愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 控室に戻り、なんとか応急処置をする。染みが残ってしまいそうだが、仕方ない。

 だが、主役のパーティーでドレスが汚れているなんて、はしたないのではないか。次期院長にふさわしい妻として、ドレスをどうすべきだろう。
 必死に頭を巡らせていると、控室の扉を控えめにノックする音が聞こえた。

「望田万智様」

 落ち着いた女性の声。扉を開けると、ホテルに併設されているサロンのロゴが入った大きな紙袋を持った、女性スタッフが立っていた。

「望田瑞樹様より、こちらにお召し替えをと伺っております」

 え、瑞樹さんが……?

 思わず目を見開く。受け取った紙袋を覗くと、ライトグリーンのシルクドレスが入っていた。

「状況は瑞樹様より伺っております。そのドレスは染み抜きをいたしますので、お召し替えの後にお預けいただければと存じます」

「あ、ありがとうございます……」

 恐縮しそう言うと、彼女は控室を出て行った。

 おそらく瑞樹さんは、私のために急いでサロンに行き、このドレスを見繕ってきてくれたのだろう。
 替えのドレスが届けられた以上、これを着ずに会場へ戻るという選択肢はない。私は自分の不手際を深く恥じながらも、彼が選んでくれたらしいドレスにそっと袖を通した。

 新緑をあらわしたようなライトグリーンのドレスは今の季節らしい爽やかさで、私の肌の色を美しく引き立ててくれる。中央に向かって鋭く重なるカシュクールのラインが腰のラインをしなやかに際立たせ、動くたびにAラインのスカートがふわりときらめく。イヤリングにもブレスレットにも合う、素敵なデザインだ。

 完璧なチョイスに、思わず言葉を失う。同時に、自分の至らなさにため息がこぼれた。
 彼を支える側でいなければならないのに、逆にこうして気を遣わせてしまうなんて。妻として、あまりにも不甲斐ない。

 私は彼を立てるための妻。これからは彼に迷惑をかけまいと、もっと頑張らなくてはと意気込み、控室を後にした。

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