愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 理事長室で顔合わせをしてからすぐ、瑞樹さんとの同居生活が始まった。
 場所は、光前寺総合病院のすぐ裏に位置する低層レジデンスだ。父が私の新生活にと、予てから用意していたらしい。

 都心に位置しているにもかかわらず緑に囲まれているこのレジデンスは、病院内と同じくとても静かだ。都内の一等地といわれる場所柄、セキュリティもしっかりしている。
 光前寺総合病院まで歩いて五分もかからないから、手術医である彼にとってはよい立地なのだろう。

 同居を始めて一か月ほどが経つが、彼といるといまだに緊張してしまう。妻として不足ないだろうか心配であるし、きちんと役割を果たさなければと肩に力が入ってしまうのだ。

 だが、同居生活なんてこんなものだろう。慣れてくれば、きっと気負わずにできるはずだ。粛々と父に尽くし、影のように父を支え続ける、母のように。

「今日も一日、頑張ろう」

 静かな玄関で独り言ち、ダイニングに戻る。朝食の食器を片づけ、それから簡単に部屋の掃除を済ませた。

 家政婦は雇っていない。普通は雇うのかもしれないけれど、この部屋の広さくらいなら私ひとりでできる。それも、妻である私の仕事だと思う。

 やるべきことを終わらせ、リビングのソファに座る。今日これから提出する予定の婚姻届を最終確認していると、唸るような強風の音がした。

 予報では雨の降り出しは夕方からだったが、用事を早く済ませたほうがよさそうだ。確認しておこうとテーブルに広げた結婚式の段取り表を片づけて、私は出かける準備をした。

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