愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 外は案の定、風が強かった。メタセコイアの並木が風に揺れ、ざわざわと騒いでいる。

 私は鞄を抱きしめるように抱え、歩いて区役所へと向かった。大切な婚姻届を飛ばされてしまってはいけない。

 区役所は思いのほか混んでいた。雨が降る前に用事を済ませたい人たちが多いのだろう。
 番号札を手に、受付前の長椅子に腰かける。そのまま順番を待っていると、前方のモニターで流れていたワイドショーに、瑞樹さんの姿が映った。

『手術支援ロボットを使用した小児の心臓バイパス手術に国内初成功』

 そんな見出しが画面の上部に並んでいる。彼の隣には光前寺総合病院の鴎川(かもめがわ)剣太郎(けんたろう)院長が瑞樹さんとは正反対のにこやかな表情で並び、この手術の成功がいかに素晴らしいものかを熱弁していた。

『急な会見が入った。会見用のスーツを頼む』

 瑞樹さんにそう言われたのは、昨日の夜、彼の帰宅後だった。
 急いでレジデンスのコンシェルジュにスーツのクリーニングをお願いし、それからシャツにアイロンをかけた。今朝取りに行き彼に渡したのだが、間に合ってよかった。糊のきいたぱりっとしたシャツも、きっと役に立てただろう。

 段取りは大切だ。
 瑞樹さんが、次期院長になれるよう、毎日の家事をこなすのはもちろんのこと。急な予定にも合わせて立ち回り、陰から夫を支える。それが、私の仕事なのだから。

 画面はすぐに切り替わり、瑞樹さんが行ったという手術の内容をアナウンサーが解説しはじめる。

 この手術が行われたのは、つい先週のこと。大きな手術の予定があることは知っていたが、彼の様子がいつもと変わらなかったから、こんなに難しい症例を執刀していたとは思わなかった。

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