みを浮かべたが、トキさんはじっと私を見る。

「あなたも浮かない顔ね。なにか悩んでいることでもあるの?」

 まさか、心の内を見透かされてしまうなんて。私の笑みは、それほど下手だったのだろうか。

「いえ、そんなことありません。すみません、ご心配をおかけして」

 すると、トキさんは「きっと私の思い過ごしね」と笑みを浮かべた。

「いつもこんなに素敵なお花を見せてくれるあなただから、なんだか気になっちゃうのよ。今はなにもなくても、なにか力になれることがあれば教えてちょうだいね」

 その優しい笑みが、私の心をじわんと温かくする。

 このままではいけない。なにかきっかけを見つけて、瑞樹さんの隣にしっかり立てる〝妻〟にならないと。

「お気持ちがとても嬉しいです。ありがとうございます」

 自分に気合を入れるように、トキさんにそう告げる。その時、病室のほうからこちらに、白衣をひるがえしてやってくる人物が目に入った。
 瞬間、不快感が背を這う。あれは、副院長だ。

 彼も私に気づいたらしい。エレベーターの階下に降りるボタンを押しながら、私に笑みを向けてくる。

「おや、万智さん。昨日の望田先生の執刀、実に見事だったよ。私もつい見惚れてしまったくらいだ」

 どうやら、瑞樹さんは昨日、オペを行っていたらしい。それを知らないことを恥じたが、同時に副院長が上機嫌でそんな話をするのか不思議だった。
 わざわざ私に向かって、瑞樹さんの腕を褒めるなんて。

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