愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 会場に戻ると、すぐに瑞樹さんがこちらにやってきた。
 彼は先ほどと、少しも様子が変わらない。だけど、このドレスを用意してくれたのは彼だ。

「ドレス、ありがとうございました」

 小声で礼を伝えると、彼はいつもの喜怒哀楽のない顔のままつぶやく。

「いや、構わない」

 だけどちょっとだけ、彼の横顔が優しく感じられる。彼はもしかしたら、私のことをよく見ていているのかもしれない。
 鴎川夫妻はちらっとこちらを見たようだが、すぐに目を逸らす。他の招待客との話に興じているようだ。

「いやあ、だいぶ遅れちゃった」

 突然背後から、柔和な声がした。振り返ると、スーツ姿の院長が、額の汗を拭きながらそこに立っていた。

「お、主役の望田先生に万智さんじゃない」

 彼はテレビの中で見たのと同じ、人当たりのよい笑みを私たちに向ける。その瞬間、会場内の空気がほっと緩んだような気がした。

「グリーンの花嫁か、素敵なチョイスだねえ。望田先生も本当にめでたい。これからも期待しているよ」

 院長は屈託のない笑みを浮かべ、私たちの手を取りそうな勢いで言葉を紡ぐ。

「もったいないお言葉です、院長」

 私は瑞樹さんの隣で、淑女として完璧な、そして微塵の揺らぎもない微笑みを返した。

 瑞樹さんの横顔を盗み見ると、彼は表情を変えないまま、わずかに顎を引いて院長の言葉を受け止めている。
 その瞳には、野心なのか、それとも勝利を称えたものか、はたまた敵視なのか――なにに起因したものかはわからないが、静かな熱が宿っていた。

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