愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
「結果的に上に登ることができたが、それよりも俺は……この病院の名誉を、そして万智を、これ以上傷つけたくなかっただけだ」

 彼の語尾が優しくなった気がして、つい彼を見上げる。瑞樹さんと目が合い、優しく微笑まれた。

 それでとくりと胸が跳ね、甘く疼き出す。

 瑞樹さんがお父様に向き直ると、その表情は元に戻っていた。けれど――。

「万智がいなかったら、俺はここまでできなかった。それは、万智が理事長の娘だからというだけじゃない。万智が献身的に支えてくれる姿勢が、俺のためにと色々なことに屈せず乗り越えてくれたことが、俺をここまでさせてくれたんだ」

 彼の言葉に、胸がぎゅっと苦しくなる。すると瑞樹さんは、一度こちらに目くばせをして、それからはっきりと彼に告げた。

「俺は父さんに一人前だと認めてもらえなくても、隣に愛する人がいるというだけで幸せだ」

 瑞樹さんの迷いない言葉に、お父様は鋭い眼差しを向ける。

「それは、私に対する当てつけか?」

「そうだ」

 瑞樹さんが即答すると、お父様はふっと肩の力を抜いて、自嘲気味に笑った。

「万智さん。こんな息子だが、これかもよろしく支えてやってくれ」

 その顔は、いつも見てきた冷たい〝社長〟のものではなく、なぜか優しい〝父親〟のもののように見えた。だが、それは一瞬。お父様はすぐにいつもの顔で、瑞樹さんに向き直る。

「これからは取引先として、対等にビジネスをしよう。望田製薬の薬は、素晴らしいものなのだから」

 彼は瑞樹さんに手を差し出す。すると、瑞樹さんはその手を堂々と握り返した。

「それに、異論はない。どうぞ、よろしく」

 握手を交わすふたりの顔は、なんだかすっきりしたように見える。瑞樹さんの私の肩を抱く力も、いつの間にか優しく、温かいものに変わっている。
 私はそのことに安堵して、つい笑みをこぼしてしまった。

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